いろいろな始まり
『今よりも少し昔、世界は魔者の侵略を許した。
それまでは絶対的な壁となっていた、雲に届かんばかりの山々も、魔王という存在の前では無意味だった。
人間には扱うことのできない数々の魔法。それらを使い、魔者たちは人間を滅ぼさんばかりに暴れ回った。
しかし、いつの時代にも英雄というものは存在する。
人々から勇者と呼ばれた彼は、普通の人間には決して使うことの出来ない魔法と、どんなものも切り裂くと言われた刀、そして3人の仲間たちと共に魔王に立ち向かった。
―――と、言われている。
勇者たちと魔王の戦いは、彼らしか知らない。しかし、結果は…あれから数十年しか経たないというのに、これほどまでに栄えたこの街を見れば一目瞭然だろう。』
―――『世界の歴史 近現代編』
***
彼は、ゆっくりと目を開いた。
血のような、あかい瞳。
人では有り得ない、人以外だとしても、違和感を抱かせるような。そこに映るのは、緑。繁雑な木々が、目の前に広がっている。
ぢ、ぢ、と美しいとは言い難い鳴き声を響かせながら、羽を持つ魔物が飛んでいく。
隠す気など微塵もない七色の羽根が、彼の目の前を過ぎていく。
彼は呟いた。『我は生きている』その言葉は、広がる。
空気を伝うことなく、時間さえも無視して、一瞬で彼に従う者の脳に。
『生きている。目覚めた』
ざわり、と空気を震わせる音がする。彼らは歓喜する。王の復活に。
歓喜は広がる。驚いた魔物が鳴き声をあげた。不思議な合唱。
それは唐突に止んだ。森には何の音もない。
しん、と冷える。
産声。
赤子独特の、熱を孕んだ声。己の命をまわりに知らしめんと、生きようと、大気を吸い込む。放つ。
彼はその熱い命を抱いた。一瞬、声が止み大きな瞳が見開かれる。
赤と、緑。彼の赤と、森の緑。
「イヴ」
赤子の名を、彼は呟いた。誰に伝えるでもなく。それは人の名である。
遥か神話の昔、山の向こうに立った原初の人の名である。
しばらくして、二色の瞳は閉じられた。
***
森の中を少女が走っていた。年の頃は10代後半だろうか。ところどころが黒く汚れているものの、可愛らしいデザインのワンピースを身にまとっている。しかし、荒れた森の中だというのに靴は履いていなかった。何度か石を踏んだのかもしれない。白い足には血が滲んでいる。
「っ!」
全力で走っていた少女が、木の根につまずいて転ぶ。それなりに出ていたスピードのせいで、汚れと傷がさらに増えた。
それでもまだ、起き上がり走る。逃げ出すため。
「……おかあ、さん…」
荒い息の合間に、掠れた声で呟かれた言葉。それは決して、少女以外の耳には届かない。
***
「 」
少年は、小さくその名を呟いた。片時も忘れたことのない、彼女の名前。
無意識に手の中の銃を握り締める。力の無い少年が、彼らに対抗できる唯一の武器。考えを巡らせていると、がさり、と木を分けて彼らのうちの一人が現れた。
あかい瞳が、少年を探してか周囲を見回す。
その姿を視認して、少年は引き金を引いた。
銃口から放たれた弾が、あかい瞳を消し去る。
「はちじゅう、に」
息とともに、そんな数字が口からこぼれた。
そばの木の幹に付けられた傷を、ナイフで一本増やす。
「まだまだ、足りないね…」
そんな言葉とともに、少年は少しの休息を求めて目を閉じた。
初めまして。
完結させられるよう頑張りたいです。