6、抜け出す。補欠から-1
有吾は手にした、ステータスカードを長らく見つめていた。
思考が回らず、同じ起点をずっと彷徨していたのに、不思議と外の音は聴こえなかった。有吾の神経が傾かなかっただけかもしれない、が。
「三島が、女ってマジかよ……ていうかアイリスの時みんなに公開された情報は嘘だったのか? まぁ、ステータスカードを偽造するメリットが見当たらない限りは……そうなる、よな……」
その結論に達するまで一体どれほどの時間を弄しただろう、ふと、思考に余裕ができると浴槽から滴る水滴の音にぞくりと背中を駆ける衝動……
ぶんぶんと、右に左に頭を振り邪険な思想を、遠くへ放り投げる。
何考えてんだ、相手はあの三島だぞ。
「ってか、コレ三島が本当に、本当に、万一にも、有り得ないけど女だとして何で男装なんかしてんだ。現にアイツいじめられてんじゃねぇか。女だってみんな分かったら手出さないだろ……」
有吾はステータスカードと水のたっぷり入ったボトルを両手に持ちベットに腰掛け、日中地味な作業で酷使した身体を思いっ切り脱力しくつろぐ。
喉を通過する潤いにふける暇は無かった。再度、考えを纏めるためだ、と脳が無意識にそう催促した様に思えた。
此処で手を止めると何か嫌な事が起こる予感がする。と言うわけでもないが、単に興味本位だけで動いたわけでもなかった。
さて、マゾ体質を度外視して、仕切り直し改めて考えてみると、ベクトルのスッ飛んだ話で、そんな事、在るはずのない事だとご都合解釈しそうになるな、こりゃ。
まぁ、男装ヒロインとかアニメや漫画の世界の話だもんな。正直、いま目の前に、将来的にその可能性が生まれそうになっても、ハイソウデスカって首を縦に振れる事実じゃないし……
「……後はこのステータスカードとやらが何処まで信憑性を持っているかだよなぁ。んで、もし、仮に三島が女だとしたら、アイリスはちょっと警戒して相手しないと不味いか」
刹那、有吾の顔が少し強張った。
アイリスは、俺らを召喚した最初のあの場で三島が女であると見抜いた。いや、それだけなら魔法でどうにでもなるかもしれないが、留意すべき点は彼女が女である事を隠す事を賛同し認めた、に尽きる。
三島に同情したのか、三島を利用したのか、分からないが、そうなるとアイリスは面倒で厄介だ。最初に異世界で会ったのがグランだったら俺らは、懐柔する事なく、ダンジョン攻略に協力しなかったかもしれない。
きっとアイリスは取り引き専門家や同盟を結ぶ時の派遣役辺りにに就いてる。
俺が王様ならそうするだけであって、この国はどう彼女を扱っているかなど、微塵も知らないが。
不意に重要な点を忘れていた事に有後の意識は覚醒する。
「……アイツが女だって判ったんなら、みんなに公開する以前の問題として、女がイジメられてるのは看過できないよ、な。まぁ、俺が知っちまったのもなんかの巡り合いって事で頑張りますか」
有吾はステータスカードを文字が見えないよう、伏せたまま三島のベッドにそっと置いた。
ちょうどタイミングを計ったように、
「……お風呂、先頂きました。つ、次どうぞ」
既に寝巻き姿になっていた三島 未知が有吾の視界にはっきりと捉えられる位置にいた。
毛先から滴る水滴に悶々とする有吾。
今まで、男だと思い込み、何一つとして意識して来なかったが、どうも今夜を過ごす相手が女だと思ってしまうと、躍起になりそうで、無理やり理性でねじ伏せる。
未だ、三島が女かもしれないという可能性論しか問うてないのに、有吾の中では、もうどうしても男として見れなかった。
有吾の異変を少なからず、察知したのかケロッと首をかしげる。
ばつが悪くなり言葉を絞りだす。
「ッ……あぁ悪い何でもない。今はいる今はいる」
「……うん! ど、どうぞ!」
なんで喜んでんだよ、と言いたくなったが、風呂場へ直行した有吾。
その日の、有吾の入浴時間が普段の倍になっていた事は、唯一知れる三島も疲労困憊で有吾が風呂を上がる前に寝付いてしまい、風呂場で何をしてようとも、彼のプライバシーは守られたようだった。
◇ ◇ ◇
翌日、有吾はまだ空が白んでもいない時間帯にこっそり起床し、1人王宮の図書室へ向かった。
目的は単純明快で実に私利私欲。
俺TUEEEする為の方法を模索する、に尽きる。
もういい加減薬草コネコネ飽きた。
まぁ、強くなれば虐められてる三島のためにもなるし一石二鳥だ。モットーは善意だよね。
ここ一週間近く有吾は図書室通っては片っ端から本を読み漁っている。
歴史書は無視、誰かの唱えた理論も無視、とにもかくも、既に成り立っている、実用性のある魔法や武器で根拠の揃っている既成事実の明確な魔法や武器、道具を調べている。
作業は余分排除し、徹底して効率化する主義。
「最近の発明とか実際あやふやで信憑性なさすぎるんだよね。年期重ねたおっちゃんとか、もう鍛える余地の無い強い奴とか余裕ある奴が無謀なチャレンジすればいいんだよ。人には人のピロリ菌って言うしな」
鼻歌交じりに本棚を巡る有吾。
前向きな割に前進しない結果は、断じて有吾の知能にある訳ではない。多少はあるかもしれないが。
第一の理由として、目ぼしい本が見当たらないのだ。無用な本が多すぎて……マジ使えねぇな、オイ。
グランに、情状酌量の余地が在りそうな気がしてきたぞ。
童話、神話、歴史、科学理論、魔法理論、カートニアの地理、身分制度、ダンジョン攻略方……etc
九割、有吾にとって必要性の低いものばかりだった。
せめてカートニアの常識とか纏めてある本とか無いかな、と探したが、日本に日本の常識を赤裸々に異国に分かるように書いた本は、グローバル化の進んだ母国でも見受けなかったなぁ、と思い諦めた。
まだ、アメリカやヨーロッパなどの外国の常識、習慣をまとめた物なら日本にも在るだろうが、そんな物ここにあったって意味ない。母国、カートニアを知らないのだから。
しかし、三歩進めば何かは道中で踏み、自らの糧にとなることだってあり得る。
有吾はオリジナルレシピで1つ、既存レシピで三つ、調合素材を集め、無許可で作って完成品を部屋の金庫と、腰につけたバッグポーチに閉まっている。
1つめは有吾お手製、オリジナルの『手榴弾』。
細長い掌サイズのガラス瓶に詰まっているのは、火薬と炸薬。暴発しないよう内側にもう一枚ガラス膜を張り、火薬を詰めぶん投げて使用する。
威力は未知数だが恐らく直撃すればかなりのダメージになるレベルの爆発が、瓶を起点に発生する。何せ炸薬に魔力が込められており、破懐力が段違いに跳ね上がっている。
だが、これひとつでは完成しているもの、着火方法が問題になっている。摩擦熱で発火するタイプを試作しようとしたが作ってる途中で、持ち運びの最中で爆発したらそれこそ大惨事になるだろ、と慌てて中止した。
出来るならば、火系の魔法が使えるようになりたい。
そういや、河原が炎術師だったっけ。
あんなイケメンに助けを乞うなど、異世界の調合師はプライド安かねぇんだ。
だから俺頑張らなきゃな。
既存のレシピからは『保存液』と『減圧剤』と『強化薬』の三つを作った。
『保存液』とは、手足など本体から分離した細胞の状態を保つ万能応急薬とも言われる一品。
現在、三瓶作ったが、作業場のパートさんに聞いたら『保存液』を作れる調合師は国お抱えの職に就ける位の、高等テクを持っている事になるらしい。
勿論、調合師として終身雇用をされてくれるなど言語道断。
勿論、ちゃんと口を固くして黙っている。
今回の事で迂闊に自分のスペックを話すのは辞めようと思ったね。
良いように使われてたまるかよ。
次に『減圧剤』。これは使いどころというか、幅が効きそうなやつだった。
一定時間、あらゆる面で圧力を軽減する。例えるならポカ○スエットなんかが分かり易い。スポーツドリンクは身体の体液濃度に近い濃さに作られ、吸収しやすいように調整されている。
つまり、浸透圧の問題を『減圧剤』は解決し、回復薬などの液体の摂取物であれば、効率よく吸収されるようになる、と。
最後に『強化薬』。
まぁ、一番簡単な奴だよね。見るからにドーピング薬だし。
説明文には個人差はあるもの、ステータスが数倍跳ね上がるんだとか。
かなりの負担が身体にかかるらしいから、今のところは局面にならない限り使う方針は無い。
有吾のバッグポーチにはこれらが詰まっている。防衛手段として。
『保存液』✖3
『減圧剤』✖10
『強化薬』✖2
とりあえずは、これくらいでいいだろうと言うことで装備した。
腰に括りつけられたバッグポーチの口を閉じ、本を片手にテーブルに向かう。
ちょうど良さそうな本が見当たったので腰を下ろして、本格的に読んでみようかな。
10分……20分……30分……
面白ろぉ、この本。
そうそう、こういうのだよ。俺が求めてたのは。100年分近い研究成果が後ろ盾か。ここに来て、今までで1番信用性が高い。
概要は『精霊』の性質、能力のまとめ。
精霊はカートニアにおいて何処にでも居る、空気の様な存在だった。
無機物。つまり、石ころと同じ扱いで、まず、殺す殺さないが問われない。
実寸は1円玉くらいの大きさで空中でポワァンと淡く光るのだとか。
精霊の種類は現在、確認されているだけで、その数は数千種にものぼる。精霊は周囲の魔力や環境により特性を持つようになり、近くの魔法を促すのだとか。
だだ、精霊は滅多に数になって集まることは無く、基本単独で空中をフラフラしているのだとか。
精霊は、行動パターン、特殊性から実用化を図ったが、どこの国も失敗に終わっている。
しかし、これらはすべて、本に書かれていた事である。
有吾は、ニヤリと口角を釣り上げた。
「馬鹿なんじゃねぇの。異世界の研究者ってのは。どう考えたって精霊は『細胞で出来た生き物だろ』」
第一に有吾がそう考えたのは、『精霊が触れた瞬間に消える』という点である。
これは道具を使った場合にも同様の結果を得たらしい。
つまり、人の手で触れて消滅したのではなく、精霊はあらゆる衝撃に弱く、細胞間の結合が緩いと見た。
無機物の可能性も否定できないが、ほぼ確実に精霊は細胞を持った『生き物』だ。
次に決め手となった根拠として『精霊の発光色は地域である程度の統一性がある』ということ。
これは、遺伝の様な何かが背景にあると思う。勿論、地形などの外的影響も加味したが、それはこちらの本でその可能性は無いと断言してくれている。
「選択科目生物やってなかったら分からなかったかもな……つか、カートニアに細胞そのものの概念がねぇのかもしれないぞ……この生物学の進み具合、下手したらそのパターンあるかもな」
有吾は着々と頭の中で『最強』への計画を練り、今日は良い収穫をした、と吐いて部屋へと戻った。
図書室から出てそくさくと足を運ぶ有吾は、物陰から覗かれている事には気付かずに大きな欠伸をして呑気に部屋へ戻った。
今更ながら、チャラ男三人組をまとめました。
☆登場人物紹介 ※短縮版
柊木 春樹
好きなもの:青春。正義。友達。女の子。
本編では【勇者組】の『槍の勇者』。
典型的なチャラ男。裏表が全くなく思った事を、口に顔に出す。嘘をつけない正義感満載な野球バカ。裏表の無さから、鍛錬にも真面目に取り組み、グランに気に入られている。きっと野球人生も真剣に取り組んでいたろうなぁ。
柴原 星矢
好きなもの:肉類のメニュー全般。
本編では【勇者組】の『剣の勇者』。
ボクシングをやっていた設定なのに剣の勇者になっていたり、班分けで作者が忘れていたりするけど、決して影薄キャラではない、筈。ムッキムキで元から強いのに勇者属性プラスされ、勇者組の中ではかなり有力株。ただし、頭が相当オイタしているので、友達が「頭痛が痛い」見たいなことを言っても信じて疑わず、全くツッコまない。中学の時あだ名が、おばかな筋肉だった。
河原 優木
好きなもの:放課後デート
本編では【英雄組】の『炎術師』。
知的で美形で運動もできる。異世界に来てもチートスペックと容貌から、王宮の侍女達にもキャーキャー言われている。だぶんつるんでいる三人組のなかで中心的存在。
ここまで読んで下さってありがとうございます。