第一章
AYND-R-
キャラクター紹介
○リファインド・オーサラネス
通称「リー」。本編の主人公。物腰柔らかく、下の者に対しても
敬語を使う18歳の青年。事務的な人間関係はさらりと出来るが
それ以外の人間関係がかなり苦手で、単独で行動することを好む。
様々な世界の調律を保つ組織「特殊空間任務対策班
(通称・対策班)」のトップのクラス「裁断」に所属している。
組織一の魔法の使い手。
○イルメシュ・カウリィ
通称「イル」。「対策班」の真ん中のクラス「支援」に
所属しているオペレーター。今回のリーの任務をサポートする。
○セイファ・ローラトー
リーが向かった世界に住んでいる少女。道具屋を一人で
経営している。口調と態度はおどおどしがちだが
芯の通った性格。
○ミクリィ・ライレ
リーが向かった世界に住んでいる少女。
少しぶっきらぼうな口調でのんきさを見せることがあるが
曲がったことをしない気質の持ち主。
○ミルファル・ララメイ
リーが向かった世界に住んでいる女領主。
実年齢よりも態度と言動が大人びており、周りを
翻弄することが多い。
第一章
穏やかな午後の昼下がり、つやのある緑の草花に
囲まながらたたずむ一軒の家。
回りには他に民家は見かけられず、自然がかなり遠くまで
広がっている。
そんなところに住んでいるのは、隠居した老人ではなく
今年で18歳になる青年だった。
(……ふう。やっぱり読書しながらゆっくり紅茶を飲めるのは
落ち着きます…)
その青年は、一見普通の女性にも見えるほど、長くて青い髪を
しており、ふともも辺りにまで、そのふんわりとして
ヴエーヴがかかっている髪がかかっていた。
線も細く、女性と見間違える人も多かった。
目元には愛用の小さなメガネをかけている。
この青年の名は「リファインド・オーサラネス」といって
元々はごく一般の普通の家庭にいた。
しかし数年前に家族と別れ、今はこの家に住んでいる。
回りに人一人いないこの環境。当然、水も食糧もまわりから
供給されているわけではなく、本人の魔法がそれを
補っていた。
趣味は読書と魔法の鍛錬。
嫌いなものは、例外あるがほぼ人。
…というくらい、人間関係が苦手な青年でもあった。
だが、表面にはほとんど出さないので、まわりからは
好青年と見られることが多かった。
そんな趣味の読書で本を読んでいると、空間から
すっと何かが浮かび上がった。
(…?)
浮かび上がった気配を、ほぼ瞬間に同時に察知した
リファインド(以下リー)は、それが魔力で送られた
手紙であることを、次の瞬間に知る。
(…おや……依頼ですか…?)
手紙の主は、過去にリーの命を救ってくれた
リーの所属している「組織」からだった。
(……)
詳細を読み進めていくうちに、リーはのんびりとリラックス
していた顔から真剣な顔になっていった。
やがて、心の中でリーは小さなため息をつく。
(……やれやれ。この本の続きを読めるのは、かなり
先になりそうですね……)
少しだけ残念にした後、リーは読んでいた本を閉じ、手短に
用意を済ませてから転移魔法でその「組織」に飛んだ。
(……それに……変に胸騒ぎがします……。
……今までより、本の続きを読むことが出来ない時間が
長くなりそう……?)
リーは思った。彼の勘は鋭く、当たったことは多い。
「…特殊空間任務対策班、クラス「裁断」リファインド・
オーサラネス、呼び出しにより参りました」
「組織」に入ってからリーはすぐに、その中心、オペレーター
ルームに入った。
というか、最初からその扉の前に彼は飛んでいた。
中では15人くらいの人が、モニターとコンピューター、または
書類などに向かって作業している。
扉の前で待っていた少女は、少しも驚かず
リーに向けて手をかざすと、
「……はい。リファインド様であることが確認されました。
素早くお越しくださってありがとうございます」
とリーに言った。
そして居住まいを正して、
「今回リファインド様のメインサポートを務めさせて
頂きます「イルメシュ・カウリィ」と申します。
「イル」とお呼びください」
と名乗った。
イルと名乗った少女にリーは見覚えがなかった。
過去に二回リーは任務に就いているが
その時は別の人だった。
イルは紫のセミロングに青い目、服装はここで使われている
オペレーター服だった。頭にマイク付きのヘッドホンをしている。
その背はかなり低く、外見は8歳くらいの少女にも見える。
「サポートよろしくお願いします。……では、早速
概要を把握したいのですが…」
リーは切り出した。イルの外見からは戦力を判断はしない。
ここにいること自体がすでに、その戦力を証明していた。
「はい、こちらへお越しください」
イルは中央にある大きいテーブルに、リーを誘導した。
「お疲れ様です」
「お疲れ様です」
先にテーブルに広がっている地図に何かを書き込んでいた
何人かの女性職員が、リーに向かって挨拶をした。
「…お疲れ様です」
リーも続けて丁寧に返した。
心なしか返された方の女性職員の数名の顔が赤く見える。
「…これが今回の世界ですか?」
リーは言った。
とても大きな地図に、町や村、洞窟などが記されている。
リーはざっと見て位置を把握していった。
リーが所属している「組織」つまり
「特殊空間任務対策班」は、通称「対策班」といい
存在する様々な世界同士の治安を守る組織である。
「対策班」は三つのクラスに分けられており
上から「裁断」(現地に赴き裁きを下す)
「支援」(「裁断」をサポートする)
「調達」(必要な物資などを集めてくる)
となっている。
「調達」の人数は多いが「支援」は30人いるかいないかで
トップクラスの「裁断」は現在5人しかいない。
「裁断」に就ける人材は
「世界を超えて世界の治安を乱す勢力に対抗できる力」と
「精神に異常をきたしていなく、任務を着実に遂行できる
精神力・性格」
の両方を兼ね揃えている者しかなれない。
その中で、リーは組織一の魔法の使い手だった。
「はい。この世界「ヴァリルミーグル」が
今回向かってもらう世界です」
地図を見ながら、イルはその後言った。
「長いから「ヴァリル」でいいですね」
一瞬、リーは呆気に取られた。
「裁断」を無視して普通に「支援」が世界の正式名称を
最初からいきなり略したのは初めてだったのである。
だが、リーも同意見だったので
「…そうですね、それでいいです」
と言った。
「この「ヴァリル」から異様なほどの魔力の様な
エネルギーを感知しました。ですが、観測されたのは
一瞬だけで、以降その気配はありません」
イルはリーに言う。
「一瞬だったので出所も掴めていませんが、計測器の
数値からすると、十分に複数の世界を殲滅するほどの
威力がありました」
イルの口調は淡々としたものだったが、少しだけ
まゆげが下がっていた。そしてその内容も驚きである。
通常ではまず他の世界に干渉することなど不可能、または
他の世界が存在することすら知らないくらいなのに
今回の「力」は複数の世界を消せるという。
しかし、そういう任務がここでは常なのである。
「…分かりました。では、今回の任務はその原因・出所不明の
魔力の調査と減少…ですか?」
リーは地図を見ながら言った。
…リーは人を直接見るのも苦手である。
「はい。察しが早くて助かります。
「ヴァリル」の人口は約3000万。魔法も初歩ながら
普及していますが機械の類はないようです。文化レベルは5。
各町村の治安に対するものはありましたが、機能している
ものと、そうでないものがありました。自然は豊富な方です」
イルは淡々とリーに説明していった。
イルは大半が無表情であるが、別に不機嫌なわけではないようだ。
逆にリーにとっては笑顔で近づいてきた者の方が
心に別の目的がある気がしている。
イルの無表情はそのままイルそのものを写してあり
リーはイルが嘘をつくことは少ない、またはつけないのでは
ないかと思った。
「…承知致しました。クラス「裁断」リファインド、任務に
向かわせて頂きます」
「よろしくお願いします。…必要なことは後で私が
追って説明致します」
互いに礼をするリーとイル。
「ちなみに他の「裁断」の方は、他の世界の任務、あるいは
所用で外れております。そして今回の任務には
リファインド様が適任だと思い、お呼びしました」
先ほど挨拶した女性職員が、リーに言いながら少し大きな
リュックサックを持ってきた。
「必要物資はここに一通り、収納の魔術で入れさせて
頂いております。リファインド様なら、難なく出し入れ
可能でしょう」
「…ありがとうございます」
リーは女性職員に向かって礼をした。
「「支援」は先ほど言いました通り、今現在、他の任務の方の
サポートもあるので、総出でリファインド様のサポートを
するわけにはまいりませんが、私達がサブサポートを
務めさせて頂きます」
見ると、女性職員の後ろに何人かの女性職員が集まっていた。
…気のせいか、イルと同年代の容姿の少女が多い気がする。
先ほどの女性職員も、その少女達のわずかに年が1つか2つか上
と言ったくらいだろうか。
「よろしくお願いします」
『よろしくお願いします!』
女性職員の後、後ろの少女たちが声をそろえて言った。
「…よろしくお願いします。「支援」からのサポートは
命綱です。ありがとうございます」
リーは深々と礼をした。
これはリーの本心である。これまでも任務で「支援」には
何回も助けられてきた。
彼女たちの容姿からは戦力は図れないが、必ずといって
いいほど、貴重な戦力だ。
「…それでは、任務に向かいます。…世界越えの魔術を
使用させて頂きます」
あらかじめ地面に置かれた紙に、魔方陣が書かれている。
リーはそれの中心に立つと、イルを含めた女性職員達が
周りを囲んだ。
「私達も微力ではありますが、お手伝いをさせて頂きます。
世界越えに使用される魔力は、相変わらず膨大ですから」
「…ありがとうございます」
リーは礼を言った。
リーはそれでも世界越えを一人ですることが可能である。
別に疲れもしないし、魔力を使いすぎることもない。
しかし、ここで断る言い方が思いつかなかった。
リーは人間関係が苦手なゆえに、必要な場面以外では
流れに身を任せることも多かった。
「…それでは!」
リーを中心として膨大な魔力が広がった。
他の女性職員は少し驚きながらも、リーに魔力を送り続けた。
(…っと)
リーは間もなく、世界「ヴァリル」に到着した。
時間は元いた世界とほぼ同じらしく、ちょうどお昼過ぎくらい
だった。
(…さて)
リーは渡されたリュックから、まずは「支援」とつながる
無線チップを取り出した。
これは、チップの形をしているが、必要とあれば
音だけ伝えたり、映像を双方に伝えることが可能な形に
変化する。
そして、チップを取り出したリーは驚いた。
なんと、そのチップが壊れていたのである。
リーは考えた。
「支援」が危険極まりない「裁断」の荷物のチェックを
怠るとは思えない。怠ったら「支援」ではない。
だとしたら世界越えをした際に、何らかのはずみで
壊れたのか。
少なくとも、いつもそうだが、万一に備え
事件の大本に気付かれないために、世界越えを
何回もすることは出来ない。
つまり、一旦戻ることは出来ない。
イルは「ここの世界には機械がない」と言っていた。
それに、この世界の専門家に見せてもおそらく分からないのと
安易に見せてはいけないという決まりが「対策班」にはある。
組織のこういったものは極秘のものであり、安易にその
世界の文化などを急成長させると、世界が混乱する恐れが
あるからだ。
リーは早々に結論を出した。
つまり、今回「支援」なしで任務を遂行するか
自分でこのチップを直して組織との連絡を確保するか。
おそらく向こう側も、こっちがすぐに連絡しないのに気付いて
色々対処策を練り始めているだろう。
だが、「裁断」のメンバーでもない者が世界越えを出来るとは
思えない。
見たところ、そこまで深刻に壊れているわけではなさそうだ。
落ち着ける場所と時間があれば、魔法を使いながらで
なんとか出来そうに思えた。
(…とりあえず、ここがどこであるか、ですが…)
リーは周囲を見回した。
どこかの森の中のようだが、近くに人工的な道が作られており
人の出入りがあるようだ。
世界越えをするときには大体の座標を合わせるが
その膨大なエネルギーのため、照準が多少ずれる。
リーは、現在いる場所が地図で見た森の一角である
可能性が高いと思った。
…もし、今回の事件の大本に気付かれて、何らかの形で
世界越えを邪魔されていなければ、であるが。
(…とりあえず、道は通らず、その上の森の地帯を道なりに
進んでみましょう。…確か町があったはずです)
町ならば、情報が集まりやすい。それこそ人と話さずに
噂話や看板や、そこの治安などはすぐに把握出来る。
そしてリーが移動しようとしたとき、ふいに声が聞こえた。
「…や、やめてくださいっ…!だ…だれか…っ――!」
リーは声のした方向に顔を向けた。
大分離れているが、遠くに荷車を背に庇っている少女が
数人の大男に囲まれている。
それを見て、リーは頭を抱えた。
(……やれやれ。いきなり何か、よくありそうな展開が
目の前で起きるなんて…)
リーは頭を振るが、目の前の少女を救うことは
任務につながることでもあった。
こういった世界規模の事件は、余波で各地の
治安が乱れやすいのだ。
直接的でなくても、間接的に、それこそ気か魔力でも
伝わるのか。
そうして乱れた治安を直していくと、大きい事件に当たり
やがてそこから事件の原因につながっていくことが多いのである。
リーは仕方なしに、風の魔法で一瞬で距離を詰めた。
それに、ちょっと聞きたいこともある。
「…あの、お取込み中すいません」
リーはいきなり囲まれていた少女の横に立ち、少女に尋ねた。
「…ちょっと訪ねたいんですが、この先に町ってありますか?」
驚く少女と男たちを差し置いて、リーは言った。
「…は、はい……ありますけど……」
少女は驚きながらも答えてくれた。
その瞬間、悪党によくありそうなセリフを言って
数人の男が殴りかかってきた。
「…サンダークラスト!」
リーはちょっと面倒そうに雷の魔法を使った。
たちまち男たちは痺れと痛みに辺りを転げた。
「…逃げるなら今のうちです。教えてくれて
ありがとうございました」
少女に礼を言い、リーはそこから立ち去った。
背後に「あ、ま、待ってください…!」と聞こえたが
すでにそこからリーの姿は消え去っていた。
(…やはりここは狙った座標の近くの森のようですね)
確定は出来ないが、確率は高いとリーは思った。
森を抜けた後は普通に人工の道、すなわち街道を使い
速度も普通の人並みにした。
人の往来が増えてきたからである。
自分の服装も目立たないように、それとなく特徴を
魔法で変えてあるが、リーの長髪だけは少し目立っていた。
リーにはこの長髪には少し思い入れがあり、切っていない
理由がある。
ほどなくして町に着き、リーは情報収集を始めた。
町の名前は、地図を見たときに記憶した名前と一致し
リーが現在いる場所を正確に把握した。
民家約30件、道具屋、薬屋、教会など各施設があり
自警団のような治安部隊もある。
ここの自警団はまとまりも良く、イルのいう
「ちゃんと機能している」部類に入る。
住民も特にそれほど深刻に悩んでいる人も
いないように見える。
元々それなりに治安は良さそうだ。
だが、リーの耳に、少し引っかかる会話が聞こえてきた。
近所の主婦同士の会話だろう。要約すると
「北西にある森から、夜な夜な奇妙なうめき声が聞こえる」
といったものだった。
単なる噂話に過ぎなければ越したことはないが
一応調べてみようと思った。
だが「支援」のない今、むやみやたらと動き回るべきではない。
情報収集を続けたので日も落ちてきているし
今日は野宿をしながらチップの修理をしようとリーは思った。
と、その時。
「あ、あの……っ!」
と、後ろから声をかけられた。
声自体は割と早くから聞こえていたが、それが自分に
向けられているとリーは思ってなかった。
害意のない気配だったので特に気にしていなかったのである。
振り向くと、先ほど助けた少女がいた。
「…おや」
リーは思わず声を発した。
この少女、この町出身だったのかと。
「な…なかなか気づいてもらえないので…き、聞こえて
ないかと思いましたよぅ…」
ちょっと瞳をうるうるさせている。
リーは申し訳ない気持ちになり、
「…すいません、ちょっと考え事をしていたもので…」
と詫びた。
「い、いえ、いいんです。そ、それより…さ、さ、さ」
(…さ?…ああ…)
リーは少女が言わんとしていることを悟った。
おそらく「先ほどはありがとうございました」だ。
「…気にしないでください。私が聞きたいことがあった
だけですから」
リーは少女にそう返した。
少女は少し驚いたものの
「い、いいえっ、そ、そういうわけにはっ。
な、なんのお礼もせずに申し訳ありません…!」
と言った。
「そ、それで、もしかしたら旅の方…ですか…?」
そして少女はリーに訪ねた。
リーはどう答えようか一瞬迷ったが「…ええ、そうです」と
答えた。
「え、えっと、今夜泊まる宿って
もう決まっちゃってますか…?」
「…いいえ、宿には泊まらず、野宿しようかと」
思い切ってリーは言った。
りーにはこの後の展開が大体予想出来たが、今日ここの宿に
泊まる気はなく、嘘をついても町のことをよく知っている
彼女にはばれる可能性が大きかった。
別に彼女に嘘をついてもリーには関係ないはずだが
嘘をつきなれるほど、リーにはとっさの人間関係経験はない。
「の…野宿ですか…!?」
案の定、彼女は驚いた。
「…ええ、平気です、放浪の身ですから」
リーはなんでもない風に言った。
実際、なんでもない。誰かの家に泊まるよりは。
「な、なら……っ!」
何となく切実な表情で少女は言った。
「わ、私の家に、その、き、来ませんか…?
た、助けてくださったお礼にせめて、い、一宿一飯
だけでも…っ」
少女は顔を真っ赤にさせながら頭を下げた。
ここまではリーの予感が全部当たっている。
しかし、一瞬のうちにリーは冷静な思考と視線で
相手を探った。
もし相手に悪意がある場合、相手のホームポジジョンでは
リーはどのようにも料理出来る。
…リーはその場合でも楽に突破出来るが。
リーが魔力も多少使って探ったところ、少女は
嘘をついているわけではないし、演技でもないようだ。
そして、そのことが余計リーを悩ませた。
悪意のある相手なら、わざとかかったふりをして
大物を引き出す。そして一気に仕留める。
悪意のない相手なら、そのまま承諾するか
断るかだけだ。
リーの心はほぼ大半が断りたかった。
見知らぬ人の家に泊まるなど極力避けたい。
だが、町に詳しい住民から情報を引き出せる可能性もある。
リーはこの二択に非常に迷った。
迷った末、
「…分かりました。そこまでおっしゃってくださるなら
お邪魔してもいいですか…?」
と言った。
任務には変えられない。それに、事件の解決に時間がかかれば
時間がかかるほど、リーは人々の中で情報収集をしなくては
ならなくなる。
リーにとっては断腸の思いだった。
「あ、ありがとうございます…!」
「…いえ、お礼を言うのはこっちの方です」
そのまま互いの礼の応酬が始まった。
少女の名前はセイファ・ローラトーと名乗った。
長くてサラサラな茶髪を腰まで伸ばし、赤茶色の瞳をしている。
村娘の服装に専用のエプロンをつけていて、道具屋を
やっているという。
セイファは道具屋の娘であった。
というか一人で道具屋をやっていた。つまり一人暮らしである。
リーは内心で青ざめた。
一人暮らしの女性の家に男性を上げるのは良くないことと
普通にリーは思っている。
そして気づいた。もしかしてこの少女は自分を
女と思っているのではないかと。
リーは確かめてみた。
だが、少女はリーをちゃんと男と認識していた。
最初は間違えそうになったが、雰囲気と声で分かったという。
リーの声は別段、そこまで高いわけではないが、男性にしては
高い方である。
セイファはよく道具屋に来る客から、男女の違いを更に
分かるようになったのではないかと言った。
リーは心の中で、セイファは一見、気が弱そうに見えるが
自分よりも人間関係は数枚上手な気がする、と思った。
セイファの家は小さいながらも可愛らしい道具屋だった。
セイファの話によると、最近妙に傷薬とか回復薬の
売れ行きがいいらしい。
買っているのは町の自警団と、リーのような
旅の者が主だという。
それだけなら納得する普通の話、普通に需要の結果と思ったが
何かがリーの中で引っかかった。
だが、リーはそれどころではなかった。
一人暮らしの少女の家に案内され、表面には出ていないが
内心震えている。
これまでは「支援」があったから少しは気がまぎれた。
今回は正真正銘の一対一である。
リーはそっと息を深く吸い込み、気を落ち着けた。
自分は任務のためにここにいる。
目の前の少女から情報を聞くこと。
そう思えば幾分か気が楽になった。
「え、えっと…今から夕食の準備をしますので…
ちょ、ちょっと待っててください…」
そう言って、台所で調理を始めた。
部屋の壁にそってつけられている台所であり
今座っている椅子とテーブルから丸見えである。
手際は格段に良かった。話し声からは想像出来ないほど
包丁さばきは軽く、フライパンで野菜と肉を炒める。
ボウルで素材を混ぜ、まな板で整え、鍋で煮込む。
あっという間に、美味しそうなにおいをのぼらせた
ごちそうが出来上がった。
「…すごくおいしそうです…。…頂きます」
「は、はいどうぞ…。お、お口に合うか分かりませんが…」
少女はおずおずと言った感じで、でもリーをじっと見つめた。
明らかに反応を待っている目である。
リーはそれを気にしつつ、料理を口に運んだ。
「…すごくおいしいです」
リーは笑い顔をつくって答えた。事実、すごく
おいしかったのである。
「よ、良かったです…」
ほっと胸をなでおろしながら、セイファも食事を始めた。
食事後はお風呂ということになった。
リーは落ち着いた心がまた青ざめるのを感じた。
「…でも、この場合ってどっちが失礼にならないんでしょう?」
リーは純粋に疑問に思った。
何に対してかというと、お風呂に入る順番である。
リーが先に入れば、リーの使ったお湯をセイファが
使うことになり、後に入れば、セイファの使ったお湯を
リーが使うことになる。
少し話し合った末、セイファに先に入ってもらうことにした。
一番風呂を客が使うのが申し訳なく思ったからである。
セイファがお風呂に入っている隙を見て、リーはチップの
修理を始めた。
(……Fの2……と……Kの6……の損傷ですね)
魔力でざっとチップの損傷を確かめる。
一度分解すると、確かにその部分が焼き切れていた。
世界越えの際、その膨大な魔力に耐えきれなかったようである。
普通はそのようなことはないのだが、今回の場合は
リーの大きすぎる魔力と、女性職員達の魔力が合わさって
許容量を超えてしまったようである。
その結果にリーは苦笑いをした。
セイファのお風呂が終わり、リーも入浴を済ませた。
結局チップはまだ直ってないが、後少しで直りそうだ。
そして就寝の際、新たな問題が発生した。
セイファの家は、大体半分が道具屋の店で、もう半分に
台所やお風呂がある。
寝る部屋が道具屋の店を除くと、ここの一つしかなかった。
さすがにリーはセイファに言って、道具屋のところで
寝かせてもらえるように言ったが、道具屋の床は
外履きで入るため、そこで客を寝かせるわけには
いかないという。
そのような各個たる理由があって、リーは断れなくなったが
「…あんまり年頃の家に男性を上げるべきではないです」
と言った。
一瞬「?」となったセイファだが、その意味を察したらしく
顔を真っ赤にさせている。
「で、でも、ならリーさんが……そ、その、そ…
そ、そういうことを…するのですか…?」
「…断じてしません」
リーはきっぱりと言った。
セイファは、ちょっと残念なようなほっとしたような顔になると
そのまま寝てしまった。
リーはよくこの状況で短時間で寝られると思った。
リーの方はまだこの環境の変化に慣れず、眠ってない。
2、3日寝なくても、または過酷な状況下でも
魔法で何とか出来るリーだが、この状況を魔法でどうにか
出来るとは思わなかった。
自分に睡眠効果のある魔法をかけても、何か違う気もした。
その「違い」の中には、何でもかんでも魔法に頼ってしまう
ようになってしまう、そんな危険なにおいもした。
だが、リーも張りつめていた神経が徐々にほぐれていくにして
今まで張っていた反動か、段々と眠りに落ちていくのだった。
その夜、リーは夢を見た。
夢の中でリーは、数年前のリーになっており
どこかの人混みの中にいた。
リーは苦しんでいた。原因は不明だが、どこかが痛いのか
熱でもあるのか、リーはたまらずその場に倒れた。
だが、待ち行く人はリーには気づかない。
リーなど初めからどこにもいないかのように歩いていく。
リーは人混みの足音がやけに大きく聞こえた。
そして、リーは目が覚めた。
夢の中での感覚・記憶が段々なくなっていくのに対して
現状の場所と記憶が蘇ってきた。
(……よくこの状況で眠れましたね、私…)
自分自身に少し呆れながら、セイファに視線を向けて
すぐ戻した。
寝姿を勝手に見るのを失礼と思ったのと、セイファの
寝巻の襟元が少しだけ開いていたからである。
ほどなくしてセイファも目覚めた。
朝食をもらい、礼を言ってから立ち去ろうと思った矢先
セイファが思い出したように言った。
「そ、そういえば、ちょっと切れている薬草を取りに
いきたいのですが、ち、ちょっと怖い場所なので
そこまで一緒に行ってくれませんか…?」
リーとしては一宿一飯の恩義がある。
それに、ちょうどそこは調査しようと思っていた場所に
近かったため、リーはすんなりと了承した。
そして二人は、その場所に到着した。
そこは二人が最初に出会った森のはずれで、近くには
洞窟があった。
セイファの話によると、ここには定期的に取りに来ている
薬草があるのだが、最近ここの洞窟からうめき声のようなものが
聞こえてくるという。
リーは町で聞いた噂話を思い出した。
ここは町からみて北西。
おそらく噂のうめき声の発生源はここだと思った。
「…ありがとうございます。…それでは、セイファさんとは
ここでお別れですね…」
リーは内心、ほっとしていた。
今までの任務も「支援」以外はほぼ単独で行動してたので
誰かと一緒にいると動きづらかった。
しかも「組織」のこともトップシークレットなので
うかつには言えない。
…言っても信じてもらえるか、理解してもらえるかは
謎だが。
「は、はい…。そ、その、ここまでついてきてくれて
ありが――」
セイファはそこで声を切った。
洞窟の中に人が入って行くのを見たからだ。
それも昨日のような大男が数人。
リーはセイファが気づく前に、気配を察知している。
そしてそれと同時に、何かの「荷物」も洞窟の中に
運び込まれた。
少しして、洞窟からうめき声が聞こえた。
「な、な、な……なんでしょう……っ?」
セイファは怯えながら言った。
もちろんリーには分からないが、このまま見過ごしていい
相手ではなかった。
「セイファさん、あなたはここから離れた方がいいです。
私はちょっと用事があるので。ご飯と宿を提供してくれて
ありがとうございました。…では」
リーはそういうと、跳躍して一気に洞窟に迫った。
驚いたセイファが止めるまでもなく、リーはそこから消えていた。
リーは素早く気配を消しつつ、魔法で洞窟の全体を把握した。
広さは大体先ほどまでいた町の3分の1程度、そこまで
深い洞窟ではない。
だが、不穏な気配が30人くらいある。
リーは何か予感がしていた。
リーは素早くチップの修理をした。
元々はセイファの家でほとんど終わっており、修理は
数秒で終わった。
リーはチップを起動させた。
そして通信画面にイルの姿が映る。
「…リファインドです。「対策班」ですか?
連絡が遅れて申し訳ありません」
「――イルです。一体何があったんですか?」
チップの向こうに見えたイルは、ちょっとやつれていた。
おそらく夜通しで、何か方法はないかと探ってくれたのだろう。
それに心配をかけての心労もあると見える。
リーは申し訳なく思った。
「…申し訳ありません、チップが世界越えの際に
損傷を受けたようで、すぐには使えませんでした」
場所柄、大きな声を出せない。
イルもそれを察知したのだろう、音量を合わせてくれた。
「チップの損傷…。初めてですね。原因はなんだったの
でしょう?」
「…おそらく、世界越えの際の魔力の過剰放出かと思います」
イルはうなずいた。
「…なるほど…分かりました。こちらも連絡がないので
異常があったと思い、色々対策を実行していました。
実際、もう少しで二人目の「裁断」がそちらに
向かうところでした」
「…そこまででしたか」
リーはそこまで大事になっているとは思わなかった。
これまで常に「裁断」は世界に一人派遣されるもので
二人「裁断」が派遣されることなどなかったのである。
「裁断」の個々の戦力は、軽く一つの世界の未来を
変えてしまうほどである。
それが二人もとなると、相当なことになるのだ。
「はい。他の世界に行っている「裁断」の方に連絡が
行っていて、向こうも何とかして事態の解決を
急ごうとしたみたいです」
「…余計な心配をかけました。その「裁断」の方に
謝って、急いて解決には向かわず、自分のペースで
事に当たってくださいと伝えてください」
「分かりました。…まあ、もう連絡入れてペースは
戻ってるようですが」
「…本当に申し訳ないです」
リーは自分が少し不甲斐なく思った。
これならば、何に置いてもチップの修復を最優先と
すべきだったと反省した。
「いえ、謝らなければならないのはこちらの方です。
実際「裁断」の方に頼らなければ何も出来ないのですし…」
リーは少し驚いた。
無表情のイルが、本当に申し訳なさそうな顔をしていたからだ。
リーは言った。
「…そんなことないです。私も「支援」の方がいないと
動けませんから…。それで、至急、私がいる場所を
調べて、探ってもらいたいのですが」
「分かりました、少々お待ちください」
イルは無表情に戻ると、素早く手元の端末を操作し始めた。
そしてすぐにリーに情報が来る。
「……解析が完了いたしました。リファインド様が現在
いらっしゃる場所は座標x-21y-1005の洞窟です。
素性不明の方が何人か奥にいます。
そしてこれは……猛獣?」
イルが語尾を上げて言葉に詰まった。
イルが操作している端末は、リーのチップと「対策班」の
魔力によって、あらかたの形や魔力密度などの情報が
調べられるのだ。
「猛獣…ですか?」
リーは聞き返した。
「…未確認ながら、猛獣の類と思われます。
横2メートル縦8メートルの巨大生物で、形はライオンに
近いです」
「ライオンですか…」
おそらく、この洞窟の主か、誰かが意図的に飼っている
生物だろう。うめき声の元もこれの可能性が高い。
「推測ですが、この猛獣が解き放たれると
近隣の町村に被害が出るかと思われます」
「…おそらく甚大でしょう」
イルの推測にリーは同意する。
「…探ってみます」
「お気をつけて」
チップでの通信を切り、リーは洞窟の奥を目指した。
そして進んだ洞窟の奥で、リーに男と女が話していると
思われる声が聞こえてきた。
「………何をする気!?」
その中でも女の声はより一層大きく聞こえた。
どうやら女は男の仲間ではないらしい。
男の目的を聞いていたが、女は軽くあしらわれ、男の気配が
奥に消えた。
次の空間が女一人の気配になったのを察知して
リーは気配を消して、その空間へ滑り込んだ。
女の声の主は、洞窟に埋め込まれた柵によって出来た
半天然・半人工の牢の中にいた。
というか女は、セイファと同じくらいの少女だった。
だが、セイファの服装が村娘だったのに対し
この少女は鎧を着ている。
牢の外の離れたところに、似た装飾の剣があったので
おそらくは剣士なのだろう。
リーはそう思った。
少女剣士はリーの気配に気づかず、悔しそうに
うつむいている。
何も出来ない自分の無力を恥じているようでもあった。
リーはそのままその少女を通り過ぎて、男を追った。
今あの少女に大声で呼ばれたら、ここの男達の目的が
あやふやなまま、戦闘になりかねない。
今のままでは、リーは完全に無断侵入してきた不審者である。
男にとっては一も二もなく、それはリーを排除出来る
大義名分となる。
相手の男が害意のある者か、ない者か判断する前に
こちらは仕掛けることは出来ない。
牢の少女が害意のある者である可能性もあるのだ。
リーは慎重に男の気配を追った。
追った先には気配が充満していた。
(…30…32………33…)
リーは男の数を正確に見切った。
だが、いざとなれば広範囲魔法で仕掛けられるリーには
あまり関係ないのかもしれない。
その時、男達のまとめ役、つまりボスや首領などと
言えばいいのか。その首領らしき男が口を開いた。
話の内容は、リーやイルが想像した通りで
特殊な方法で手に入れて育てた猛獣を解き放ち
混乱した町村の金品強奪が目的だった。
リーはチップに向かって、
「敵を確認しました。これより攻撃を開始します」
とつぶやいた。
「分かりました。気を付けてください」
チップからは少し心配そうなイルの声が返ってきた。
それを聞いて、リーはもしかしてイルは
感情表現が自分と同じく、あまり上手くない方なのかと
思ったが、すぐに意識を前に向けた。
そして魔力を集中する。先手必勝。
相手は慈悲を必要とする存在ではない。
「…サンダープリズナブル!」
リーの愛用の杖の先から解き放たれた魔力は
男達の頭上で炸裂し、大きな雷となって降り注いだ。
だが、倒したのは約20人くらいで、残りはまだ
無傷で残っている。
リーはわざとそうした。
「…申し訳ありませんが、先ほどの計画、聞かせて
もらいました」
リーは言った。
そうなれば、猛獣の出番である。
わざと人数を残したのは、自分から猛獣退治に行って
万一その未確認の猛獣から不意を突かれないためと、相手から
出してくれることでその手間を省くためである。
猛獣はイルの情報通り、超大型のライオンのようなものだったが
それも、リーの魔法一つで終わった。
首領と思われる男を残して全員気絶させた後
リーはその男からこの猛獣の入手方法を聞きだした。
こんな猛獣、どこにも自然にいるものではないし
イルもこの世界にこのような獣はいないと言った。
ならば、この猛獣の入手経路をたどれば、おのずと
大きい事件に遭遇する、と思ったからだ。
震えた男の話によると、流れの行商人から、多額の金で
生物をこのようにする薬を手に入れたという。
命令主の言うことを絶対的に実行し、巨大化するという薬を。
ならばと途中にいた牢の中の少女の素性を聞くと
近くの森の中から強引にさらってきたことが分かった。
そこまで分かれば結構と、首領と思われる男を気絶させた。
「…リーさん!」
突如として洞窟に声が響いた。
心配してセイファがここまで来てしまったのである。
「…どうしてここまで来たんですか。危ないですって」
先ほどから薄々とその気配を察知していたが
あえて無視していた。
しかも二人分。セイファは牢の少女剣士を助け出していた。
「だ、だって……り、リーさんが心配で……っ!」
震えながらセイファは言った。
「私は大丈夫です。昨日、私の力は見たでしょう。
これからは絶対こういうことをしてはいけません。
厳しいですが、己の身を守れないものが、こういうところに
入ったらどうなるか、想像はつくでしょう」
リーはセイファを叱った。
そして叱って、自分で自分が信じられなかった。
今まで他人と接する機会が少なかったリーは
誰かを叱るということと、叱りつつ相手を心配するという
ことがなかったのである。
今までになかった未知の感情に驚く間もなく
次の瞬間、リーのいる場所に剣線が走った。
リーは、先ほどからの攻撃的な視線を十分に察知していて
難なく後ろへかわした。
「み、ミクリィちゃん!な、何をするの…っ?」
セイファが驚く。
「この男はあたしを助けなかった。この男もやつらの
仲間だろう!」
ミクリィと呼ばれた少女剣士が立て続け剣を振る。
リーのいる場所にいくつもの剣線が走る。
リーは困った。避けるのは簡単だが、誤解を解く方が
難しい。
「み、ミクリィちゃんやめてっ!」
セイファがミクリィの腕に抱きついた。
「あ、危ない、セイファ離れてろっ!」
ミクリィがセイファに剣が向かないようと焦る。
リーは、その剣先がセイファに向かわないように
もし万一の時は魔法でクッションでもはさもうと思いつつ
この娘にはもしかしたら、言っても無駄かもしれない
セリフを言ってみた。
「誤解です。私は昨夜から今朝にかけて、セイファさんと
共にいましたし、この者たちと一緒に何かを出来る
ような場所・時間に私はいませんでした」
その言葉を聞いて、ミクリィは目をぱちくりとさせた。
そして剣の先を地面に向けて
「へ、へー……?つまり、あんたとこいつは
そういう仲…だった、と……?……あ、いやー
その、勘違いしてごめん!!」
そう言って、ミクリィは思いっきり頭を下げた。
『…は?』
リーとセイファの声が重なった。
勘違いしていたといえばいたが、今現在、勘違いしている
要素が増えた気がする。
「…リファインド様、昨夜はお楽しみでしたか?」
チップから何やら不穏な気配が漂ってきた。
イルは連絡のないリーを心配して、徹夜で頑張ってくれたのだ。
リーにはイルの気持ちが痛いほど分かる気がした。
それでもリーは本当に何もしていないのだ。
リーは正直に、誤解を解くために、チップにも聞かせるように
ミクリィと呼ばれる少女に言った。
「昨日、少し縁あって、一宿の宿を提供して
もらっただけです。あなたの考えているようなことは
決してありません」
「へー……?」
ミクリィは半信半疑だった。心なしか目つきが笑っている。
楽しんでいるかのようだった。
リーは勘弁してほしかった。
これまでほとんど隠密を常としているのに
どうしていきなり女性関係を問いただされているのか。
こんな感じで進む任務は今までになかった。
「だけど、ここまでの手練れがこんなところにいるのは
何でなの?」
ミクリィは少し口調を改めつつ、周りを見渡した。
そこにはリーによって倒された魔獣と男達が倒れている。
男達は気絶しているだけだし、魔獣には縮小と
凶暴さ抑える魔力、そして命令服従解除の魔力をかけておいた。
数分で自然界にいる程度の大きさか、それよりもう少し
小さくなるだろう。
リーはとっさの返答に詰まった。
「それに、さっきの一部始終、聞いちゃったんだよね
セイファと一緒に」
ミクリィの目つきが真剣なものになっている。
ミクリィが言うさっきの話とは、リーが戦闘を仕掛ける以前の
男の話と、男を問い詰めて聞き出した、薬の話の事だろう。
「…私はただの放浪の身です。今回はちょっとおせっかいが
過ぎただけです」
リーはとぼけることにした。
「対策班」のことは軽々しく口に出来ない。
「ふーん……?」
ミクリィは怪しげにリーの周りを回りながら
リーをじーっと観察している。
リーはここから逃げ出したくなった。
「それに、ここらへんじゃ見かけない容姿だし…
さっきの魔法だって初めて見た」
リーは返答に困ったが、セイファが首を振ってミクリィを
制した。
「み、ミクリィちゃん、り、リーさんは少なくても
悪い人じゃないよ…。…だ、だって、このままリーさんが
この人達を倒してくれなかったら、わ、私達の村とかが
大変なことになってたんだから…」
ミクリィはちょっと困ったような表情になった。
「…そりゃあ、あたしだってそれくらい分かってる。
現にこいつはこの盗賊団を壊滅させたんだ。
……遠まわしにあたしも助けられてる」
まあ、直接は助けなかったけどな、と付け加えてから
ミクリィは言った。
「…ま、さっきの獣といい、世の中には不思議なことも
あるってことで納める方法もあるけどな」
是非そうしてほしいとリーは思った。
「…………おしっ!」
何を思ったか、ミクリィは何かを決めた様子でうなずき
リーをまっすぐに見上げて、そして衝撃的な事を言った。
「お前の旅に、あたしも連れて行ってくれないか?」
「…はあっ?」
思わずリーは問い返した。
ミクリィは少し興奮した様子で言った。
「あたしはこの近くの村に住んでるんだけどさ、剣士として
世に修行に行きたいって思ってたんだ。そんな矢先こんな
事件が起こっちゃあじっとしてられないよ!
お前なら、強そうだし強い事件と遭遇しそうだし」
それに面白そうだしとミクリィは付け加えて笑った。
リーにとっては冗談ではない。
断ろうとした矢先、セイファが口を開いた。
そしてリーにとって信じられないことを言った。
「な、なら私も、い、行きます…っ!ま、町が襲われるかも
しれないって時に、普通にど、道具屋さんを
していたんじゃあ、な、何も出来ないです……っ!」
リーは青ざめて頭を抱えた。
断る対象が増えた。
その時、チップから声が聞こえた。
「…リファインド様、そのお二人に協力してもらっては
いかがでしょうか」
「イルさん!?」
反射的にリーはチップに向かって声を縮めて叫んだ。
イルも互いにしか聞こえない音量で話している。
「何も珍しい話ではありません。プロテクトサポーターにすれば」
プロテクトサポーターとは、「対策班」での用語で
現地での協力者のことを指す。
その協力者は一時「対策班」のことを知れるが
その後一切「対策班」のことを第三者に話しては
ならず、任務終了後に、任務に関わる記憶を消す場合もある。
それを二人にやらせてみてはどうかとイルは言う。
「…戦力として数えられません」
冷たいようだが、リーはきっぱりとイルに返した。
世界規模の異変が起ころうとしているときに、我が身も
守れないような者は、正直足手まといにしかならない。
「大丈夫です。彼女達を強くすれば、こういう異変にも
自分たちで立ち向かえるようになります。
弱いままではいけません。彼女達を強くすることは
任務達成にもつながることです。その世界で自衛出来て
今回のような大きな脅威が出なくなります」
それに、とイルは続けた。
「彼女達を少々探ってみましたが、性格的に
そして実力的にもさほど問題はありません」
リーは驚いた。性格はともかく、この二人が
実力的、つまり戦力的にも問題はないとイルは言う。
男に囲まれていたセイファと捕まって牢に入れられていた
ミクリィ。
とても戦力になるとは思えない。
「…将来的にですが」
と、イルはそう付け足した。
それを聞いてリーはがっくりとした。
つまり、そうなると、当分は自分が彼女らの面倒を
見なければならないのである。
「ですが、将来的に大きな戦力になりそうな芽を、確かに
持っています。彼女達の力を借りるのも悪くないと思います」
イルはそう言って判断をリーに託した。
リーは判断に迷った。
リーとしては断固として反対だが、イルの言ってることは
正しい上、信憑性もあって任務達成にも関わった。
その上、目の前の二人から期待を込めた目で見られている。
(……私って、今年厄年でしたっけ…?)
リーは今年で18歳であり、厄年ではないがそんな気分になった。
思いながら、自分には断る正当な理由も、言えるだけの
人間関係経験がないことを悟った。
「それでは改めまして、リファインド様のサポートを
務めさせて頂いています「イルメシュ・カウリィ」と
申します。「イル」とお呼びください」
「おー。あたしはミクリィ・ライレ。…でも、これ
やっぱどうなってんの?イルってリーの妖精とか?」
「いえ、サポート役です」
「え、えっと……セイファ・ローラトーと申します…
よ、よろしくお願いします……」
数分後、イルと一緒に二人に「対策班」のことを説明し
二人にはプロテクトサポーターになってもらった。
リーはちょっとだけ泣きたい気分になった。
暗闇の中、誰かがじっと何かを見つめている。
そしてその「誰か」は「それ」に手をかざす。
「それ」は「誰か」の手に応えたように震えた。
「誰か」は何かをつぶやいているように唇を動かした。