2.
その教会は荒れ果てており、屋根の上の十字架は既に落ちてしまっている。
廻りは草原であり、姿を隠すような所は無い。
しかし教会の前には見張りは居らず、元駐車場だった荒地の端に
RRを停めても誰も気付かないようだ。
「お嬢様、待っていて下さいね!あっという間に片付けて来ますから」
調子良く言うモンキー。だが、コイツは仕事上で嘘をついた事はない。
「セラ、お嬢様を頼む。二十分も有れば戻る」
「はい」
平然と答えるセラ。
ブラウンの瞳を持つ彼女に掛かれば、不良の四・五人など物の数では無い。
「さて、行こうか相棒」
「オーケー相棒」
俺達はRRを降りると、満月を背にして教会へと足を進めた。
教会のドアを開けると、生臭い匂いがぷんと鼻を突き、
下半身を丸出しにした不良少年どもの嬌声が聞えてきた。
中は薄暗く、壁に吊るされた幾つかの懐中電灯だけが明かりの源だ。
ざっと見渡した所、人数は四十から五十くらいか。
殆どが少年だが、中には女の子も数人居て、あちこちで数人掛かりで犯されている。
しかしその娘達はほとんどが仲間の様で、嫌がりもせずに受け入れている。
「ベア、どの娘がお嬢様のお気に入りだ?」
モンキーが俺に聞くと同時に、俺は目的の黒い髪を見出した。
奥の一段高くなっているステージの上、本来ならば牧師か神父が
礼拝者にありがたい講話を聞かせる為の場所で
虚ろな表情になった少女が数人の男に嬲られている。
彼女の虚ろな視線の先には、砕けた十字架が有った。
俺の中にふつふつと怒りが沸いて来る。
「お前ら、いい加減にしとけよ」
俺は静かに怒りの声を上げた。
ピタ、とガキ共の動きが停止した。
男に伸し掛かられたままの黒髪の少女がゆっくりとこちらに顔を向ける。
「酷いな、こりゃ・・・」
少女に気付いたモンキーが呆れたように漏らす。
しかし、言葉の印象とは裏腹にそうとう頭に来ている様だ。
伊達男らしく、女性に優しい相棒としてはこの状況は許せないのだろう。
「なんだお前ら!」「殺されてえのか!!」
「・・・不良同士の喧嘩なんか別にほっとけば良いんだが、
お嬢様にその娘を助けてくれと泣かれちゃなぁ・・・」
溢れてくる怒気をごまかす為か、冷静さを装ってぼやくモンキー。
コイツもホントは正義感の強い熱い男だ。
「ゴネるなよ相棒。お嬢様のお願いだ。
神を殺してくれと言われても俺は従うぜ」
俺の発した言葉に頷き、
「ま、そういう事だな」
と不適に笑うモンキー。
不良共が手に得物を持って奇声を上げながら殺到してくる。
「時に相棒、お嬢様のキスを金に換算したら幾ら位の報酬になると思う?」
バカな事を聞いてくるモンキーに呆れた俺が
「金で買えるかよ、バカ。プライスレスだ」と答えた瞬間、
モンキーが一人目のガキの顔面をを裏拳で弾き飛ばした。
「まあそうなんだがな。例えばだよ。値段を付けるならいくら位だと思う?」
俺も飛び掛ってきたガキのナイフをかわしつつ手をひねり上げて体を持ち上げ、
二〜三人固まっている所に叩きつける。
奇妙な悲鳴を上げながらぶっ倒れて動かなくなるガキを踏み付けながら、
「そうだな、百万ドルくらいじゃないのか?
百万ドルの夜景と同等以上の価値は有るぜ」
と答える。相棒は頷いて、
「じゃあ今夜の報酬は百万ドル以上ってことか。値段分の仕事をしねえとな」
と言いながら回し蹴り二回転で数人のガキを吹き飛ばす。
「さ、黙って仕事仕事。沈黙は金だ」
「あいよ」
俺とモンキーが仕事モードに切り替わる。
俺達は残りの不良共を片付けに掛かる為、気合を入れ直した。
十分後、ガキ共を全て片付けた俺達は黒髪の少女に脇にしゃがみ込んだ。
「気合い入れ直す必要も無かったな。
うあ…マジで酷ぇな。どうする、この状態でお嬢様の所に連れて行くのか?」
モンキーが顔を顰めつつ聞いてくる。
確かに酷い。顔こそそんなに殴られていないものの、
豊かなバストは酷く掴まれたらしく真っ青なアザに覆われている。
腹や尻も所々アザが出来ており、右足脛と右手首は骨折している様で
あらぬ方向に曲がっている。そして、何よりも女の大切な所と肛門から酷く出血している。
俺は自分のジャケットを脱ぎ、彼女に羽織わせると、軽い体を抱き上げた。
片隅で固まり、震えている娘達に
「もう一度同じ事をしたら、今度は皆殺しにすると言っておけ、良いな」
と凄むと、娘達はカクカクと機械的に頷いた。
「う…ん…、あんた達、誰なの…?」
黒髪の少女が聞いてくる。中々の美形だ。おまけにいい肉体してやがる。
…なんか、日本人っぽいがハーフかクォーターか?
「解った…死神…でしょ…?真っ黒だもん…」
「良いから喋るな。俺達は女神様の使いだ」
「…え…?」
俺とモンキーがRRに辿り着くと、セラが外で待っていた。
「お疲れ様でした。
…まあなんて酷い…濡れタオルを持ってきているからちょっと待ってね」
さすがナチュラルメイド、やる事に隙が無いな。
「ベア、モンキー、お疲れ様でした。ありがとう!
ね、早く車に入れてあげて」
お嬢様が窓から顔を出して懇願する。
俺達は少女をリアシートに寝かせた。
「大丈夫?」
お嬢様が少女の顔を拭いて上げながら真紅の瞳で覗き込む。
「・・・あんたは、天使様?あたしを迎えに来たの・・・?」
少女はお嬢様を見て驚いた様な声を上げつつ、気を失った。
「なあ、相棒。やっぱ天使様に見えたらしいぞ」
モンキーが感心したように言う。
「ああ、当然だろ。俺だったら嬉しくて死んじまうぜ」
掛け合いしている俺達を呆れたように見ていたセラが、
「ほら、帰りますよ。地獄から天国へね」
とつまらない冗談を言ったのには驚いたが。
一人の天使とその下僕と、天使に助けられた子羊を乗せたRRは
天国へと帰るために闇の中へ滑り込んだ。