再び一年三組のクラスへ
今回は少し長めです。
それでも最後まで付き合ってくれれば幸いです。
学園内はそこら辺の女子校より広いので、教室に着くまで約八分ほどかかった。だいぶゆっくり歩いていたが。
一年三組を廊下の窓から覗きこむ。
先生が教科書の問題を読んでいる。どうも英文を訳す問題らしいのだが、佐倉は英語の成績が(十段階評価で)万年2ぐらいだったので、何を言っているか全くわからない。
「□◎※@$%&☆△℃¢〆¥。これ分かる奴いるか?」
「分かるか―っ!!」
思わず叫んでしまった。
それにしてもすごい文字化けのしようである。全く何を言っているのかわからなかった。
授業が終わるまであと数分。それまでこれを聞いているのにはおそらく体力が足りない。
「これは……、よし逃げるか」
佐倉は隣のクラスに向かった。
隣のクラス、つまり一年四組では現代文をやっていた。
佐倉は壁を通り抜け教室に入った。教室のど真ん中の空中を陣取る。どうしても上からみんなを見下ろすような形になってしまって、多少の後ろめたさもあったが、今までもずっとそうだったので慣れてしまった。
(あいつ……誰だ?)
玉崎沙乃はいきなり入ってきた幽霊を見て驚いた。
(浮いているから、人間ではないよな)
そう考えつつ凝視していると、その幽霊がいきなり振り返ったので、すぐ目を逸らし気付いていないフリをした。
「そろそろ時間だから今日はここまでにしよう。課題を出すからやっておけよ―――…」
先生の声は聞こえてはいたが、頭には入ってこなかった。
後で友達に聞こうとかぼんやり考えながら、ずっと幽霊を見ていた。
キーン コーン カーン コーン
佐倉はチャイムが鳴ると早速三組に行こうとした。その時の考え方はさすが幽霊と言ったところか、廊下に出ず、直接四組と三組の壁を通り抜けようとした。
四組は三組の右隣なので、後ろの壁を通れば、三組の黒板の辺りから生えてくることになる。
「さすが私、冴えてるぅ~」
自画自讃しながら佐倉は教室の後ろの壁に消えていった。
(行っちゃった……。なんだったんだろう、ほんと)
玉崎は他の人に怪しまれない程度に幽霊の謎な行動を見ていた。
「沙乃~、次教室移動だから一緒に行こう」
「あ、ああ、うん。そうだね」
いきなり声をかけられて玉崎は我に返った。そして、さっき見たものは一度頭の隅に追いやり、授業を受けることに専念することにした。
「っ!!!」
夜野原はいきなり黒板から生首が生えてきたので、今までにないほど驚いた。
「やっほー」
そんな人の気も知らず、気軽に声をかけてくる佐倉。
夜野原は佐倉の頭を叩きたくなったけど、そんなことをしては目立ってしまう。それはどう考えても良い流れではない。どのみち、幽霊には触れないだろう。
「いや、さっき四組の授業、ちらっとだけ見てきたんだけど、最後をちょろっと聞いただけだから、何やってるか全くわかんなかったよ。しかも現代文とか、作品の内容が全くわからないから、授業どころじゃないよ。やっぱ、見るんだったら最初から最後までじゃないとダメだね」
佐倉はこの1時限分で学んだことを暴露する。話し方はまるで、昔からの親友のようだ。
「……私、あなたと友達になった覚えはないのですが」
「私にとって視える人は全員友達だよ~。どうせやることもないんでしょう?」
少し癇に障る言葉ではあったが、言い返すこともできないので、夜野原はせめてもの抵抗と、眼を逸らした。
「あれ、拗ねちゃった。そんなに強がりたいなら、友達作ろうよ、ちゃんとした人」
夜野原はその言葉で完全に怒ってしまった。それでもできるだけ平静を保つ。
「あなたには分からないでしょうね、やりたくてもできない人の気持ちなんて。そんな相手のことも知らず、勝手なことを言わないでください」
夜野原は佐倉と目を合わせない。合わせることができない。
本当は、たとえ幽霊であっても友達がほしい。それでもつい言ってしまう。相手を拒絶するようなことを。
そのせいで何人も傷つけた。友だちになろうと言ってくれたのに、自分から突き放してしまった。
(私はなんてひどい人なのだろう。こんなにも優しく接してくれているのに……)
もう息苦しくて居づらくなった夜野原は、佐倉の目から逃げるようにして立ち上がろうとした。
「じゃあさ、私、伶歌の友達見つけてくるからさ。それでいいでしょ? 全部丸く収まる」
「……」
驚いた。声にも顔にも出さなかったけれど、驚いた。
私にそんなことを言ってくれたのは佐倉が初めてだ。嬉しい。
「あ……、」
その申し出を受けたい。でも、あんなひどいことを言ったのに、自分にとって利がある話になった途端手のひらを返すなど、虫が良すぎる。
「そんなでまかせ、誰も信じませんよ」
「大丈夫、伶歌なら信じてくれる」
夜野原は呆れた。
(なんの根拠もないくせに)
それでもだんだんその“ない根拠”に賭けてみようかな、という気持ちになってきた。
「……私の負けです」
「じゃあ――」
「はい、あなたの友達になってあげますよ。ついでに私の友達を増やしてくれるともっといいです」
夜野原は途中で目を逸らす。佐倉はその目線の先に移動し、顔を覗き込む。
「当然だよ。だって友達だもんっ」
夜野原は真の友達の良さを理解できたような気がした。
最後に評価と感想もお願いできたらと思います。