一話
男と女の血で血を洗う男女最終戦争が幕を開けて早数年の月日が流れていた。
緑豊かな土地は戦火で荒廃の一途を辿り、血に塗れた土地には腐乱した死体が饐えた臭いを撒き散らし、生き残った人々を包む世界には退廃が満ちていた。
そんな最中、最期の時まで中立の立場を通し続けた男女の化学者が、薄れ行く意識の中、一つのボタンを押した。
使命を全うしたとでも言うように、二人の化学者は手を寄り添うようにして絶命した。
これは推測の域を出ない話だが、おそらく二人は愛し合っていたのかもしれない。
男と女が憎しみあい血を流し続けた、この一年の間、彼らは闘いを終焉に導くため、様々な実験を行い、一つの可能性を導き出した。
この闘いを終わらせるための人類最後の希望。
「オペレーション・ファイナル・HOPE、始動。頼むぞ、ホープ…」それが男の最期の言葉だった。
とある研究所の地下奥深く、一人の少女が目を覚ました。身体に繋がれた配線の数々に視線を向ける。
途端に配線が少女の身体から空気が抜ける音と共に抜け落ち、コンクリートの床へ落ちる。
少女は辺りを見渡す。
朝か夜かの区別もつかない閉鎖された空間。
薄暗い室内には、よく分からないモニターやら、配線やらが乱雑にひしめいている。
少女が足を一歩踏み出すと、突如として一つのモニターに明かりが灯る。
突然の事に驚いたのか、少女はその場に尻餅を着いてしまう。瞬間、金属音が鳴り響く。
まるで、それは少女の臀部から発せられた音のようだった。
『ナサケナイオンナダ』
モニターの横に備え付けられたスピーカーから機械的な音声が流れる。
『オマエノヨウナオンナガキュウセイシュトハ、イマハナキハカセガシッタラ、ソレハソレハガッカリスルダロウ』
抑揚が皆無な垂れ流しの音声に少女は同じ尻餅の体勢のまま耳を傾ける。
「私は一体誰なの?」
音声が帰ってこない。逡巡しているのだろうか。
『ハカセタチノキオクデータガインストールサレテイルハズダガ、カクセイのサイニイレギュラーガオキタノダロウ』
少女は立ち上がり、モニターに歩み寄り再度問う。
「答えて。私は誰?」
その突如、部屋が大きく揺れ出す。
「これは…!」
『カクセイガキヅカレタ、ジキニニンゲンタチガヤッテクル、セイベツ二カカワリナクカレラハオマエヲハカイスルダロウ』
地震のような揺れは更に大きくなり、天井から埃が舞い落ちてくる。
「イマハニゲルシカナイ、イマノオマエデハタタカエナイ、ウデヲダセ」
「腕?」怪訝に思いながらもモニターに向けて腕を出す。
『ワタシカラノビルコードヲ、オマエノウデノサシコミグチ二サセ、ソレデスベテガワカル』
モニターが置かれたテーブルの下にある巨大な機械から伸びるコードを恐る恐るといった感じで左腕の肘の内側に差し込む。
少女の手が止まる。
「私、これを差したら、もう戻れなくなるきがする…」
『オマエニハモドルベキバショナドソンザイシナイ、ハヤクサセ、ジカンガナイ』
断続的に続いていた揺れが更に大きくなり、体勢を維持するのが難しくなってくる。
刹那、室内に鼓膜を破らんばかりの轟音と粉塵が舞う。
「くぅ…!」
再び尻餅。ガツンという金属質の音が轟音の最中に響く。
粉塵が引いていくのと同時に数人の影が目前に立っているのを少女は視認する。
『ハ、ク、サセ…』
機械音が途切れ途切れに音声を紡ぐ。
『コノ、タ、タカイ、ヲ、ヲワラセル、ハカセ、タ、チ、ノゾミ』
この爆発を引き起こしたであろう者たちが照明を取り出し、少女に当てる。
「まぶしっ…!」
咄嗟に目を閉じる。
「あいつが、逆賊どもが造っていた兵器か」
「ただのガキじゃねーか」
もう一人の男がいい、高らかに嘲笑する。
「破壊命令が出てたけどよ、こいつが本当に使い物になる兵器だとしたら、こいつを改良して、女どもに差し向ければいいんじゃね?」
「確かにそれもありだが、命令は絶対だ。こいつはここで確実に破壊する」
男が持っている銃の銃身を少女に向ける。
「スクラップにしてやるよ、逆賊の落とし子!」
恐怖の所為だろう。少女の身体が無意識に震えだす。このままでは殺される。何も分からないまま殺される。しかし恐怖に支配された少女の身体は一向に動く気配を見せない。
その時、モニター横のスピーカーから先程の爆音を遥かに凌ぐ音量で怒声が発せられた。
『なにふるえてんだ!このばかやろう! おまえはきぼうなんだ!しにたくなかったらさしやがれ!』
襲撃者の男達が機械の発する怒声に一瞬たじろいだのを少女は見逃さなかった。
「希望…私が希望…分からない、でも…!」
男達の目を見据える少女の双眸に、迷いは感じられない。
コードの先端を肘の内側に空いた穴に差し込む。刹那、膨大な電子の情報が頭に流れ込んでくる。
荒廃した世界。退廃で満ちた人類の姿。血、肉片、饐えた臭い。人間たちが上げる阿鼻叫喚が奔流になって少女の頭に入り込む。
少女の身体がその場にガクンと崩れ落ちると共に室内に沈黙が降りる。
誰一人として口を開かず身動きもしない。
襲撃者たちは知っているのかもしれない。
少女が次に立ち上がった時、自分たちがどうなってしまうのかを。
少女がスッと立ち上がる。
襲撃者たちには、それが人間のする動きとは到底思えなかった。
少女が目を開ける。
黄昏色の瞳が襲撃者を見据える。
身体を震えさせるのは今度は彼らの番だった。
少女が口を開く。
「私の名前は…ホープ・トワイライト」
黄昏の希望。それが少女の名前だった。
凄く、読みにくいです…




