戦の顛末
俺は春庵さんからの手紙を読んでいる。
春庵さんは今は鳴海に戻っている。俺がふと鳴海に大きな港を作りたいと言ったら、考えてみましょうと言って戻っていった。
手紙を読むと、到頭、斎藤親子は喧嘩別れになった。知ってる歴史と違うのは斎藤道三が生きて織田陣営に加わったということだ。
歴史に伝わっている通りに道三が信長を推していたなら、信長にとっては強力な後見役だ。道三が生きているのと死んでいるのでは美濃に対する影響力が格段に違う。
「藤吉郎、美濃の斎藤父子は大いくさになったそうだ。これからどうなると思う」
「当然ながら、真っ二つでしょうな。美濃の当代とすれば、どんな手を使ってもマムシさまを討ち取らねばなりませぬ。生きて居っては家中の束ねに差し障りが出まする」
…気づかないふりをしてみるか。
「なんで真っ二つに割れるんだ。それに遮二無二討ち取らなくてもいいだろう」
「義龍どのを頭領として美濃はまとまりかけて居り申した。マムシ殿に味方はせぬ、やり様に着いていけぬが義龍どのにも着いていけぬ、という方々は諸国に散り申した。そういう方々は尾張にも来られた事でござりましょう。それ故、義龍どのが示さねばならぬのは己の力でござりまする。マムシ殿から家督を奪い、更に討ち倒さねば、義龍どのは美濃の譜代や国人どもからは認められませぬ」
「でも、それは今のところ果たせてないな」
「左様でござる。マムシ殿に織田の助勢があるにせよ、討ち取れなければ義龍どのは手落ちでござる。義龍どのを支える者共も、担いだ神輿ゆえ支えはしましょうが、義龍どのの力を危ぶむ輩も増えましょうな」
「成程ねえ」
「ましてや討ち取れなんだら我等が大殿とマムシ殿が結託して揺さぶりをかける事受け合いにごさりますれば、真っ二つどころではないやも知れませぬなあ」
「だろうねえ」
ではそれがしはこれにて、と云うと藤吉郎は溜まりを出ていった。春庵さんの手代の手伝いに行くらしい。
やはり藤吉郎は先が見える男のようだ。いやはや素晴らしいねまったく。
引き続き春庵さんからの手紙を読む。
…なるほど。犬山から鵜沼を抜ければ、初動を隠す事が出来るか。鵜沼城主は信長の義理の兄だからなあ。
でも鷺山到着までは時間がかかる。初動は隠せても対応できる時間を美濃勢に与えてしまう。ましてや美濃勢はマムシを討つために全軍で出張るはずだ。
マムシに加えて信長まで加われば、尚更美濃勢は両者を逃すまいとする…。
美濃勢からすれば、信長とマムシを合わせても美濃勢の半分にも満たない。必勝の戦いだよな。
でも、やけに味方が少なくないか。
…なになに、美濃勢全軍が長良川を渡った後、織田の本隊七千が木曾川を渡って稲葉山に向かった?
こりゃ、義龍も引かざるを得ない。
信長が率いたのは囮なのか…。
意地悪だな。
考えたのは多分五郎どのでしょうねえ…。
美濃勢を打ち破る必要がないとはいえ、えげつないなあ。義龍も激怒だろうなあ。
織田の本隊を率いていたのは孫三郎信光、勘十郎信行、柴田権六、佐久間半介。
日は既に落ちていたものの、織田本隊七千は稲葉山城に向かい、美濃勢にもよく見えるよう城下郊外に放火した。
城下にあがった火の手を見た美濃勢は相当慌てたらしく、稲葉勢を信長勢の抑えに残し、本陣と安藤勢は急いで稲葉山に向かったものの、着いた時には織田勢本隊は既に撤退し始めていて、義龍は鬼の形相で悔しがったそうだ。
同時に稲葉勢と対峙していた信長勢も、陣を引き払って犬山に戻ったという。
うーん、とことんバカにしている。
清州城には織田家のオトナ達が集まっていた。今後の方針を話し合うためである。
織田家の方針を決めるのは無論信長だが、オトナ達はオトナ達で腹案を持たねばならない。
最初に口を開いたのは柴田権六だった。
「マムシ、ではない、舅殿が清州に入られた。まずは重畳。義龍どのもさぞ悔しがっておろうの」
柴田権六の後につづいたのは佐久間半介だ。
「さもあろう。これで我等には美濃攻めの名分が出来た訳でござる。柴田どのなら、向後どうなさる」
半介に問われた権六は少しの間考えてから口を開いた。
「…舅殿とはいえ、形の上では大殿に降られた訳でござる。先例通りなら美濃攻めの先鋒は舅殿と相成るが、それは流石につたない。舅殿に留守居を任せ、一気呵成に美濃攻めをやる。…それがしならこうでござるな」
成程成程と半介は頷きながら、平手監物の方を見た。
権六も同じように監物を見ている。
「…それがしならば…」
「殿、興国寺は成功にござる。あのまま攻めておったら城を落とす事も出来たのでござるが…一揆衆には申し訳無い事やらなんとやら。ハハハ」
興国寺城攻めに出ていた植村八郎が戻ってきた。首尾は上々の様だ。
「八郎よくやった。して、その後は」
「はっ、手筈通り一揆衆は長浜に向かって居りまする。人数を細かく分けて進ませて居りますので、長浜にて皆揃うのに三日ほどかかるかと」
「三日か。予定通りだな。藤吉郎と清兵衛に兵糧を出してもらえ」
「はっ」
「兵糧は全て一揆衆に渡していいぞ」
「よいのでござるか」
八郎は物惜しそうな顔をしている。
「給金が出せる訳じゃないし、このままじゃ一揆衆はただ働きだ。持って行ってもらった方が有り難い。俺の懐が痛む訳でもない」
…春庵さんも何も言わんだろう…。
「かしこまってござる」
「一揆衆のうち、気の置ける奴には召し抱えると伝えろ。では行け」