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戦国異聞  作者: 椎根津彦
抱卵の章
97/116

長良川の戦(後)

 美濃勢本陣は色めきたっていた。

到頭、織田勢が姿を現したのである。

織田勢は長良川北岸沿いに西進し、安藤勢後方を遮断するように動いている。

対する美濃勢は、鷺山城を突く動きを見せていた稲葉勢四千は、反転して織田勢と対峙するように移動していた。

稲葉勢の後方には、長良川南岸から美濃勢本陣が渡河を開始している。


 「居るわ居るわ、義龍もようやるのう。よし、五郎、行けっ」

「はっ。…赤母衣、出番じゃあっ」

赤母衣衆、千五百が安藤勢めがけて突撃する。





 斎藤道三の率いる旗本勢は既に千を切っていた。

安藤勢の左側面に横撃をかける形になった彼の軍勢は、不破勢に攻撃準備中だった安藤太郎の千五百を混乱させる事には成功したものの、今ではその千五百と、安藤伊賀守の三千に挟まれ、両者に捕捉される形になっていた。

安藤太郎勢には不破勢がさらに攻撃をかけたため、左側面の圧力はそうではないものの、右側面に位置する敵三千からの圧力は相当なものであった。


 斎藤道三の元に、物見に出ていた猪子平助が戻って来た。

「お屋形さま、織田勢が伊賀守の軍勢に攻めかかって居りまするが、敵方は稲葉勢も織田勢に向けて動いて居りまする」

「うむ。婿どのが伊賀守を押さえている間に敵を突き崩して、早う織田勢と合力せねばの。攻め手を安藤太郎に向けよ。さすれば不破もワシが何を考えているかは判ろうて」

「はっ」





 「伊賀守め、中々やるのう。仙千代」

「はっ」

「勝三郎を呼べ」

信長の許に走り込んで来た池田勝三郎は、右の大袖が断ち切られていた。

「激しい戦じゃのう、勝三郎」

「まことに」

「敵の勢いを崩すにはどうすればよいと思うか」

勝三郎は、何をおっしゃる、という顔をしたが、一瞬考えこむと、畏まった、二十騎ほど借りますると言い残して走り去っていった。





 「前田どの」

「お主は」

「不破彦三と申しまする。不破太郎左右衛門の倅にござる。間がありませぬ、手短に」

「うむ」

「それがしと共に鷺山城に参られたし。お屋形さまの若君がおわす」

「…お屋形さまを見捨てて行けと申すのか」

「手短に。お屋形さまの許しは得て居りますれば」

不破彦三と名乗る若者の顔は決死の表情だ。

「……判った。参ろう」






 池田勝三郎が安藤勢の強者、竹腰道鎮を討ち取り、それを大声で触れ廻ると、安藤勢は見事なほどに狼狽した。

それを機として道三勢は安藤太郎の軍勢を突き破り、不破勢と合流を果たした。

道三勢はそのまま織田勢の後方に下がり再編成を行っている。

織田勢も伊賀守の軍勢もお互いに陣を下げた。伊賀守は安藤太郎と合流し、再編成を行っている。





 「ようやった、勝三郎」

「あれで剛の者とは…到底、勝三郎の敵ではござりませぬ」

そう放言する池田勝三郎の腰には、竹腰道鎮の首の他にも二つ、首が下げられていた。

「カハハ、そういう事にしておこう、休め」

「はっ」

勝三郎が下がると、平手監物が口を開いた。

「安藤勢四千ほど、我等の左手に動いて居りまする。稲葉勢およそ四千は、その後ろから我等の右手に動いて居るかと」

「ふむ、マムシは無事か」

「はっ。我等の後ろにて陣立てを組み直して居りまする」

「我等と合わせていかほどか」

「四千に満たぬ程かと」

「そうか」





 渡河を終えた范可義龍の本陣。

日根野備中が口を開く。

「安藤勢と稲葉勢、合わせて八千が織田勢と相対して居りまする。伊賀守どのの使番より、陣立てが済み次第、お屋形さまの下知を頂きたいとの口上」

「ふむ。本陣は鷺山を突く様に動く故、後はそなた達の良い様にせよと伝えよ」

「は。畏まっててござりまする」





 信長と道三は陣中にて再度対面を果たした。

「無事戻られて何よりにござる」

「忝ない。埒もない戦をしたわ」

そう云うと、道三はワハハと笑った。

「さて、婿どの、これよりどうなさる」

婿どのと呼ばれた信長は、万身仙千代に紙と硯を用意させると、サラサラと何やら書いて道三に渡した。

「これは」

「舅どの、道中我等に着いてこれなかった者共が五百程居りまする。その者共には鷺山城へ向かえと指図して居る故、その者等を率いて、城に残って居る者達と合力して、犬山に向かって下され。福冨平左右衛門という者にこの文を見せれば良うござる」

「ほほう」

「無論、ここの手勢は残してもらうが」

道三は半分は判るが、残りは解せぬ、という顔をしている。

そんな道三を見て信長はカハハと笑うと、平手監物を呼び出した。

「舅どの、策を捻り出したのはこの監物故、得心いく迄お訊きくだされ」

信長はそう云うと、ゴロンと横になって腰の袋から瓜を取り出して食べ始めた。


 「平手監物にござりまする」

「そなたが平手監物か。先だって、お父上は残念であったのう」

「お言葉有り難く承りまする。それはさておき、ご疑念があれば説明致しまするが…」

「そうじゃのう。では訊くが、鷺山へ向かうのはワシとワシの手勢ではいかぬのか。その方が美濃勢を二つに割るのに都合が良かろう」

道三は美濃勢、と言うときに少し顔をしかめたが、平手監物も信長も気づかぬふりをして聞いていた。

「確かに美濃勢を二つに割るには都合が良うござりまするが、それでは舅さまも、我等の大殿も死ぬか捕らわれるか、でござりまする」

「されど、どちらかは生き残るやもしれぬ」

「失礼ではござりまするが、それでは我等オトナが困りまする。舅どのは助かったが、大殿は死んでしもうた、などという事になっては元も子も無い。重ね重ね失礼ながら我等オトナにしますれば、助勢などせずに、舅どのに死んで貰うたがよいと考えて居りました」


 不破太郎左衛門の腰が浮きかけるのを、道三は無表情で抑えた。信長は大笑いしている。

「これが婿どのの懐刀か。監物とやら、よう云うた。それでなくてはオトナは務まらぬ」

「はっ…では続けまする。…翻って、大殿のお心を察すれば、兵は出したが舅さまに死なれては元も子も無いばかりか、濃姫さまにも叱られる」

オイッ、と信長が平手監物に瓜の食べかすを投げつけた。道三は相変わらず無表情だが、不破太郎左衛門は呆気に取られている。

「となれば、我等とすれば舅さまには逃げて貰わねばならぬ、という仕儀に相成りまする。美濃勢に気取られてはなりませぬ故、使番に化けて下さりませ。不破どのには此処に残ってもらい、舅さまのふりをして頂く」

「ふむ…それは判った、されどそれでは婿どのが死ぬ事になるであろうが。軽う見ても美濃勢はこちらの倍、向こうの本陣も加えれば五倍は居るぞ」

「それ故に舅さまが鷺山へ退かれた事を気取られてはならぬのでござりまする。美濃勢の御大将、御子息の身になって考えて下されませ」

道三は腕を考えてしばし考える。

「…ワシが鷺山へ向かえば、新九郎はこの場を安藤と稲葉に任せて、ワシを追うであろうな。それを誘う為に本陣を鷺山へ向かう様に見せるやもしれぬ、いやそうするであろう。それでもワシが動かぬと見れば…」

「我等をその五倍の軍勢で囲む事でござりましょう」

「それでも勝てると申すのか」

「勝てるかどうかは判りませぬが、負けはせぬと思いまする。間もなく日も暮れまする故、早よう支度を。味方にも気取られてはなりませぬ」






 



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