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戦国異聞  作者: 椎根津彦
抱卵の章
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相剋

 稲葉山城の斎籐范可の許には、続々と誓書が舞込んでいた。人質も多数が到着している。

人質を住まわせる部屋の空きが無いため、奥の腰元や女中を城から下がらせた程だ。

「兄者、范可などと名乗るのはお止めくだされ」

次男の斎籐孫四郎が切なそうにそう言うと、三男の一色右兵衛も深く頷く。

范可こと長男の義龍は二人の顔を交互に見つめた。

「止めた方が良いかのう」

「兄者も思うところがあるのでござりましょうが、世上の心ある者が見れば、何と申すか」

「そうじゃ。名乗りの件といい、改めて誓書や人質を城に詰めさせるなど、父上に対するあてつけじゃ。しかも馬揃えなどと称して備を集め、兄上は何をなさるおつもりか」


 弟たちの詰問に、義龍は深く目を閉じた。

「あてつけ…。お主達もそう見るか。誓書、人質、仕置としては至極まっとうであるが…。それがしは父上より執政を任されて居ると思うたがそれは間違いかのう」

「それは相違ござらぬ。父上と兄者、お二人のいきさつはどうあれ、兄者を認めていなさるからこそ父上も何も仰らぬのじゃ。されどまだ家督を譲られた訳ではござらん。誓書や人質は行き過ぎでござる」

「行き過ぎか…。行き過ぎと云えば喜平次」

「喜平次は止めてくだされ。今は一色右兵衛大輔じゃ」

「それよそれ。何故父上はそなたに一色の名乗りを許したのか。母者の実家でもあるが、落ちぶれたとは云え一色と云えば名門。官途まで許されて居る。孫四郎にも名乗りをゆるすのならともかく、どうも合点がゆかぬ」

「父上は兄上に箔をつける為にそうなされたのじゃ。名門一色家とて斎籐家の威勢を認めて居ると周りに思わせる為だと申されておった。長序の列をつける為だとも」

「箔だと…。長序の列をつけるだと。片腹痛いわ。そなた父上の云うことを真に受けておるのか。そなたに家督を譲る算段だとは思わぬのかっ。まあ、それでもそなたは良かろうなあ」

「じ、邪推じゃっ」


 弟の言を鼻で笑う兄。

義龍と右兵衛の間にあって、このような兄弟の争う日が来ぬ事を孫四郎は念じていた。

「…右兵衛、許せ」

右兵衛が向き直る間もなく、孫四郎の一刀が放たれた。

范可義龍は動じる事も無く、物言わぬ様になった右兵衛を見つめている。

孫四郎は得物を鞘に収めると、体ごと向き直り平伏した。

「兄者、これで宜しゅうござろうや」

「…よくも見抜いた。…それに、造作をかけたのう。出やれ」

義龍が手を鳴らすと、孫四郎の後ろの襖がサッと開く。

姿を表したのは具足を身に付けた日根野備中と、その配下たちだった。






 猪子平助は鷺山城に向けて駆けに駆けた。


“いやこれは、ただならぬ事が起きたぞ”


広間に呼ばれた平助は血の跡おびただしい畳を見て、驚いた。

「平助、父上に使いせよ」

「は、はっ。ご口上は何と」

「義龍の心の内は解って居りましょう、それがしがうつけの馬前に跪くかどうか、御覧候えと」

「ご口上、しかと承ってござりまする」

「よし、そしてこの文を。…平助、戻って来ずとも良いぞ」

「そ、それは」

「よい、早う行け」






 「何処へ行っていたかは云わずともよい。が今後は勝手するな」

「も、申し訳ござりませぬ」

「これをを見よ。稲葉山からの書状じゃ」

受け取った文を読んで、前田又左は唸った。

「御隠居さま、これは…。御隠居さまはこの文を読まれても真に戦をなさるつもりでござりまするか」

「仕方あるまい。敢えて不義理を貫くと云われてはの」

「されど…申し難き事ながら、まったく戦になりませぬぞ」

「ハハハ、良いのだ又左。折角の馳走、受けねば意地がすたるわ。それと、何度も云うがワシはまだ隠居ではないぞ」

陣触れ致せ、とだけ言い残すと、御隠居と呼ばれた男は庵の中へ入って行った。





 「久方ぶりにござりまする、大殿におかれましては…」

「おお鵜沼どの。挨拶無用、それに大殿は止めてくださるか。義兄者に畏まられると、濃に怒られまする。さて、我等が舅殿が危急、是非とも救わねばならぬ」

鵜沼城主、そして信長の義兄でもある大沢次郎左右衛門は、信長を自分の城に迎えていた。城外には三千五百の織田勢が待機している。

「その通りにござりまするが、我等が舅殿より使いが参って居りまする」

「ほほう」

二人の前に表れたのは前田又左だった。

「おや、又左ではないか」

「…」

「どうした又左、口上があろう」

「前田どの」

「…失礼つかまつりました、主の口上申し上げまする」

「うむ」

「ご助勢の儀、何卒ご無用願う」

「それだけか」

「はっ。されど、これを大殿…ではない、織田殿へ渡せと」

大沢次郎左右衛門が文を受け取ると、信長はひったくる様にしてそれを広げた。

「…使者の役目、大儀であった。しばし待て」

信長は次郎左右衛門に紙と硯を用意してもらうと、サラサラと文をしたためた。

「又左、口上」

「はっ。承りまする」

「地獄からゆるりと見物など断じて認めぬ、美濃を呉れるなど云うくらいなら力を貸せ」

「はっ。口上、しかと承ってござりまする」

さらに信長から文を受け取ると、又左は鵜沼城から去って行った。


 信長は斎籐道三からの文を次郎左右衛門に見せると、平手監物を呼び出した。

「お呼びでござりましょうか」

次郎左右衛門の手にあった文は、今は平手監物の手にある。

「これは」

「笑止であろう」

「…笑止とはいささか…」

「フン、まあ良い。…義兄者、造作をかけ申した。監五郎、参るぞ」

「はっ」



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