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戦国異聞  作者: 椎根津彦
抱卵の章
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茶屋談義

 鳥居彦右衛門ともっと話していたいし他の近習の顔も見てみたいけど、竹千代もいないのに長居するのも気が引ける。

「そうだ、硯を貸しては下さらぬか。彦右衛門どのの親爺さまに文を書かねばならんので」

承り申した、と彦右衛門は溜まりを出て行った。

未だに筆で書くのは下手だ。そろそろ上達しても良さそうなもんだけどなあ。

彦右衛門は俺が手紙を書く間、無言で控えていた。いかにも律儀者といった佇まいだ。

「出来た。いや、お手間を煩わせて申し訳ない」

まあ、自分の親爺への手紙と言われれば邪魔する訳にもいかんだろう。

「では、それがしはこれにて。御曹司にもよしなにお伝えくだされ」

「はっ。竹千代様にはきちんと言い含めておきまする」


 屋敷を出ると、藤吉郎が待っていた。

「ご首尾はどのように。身形のよい若君が途中駆けていきましたが」

その身形のよい若君が後年のライバルとは想像もしてないだろう、藤吉郎くん。

「うん。まあまあだ」

「まあまあ、とは…」

「まあまあと言ったら、まあまあだ。それよりこの文を岡崎の中嶋屋敷に届けてくれ。鳥居どのに渡せと」

「御意にござる」

藤吉郎はまじまじと渡された手紙を見つめている。それなりに緊張しているのかな。

「中身は見てもいいが、中島どのに見たという事がバレぬ様にな。お前の男が下がるぞ」

「信用されておりませぬなあ」

「お前の目に見たいと書いてある」

「ワハハ、見とうなったら自分で拳骨を呉れることにいたしまする。して、届けた後はどのように」

「中嶋屋敷には植村八郎と大草善四郎という者が居る筈だ。その二人と共に駿東郡まで来い」

「駿東。また遠ござるなあ…。駿東のどこへ」

「阿野荘の根古屋だ。待っとるからな」

「御意」


 言うが早いか吉郎は駆け出して行った。

俺も急がなきゃいけないんだけど、春庵さんはまだだろうか。駿府館に賄賂を届けた後は宮ヶ崎に来る筈なんだけどな。

ここにいても仕方ない。藤吉郎が行ってた茶屋にでもいくか。

茶屋には爺さんとその孫なのだろうか、若い娘がいた。二人で切り盛りしてるんだろう。

「ちょっとちょっと。団子を二つ呉れ

「まいどありっ」

おとっつぁん、団子二つ、と言いながら娘は奥に向かっていった。

お父様だったのか、失礼しました。

「娘さん、お名前は」

「夏猪と申します」

「いい名前だね。夏猪さんはそこのお屋敷の人を見知っているかい」

「へえ。何でも三河の若様とその身内の方たちと」

「若様は団子でも買いに来るかい」

「へえ。ご家来衆とご一緒に時々」

「話したことはあるかい」

「何度かございます。まだお若いのに立派な方でございます」

「そうか。いや、旨かった。お代おいとくよ」

「こ、こんなに」

「話して楽しかったからね。また来るよ」


 茶屋を出ようとすると、春庵さんがやっと見つけたという体で走ってきた。

「お待たせした様でございますな、申し訳ございません。娘さん、団子を三つ」

「首尾はどうだい」

「子細は御曹司のご家来衆から岡崎へ話が行くのでしょうが、七日後にご出立と相成るようにございます」

「ほう」

「新しい岡崎代官の朝比奈さまもご一緒とか」

「だろうね」

「何でも朝比奈さまのお旗本のほか、与力が三千人付くそうにございます」

「なんだって。朝比奈勢はどれくらい居るんだろう」

「八百と聞いております」

春庵さんはニヤニヤしている。俺が何を考えるのか期待しているようだ、まったく。

都合四千か。岡崎総動員で三千くらい、トータル六千から七千の今川勢になるのか…。

チートか無理ゲーか。

いやはや今川家ってのはすごいな。この時期の武田だって、甲斐に総動員かけて一万くらいな筈だ。国境守備に三、四千は残す筈だから、機動兵力は六、七千。

属国とはいえ、隣国にポンと四千も派兵出来るってのはちょっと…。

改めて考えてみると、これをどうにかしなきゃいけないってのはすごく厳しいぞ。


 「今川だから、それぐらいやるだろうな。駿東の方はどうなってる」

「はい。渋川、三浦、その他国人たちが大勢。一旗挙げようと云う者たちも含めると、千ほど」

千。めちゃくちゃ多いな。本当にひと合戦出来るぞ。

「よく集まったね」

「伊勢どの、今は北条家ですが、もとは今川の被官でございます。伊豆に乗り出す時に相当のご無理をなさいました」

「伊勢新九郎だったかな。義元のお爺さんか、ひい爺さんの奥さんの兄だか弟だっけ」

「よくご存知で」

「これぐらいはね」

「では続けまする。伊豆はもともと堀越公方さまの国。それをかすめ捕った訳でございますから、今でも恨みつらみは残っておりまする」

五十年以上も昔の話だ。いやはや。

「今川家はもともと室町さまの分家筋。堀越公方さまのご家来衆としては、分家ずれの嫁の家にしてやられてはと、伊勢どのに靡かなかったお歴々も多ございます」

なるほどねえ。分かる話だ。


 「ありがとう春庵さん。本当に助かるよ」

「身代を賭けておりますので。当然でございます」

いつか口にした、俺に賭けるという言葉は本当のようだ。

「ところで春庵さん、お蓉さんに使いを出してくれるかい。うんぽる号を持ってきて欲しいんだ。九鬼の若君にも来てもらいたい」

「うんぽる号でございますか…。ちと銭がかかりますがよろしいので」

「え」

「うんぽる号はまだ借り船でございますよ」

「そうなのかい」

「はい。南蛮の船を買うとなると一筋縄では参りません。南蛮の船衆ごと借りて、前の戦に間に合わせたのでございますよ」

「そうだったのか」

「はい。されどうんぽる号とまではいきませんが、博多にて南蛮船を作らせております」

「それはすごいな。いくらかかった」

「言い難き事ながら、左兵衛さまの身代ではどう見積もっても足りません」

言い難きって…はっきり言ってるじゃないか。

俺の顔が相当面白かったらしい、春庵さんはニヤニヤが止まらない様だ。

「大丈夫でございます、ご出世なされてからお代は頂戴いたします」

くっ…。

「とにかく、うんぽる号を頼むよ」

懐は痛いが、どうにかやれるだろう。

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