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戦国異聞  作者: 椎根津彦
抱卵の章
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宮ヶ崎

 藤吉郎と、とぼとぼ宮ヶ崎まで来た。

「旦那、何卒それがしを旗下にお加え下され」

うーん、信長に紹介しようと思ってたんだけどなあ…。

「藤吉郎とやら。俺でいいのか、俺でなくても上手くすれば大殿に仕えられるかもしれんぞ」

「大殿とは、織田の殿さまでござるか」

「そうだ」

「されど、どの様にしたら大殿に会えるので」

「俺が紹介状を書く」

「それがしを何と紹介するのでござるか」

何と紹介、って……あ。…どう紹介すればいいんだ。今川方の情報を持ってるし、見所があるから使ってみてくれ、とでも言うのか。

まだ陪者、小者だからなあ。押しが弱い、弱すぎる。どう見所があるんだ…。見所があるなら先ずお前が使ってみろとでも言われるのがオチだ。

だめだ、思いつかん。

「紹介状はひとまず置いといて…。真に俺でよいのだな」

「旦那が良うござる。旦那は福耳が大きい。福耳の大きいお方は徳のあるお方なそうな」

どこかで聞いたような……

「唐の昔の豪傑の話だな」

「へへ、知って居りなさったか。劉備玄徳というお方が福耳が大きかったそうにござりまする。唐を治める手前までいったとか何とか」

…本当かね。

通称、人質屋敷の勝手口の前までやって来た。

松平竹千代はこの新しく建てられた屋敷内に囲われている。

「藤吉郎、あそこに茶屋がある。そこで待て」

「はっ」

藤吉郎に幾らか渡すと、ニッコリ笑って茶屋に駆けていった。現金なやつだ。



 屋敷に入り家人に来意を告げる。此処でも幾らか渡さなきゃならない。袖の下はどの時代でも必要だ。

離れに向かう。

離れはひっそりして…いるかと思いきや、誰かを叱る声がする。叱っているのは子供の様だが、申し訳ありませぬ、と答えているのも子供の様だ。

「鳥居左兵衛一忠、罷り越し申した。御曹司はおわしまするか」

大声で云いながら縁側に回ると、離れは静けさを取り戻した。せっかく静かになったのに、ドタドタと足音がする。現れたのは鳥居彦右衛門だった。

「一忠とやら、また来やったか…竹千代様、お会いになられまするか」

襖の奥から、通せ、と声がする。竹千代はともかく、相変わらず態度でかいなこいつ。まだ元服もしてないのに大したもんだ。

まあ、離れに住む人間以外は敵みたいなもんだし、俺みたいな正体不明の人間に何度も来られたら、そうもなるわな。


 「また来られたな。息災であったか」

俺が鳥居の一族では無い事は前回会った時にばれている。それでも会うという事は警戒されてはいないのか、それともよほど暇で刺激がないのか…

「ははっ、この通り恙無う過ごして居りまする。竹千代様におかれましては…」

「前口上はよい。して此度はどの様な用向きじゃ」

「は。岡崎に戻られませぬか」

縁側には鳥居彦右衛門のほか、数人の近習がいる。

多分、後の平岩親吉とか石川数正とかだろう。

岡崎へ、と言われて竹千代本人よりも、のちの平岩親吉とか石川数正の目が輝いた。竹千代は仏頂面だ。

「岡崎か…。何しに戻るのじゃ」

「お父上の墓参にござりまする。先程、御屋形様の許しも得ました故、御支度さえ整いますればいつでも」

機嫌が悪いのか、仏頂面の竹千代はプイと横を向くと、七之助、と怒鳴った。

「は、七之助ここに」

と縁側から七之助が答える。

「どの様にしても鷹は手に入らぬのか」

「真に面目なき事ながら」

七之助と呼ばれた、のちの平岩親吉か石川数正のどちらかの若者がそう答えると、竹千代は立ち上がって縁側に進むと、七之助を突然縁側から蹴り落とした。

そのまま竹千代は、臨済寺に行く、与七郎参れと言うと、居間を出ていってしまった。


 居間に残ったのは、鳥居彦右衛門と土を払いながら入ってきた七之助と俺。

俺がポカンとしていると、バツが悪そうに七之助が

口を開いた。

「平岩七之助と申しまする。お見苦しい所をお見せ致して申し訳ござらぬ」

じゃあ、着いていったのが石川数正か。

「御曹司さまは機嫌がすぐれぬ様子でござるな」

左様、と言葉を続けようとした七之助を、彦右衛門が止めた。

「七之助、ぬしは百舌鳥の世話があろう。獲物を取れる様にせぬと、また蹴落とされるぞ」

そうだな、では拙者はこれにて、と七之助も居間を出て行った。

これで残ったのは俺と鳥居彦右衛門だけ。

「素性の知れぬ者と居間で二人きりというのも息が詰まる。溜まりに行こう」

言われてみれば確かにそうだろう。俺だって、年上を年上とも思わないような態度のやつと二人きりってのは正直気が詰まる。

「そうでござるな」


 溜まりといっても他に誰か居るわけでもない。障子が開け放たれ外の景色が見える板張りの部屋だ。

それでも彦右衛門は少し気が楽になったのか、向こうから話しかけてきた。

「そもそも、左兵衛一忠どのは何者でござりまするのか。奈辺に思惑がござろうや」

他人に対する態度から、来訪者の応対は彼がやっているのだろう。主人が人質ともなれば、周りは全て敵なようなもんだ。歳もまだ若いし、当然その応対は硬くなるだろうな。

後を考えれば、徳川の外交官でもあった石川数正がこの役をやってもよさそうなもんだけど、この頃はそうでもないのか。

「言わねばなりませぬか、それを」

「はい。主の身に関わる事ゆえ」

「ふむ。どうしたもんかなあ。聞かねばよかった、とはなりませぬかな。まあ、およその見当はついては居るのでしょうが」

「はい。それでも」


 ふむ。

「それがしは織田家に仕えて居りまする。鳴海城主、大和左兵衛一寿でござる」

俺の事は今川方でもよく知られているのだろう、彦右衛門はアッと言う顔をして平伏した。

「知らぬ事とは云え、ご容赦下され。主に成り代わりお詫び申し上げまする」

「お気に召さるな。それより、それがしが織田方という事は御曹司には内密に」

「何故に」

「今は人質とは云え、御曹司は岡崎を継がれるお方。近習の皆様は後々御曹司のオトナと見込まれておられる身でござる。何かが露見したとしてもオトナしか知らぬのであれば、御曹司に類は及びますまい」

「そんなものでござりましょうか」

「そんなものでござる。失礼な物言いではござるが、近習の皆様とて此処は敵地とでも思うておられよう。その思いは今川の衆にも伝わりまする。打てば響く、とでも申しましょうか、こちらが敵と思うて居れば、相手方も心安くは居れませぬ故」

「成程」

「折角、御曹司があの様に人畜無害を装うて居られるのでござる、近習の皆様もそれを見習わねば」

「されど先程の様に、時折癇癪を」

「皆様しか甘える相手が居りませぬ。仕方ない」

合点が行ったのか、彦右衛門はクスッと笑った。 

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