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戦国異聞  作者: 椎根津彦
抱卵の章
88/116

誤算

 ここは駿府館の大広間。

今川治部と二度目の対面だ。

前回会った時はマンツーマンだった。今日は…上座から一段下がって左手に二人同席している。そのうち一人は袈裟姿の坊さんだ。太原雪斎だろう。

となると、あともう一人の総髪髷頭は誰だろう。と考える暇も無く近習が、御屋形様の御成、と告げた。

急いで平伏する。

「御尊顔拝し奉り恐悦至極に存しまする、岡崎より罷り越しました鳥居左兵衛一忠にござりまする」

「うむ。面を上げよ」

「はっ」

姿勢を正すと、太原雪斎が口を開いた。

「御屋形様は直答さし許す、との事じゃ。用向きは」


 ここからは間違えられん。俺頑張れ。

「はっ。ここ駿府にお預かりの御曹司の儀にござりまする。御曹司は先年、ここ駿府館に出向く所を、真に口惜しき事ながら織田に奪われ、その後真に有難き事に御館様の御采配宜しきを得、また御屋形様のご配慮によりこの駿府にて無事を過ごされて居りまする。されど、無事を過ごされては居りまするが、幼き頃に岡崎を離れました故、先代の岡崎三郎さまの墓参も済んで居りませぬ。我が主は、何卒御曹司に先主の墓参をさせたい由、その許しを頂いて参れ、とそれがしを遣わされてござりまする」


 御曹司、と聞いて総髪髷の目が鋭くなった。今川治部は手にした扇子をパチン、パチンと鳴らしている。

「一忠と申したな。そなたの主は、鳥居伊賀であったな」

「その通りにござりまする」

「鳥居伊賀の申し条、尤も。が何故今なのじゃ。広忠どのの墓参は竹千代の元服の後に、と思うて居るが、如何なものかのう」

くそう。今川治部の言い分ももっともな話だ。まあ、ちゃんと元服させてやるから、それまで待てよという恩着せがましさが言外に溢れてるけどな。


 もう一押し。

「御屋形様の申し条、真にご尤もながら、我が主が墓参の件を云い出したのには訳がござりまする」

「ほう、どの様な訳があると申すか」

「は。近頃、織田勢が煩うござりまする。勿論、御屋形様は耳にして居りましょうが水野党はもとより、知多においても織田の息のかかった海賊衆が攻め寄せて来る始末。岡崎党も浮わついて居りますれば、ここで手綱を締めねば御屋形様に示しがつかぬ、墓参にこと寄せて御曹司に一度里帰りしてもらいお言葉を貰えれば我等の束ねもつく、という次第でござりまする」


 成程のう、と云って今川治部はまた扇子をパチン、パチンとやりだした。

「禅師、どう思われる」

問われた太原雪斎が口を開く。

「良き考えかと思われまする。拙僧に異存はござりませぬ」

よし。

「なれば、そう致そうかのう」

「異存はござりませなんだが、岡崎を固めるためにもう一つ」

げ、何なんだろう。今川治部も何だろう、という目で太原雪斎を見ている。

「代官の役目交替にござりまする。三浦ではちと軽かろうと。先日の安祥攻めの件もござります故、譜代のオトナを代官に付けとうござりまする」


 何てこったい…。

嫌ですとも言えないしなあ…とほほ。

「禅師どの、どなた様を代官に」

「ほれ、此処に居なさる朝比奈どのじゃ」

この総髪髷がそうか。

「朝比奈弥太郎にござる。鳥居伊賀どのに宜しくお伝え下され」

総髪頭がペコリと頭を下げた。朝比奈弥太郎って、朝比奈泰能か。めちゃくちゃ重臣じゃねえか…。

「弥太郎とはのう。禅師、これで岡崎も落ち着くであろうなあ」

今川治部はニコニコしている。…これはやられたな。


 太原雪斎は言葉を続ける。

「は。岡崎党の者共も、竹千代どのの後ろに朝比奈どのが控えておると判れば、御屋形様が岡崎党を見捨てる事はあるまいと安堵する事でありましょう」

…何だと。でも、とても断れる話じゃない。

「…朝比奈どのが代官となれば、要金鉄にござりまする。真にめでたき事にござりますれば、我が主も心安んじると思われまする」

今川治部はますます上機嫌だ。

「そうであるか。話は終いじゃ。宮ヶ崎に行んで、竹千代に会うて行くがよい」

「は。ではこれにて退散つかまつりまする」



 今川治部と太原雪斎、そして朝比奈弥太郎が出ていくとやっと頭を上げる事が出来る。

はあ…。中々上手くはいかないもんだ。

…何が安堵、だ。

確かに譜代を入れ置くという事は、絶対に織田方に三河は渡さない意思表示には違いない。

でもこれは岡崎党の合議を骨抜きにするためじゃねえか。監視の意味もある。これでますます岡崎党は今川家の顔色を窺う様になる。

不戦も厳しくなるな…。

岡崎党と水野党の睨み合い、それに知多の情勢が不穏と見て、代官の交替を考えていたんだろう…。そこに俺が墓参の話を持ってきた。まさに飴と鞭だな。

それにしても朝比奈弥太郎って、今川家の譜代筆頭クラスじゃなかったっけ。厳しい一手だまったく。

岡崎党や佐治四郎に形だけでも今川の後詰の催促をさせればよかったか…失敗したな…。

とにかく、竹千代に会いに行くか…。




 館を出て馬を曳きながら歩いていると、遠くから手を振りながら駆け寄って来る奴がいる。

仮称、針売りの藤吉郎だ。

「館に入るのを見かけて、ずっと待って居りました」

こういう所が信長の気に入ったんだろうか。

「殊勝だな。何か用か」

「何か用かとはつれないお言葉、それがしと旦那さまの仲ではござらぬか」

「…そんな深い仲じゃないだろう、それにしても何か良いことでもあったのか。何だかさっぱりした顔をしているが」

「そうなのでございます。主の下から退転して参りました」

「何だって」


 道すがら話を聞くと、俺に言われた通りに主人に報告はしたものの、物見と見破られたのでは役に立たんと怒られたのだという。

「それで何と答えたんだ」

「尾張に手蔓を作りたい、織田どのに仕えたいと細作と一味同心して後、繋ぐ相手を探ろうと思うて居りまする、と申したのでござるが」

「…手蔓云々の、あの話は嘘か」

「嘘ではござらぬ。真に手蔓は作りとうござる、が見破られた折の方便として云うても嘘では無いではござらんか」

確かに嘘じゃない。身分がバレた時の言い訳には丁度いいだろう。本心を語っているのだから。

「それで」

「ヌシなら真に織田に仕えるやもしれんと云われまして」

藤吉郎の主人の、人を見る目は確かだったという事か。

「それなら真に織田方に仕えようと決心した次第でござる」

「成程なあ」

「それがしは木下藤吉郎と申しまする、何卒旗下にお加え下され」

…え、俺に?

信長に紹介しようと思ってたんだけど…。


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