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戦国異聞  作者: 椎根津彦
抱卵の章
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旅路

 振り返ると、那古野の城が遠くにかすむ。

その那古野城下は、清洲城下に倣って新しい町割と総構の改修に手を着けている。

町作りって楽しそうだな。俺にも町作りで忙しい、なんて日が来るのかねえ。

「八郎、三郎兵衛。これからどんどん忙しくなるぞ」

「今川との戦が、でござるか」

「それもそうだが、これから先、武士は戦や侍うだけじゃ無くて、町作りも、商人の真似事もせねばならんようになる。鑓働きもそうだが、学問も大事になる。精進しろよ」

「されど殿。まずは鑓働きでござろう。功名して大身にならぬ事にはどうにもなりませぬ」

「まあ、それもそうだな」



 三郎兵衛がペコリと頭を下げた。

「では、それがしは一旦鳴海の城に戻りまする。岡崎まで、道中恙無う」

「おう。留守を頼んだぞ。皆にもよろしく伝えてくれ」

別れて小さくなりながら三郎兵衛はずっと手を振っている。…そして、見えなくなった。

「では、それがしもお先に参りまする」

「中嶋どのによろしくな」

八郎は駆けていった。奴には中嶋清延宛ての手紙を預けてある。岡崎の鳥居伊賀との繋ぎをつけてもらうためだ。

果たして上手くいくだろうか。





 中島砦を過ぎて、知多へ下る。

遠回りだけど、師崎から船を出してもらって田原に入り、岡崎へ向かう。行商人に化けて師崎に向かい春庵さんと合流する予定になっている。

いやはや、暑い。

鳴海では小戦しかなかったから、このままいけば今年は米の収穫には影響が出ないだろう。

何年か、いやずっとこの状態をキープしたいもんだ。

米の取高を上げる方法は無いものか…。

実家が農家だったわけじゃないし、農業高校通ったわけでもないからなあ…。

全くわからん。

大量に鉄製の農具を作って貸し出して、田んぼの大きさを統一して…。

うーん、落ち着いたら五郎どのに相談してみよう。


 歩きながら、手頃な日陰が無いかと探していると、同じ考えの行商人の風体の男に出くわした。

つい目が合う。

「いやはや暑うございまするな。…師崎湊に向かうのでございますか」

「師崎になじみが居りまして」

「ほう、ということは駿府館か岡崎の手形をお持ちのはず。持って居られまするか」

あ。迂闊だった。


 こいつがもし密偵か何かなら、斬られてもおかしくない。一応困ろう。

「…生憎、やんごとなきお方の内々の商いでございまして」

「内々とは穏やかではございませんな。尾張の方にございますか」

「……」

行商おとこは俺を睨み付けていたが、いきなり笑い出した。

「わははは、そう構えなくても心配ご無用。お前さまがどこの方であろうと構いませぬ。が、先日この知多で織田方と今川方の佐治さまとの小戦があったことは駿府にも知れ渡って居りまする。その知多で今川の手形を持たぬ行商人が居るとすれば、おおよそ西のお方。とすれば近いとこで尾張の方ではなかろうか、という算盤になる訳でごさいまする、ははは」

「成程、そうでございますか」


 感心している場合じゃなかった。

慧眼恐れいった、という訳ではないけど、目端の利く人から見ればそうなるだろうな。行商おとこはまだ続ける。

「手形の話は吹っ掛けてみただけなのでございますがね。…まことに尾張の方でございますか」

「はは、尾張の方かも知れませんなあ」

俺がそう言うと、なぜだかホッとした顔つきになった行商おとこは、あちらで話でもどうでござるか、と小声でくたびれたあばら家を指し示した。

「お疑いはご尤もにござる。されど心配ご無用、それがしは前を歩く故、ご不審ならその懐の物でそれがしをひと突きなされ」

……チェックが細かい。それにしても、目は笑っていないのに顔は心底突き抜けた笑い顔って、すごい表情だな。

何者なんだろう。敵というわけでは無いみたいだけども。

突然ぐう、と腹がなった。




 半刻もしたあと、俺は行商おとこと一緒にあばら家で味噌粥をすすっていた。

行商おとこは今川家に仕えているという。

目はかけられているが陪々臣では出世は無理だと嘆き始めて、正直困っている。

「それでこう思うたのでございますよ、尾張のお屋形さまに仕えてみようかと」

転職活動か、今も昔も…いや、今も未来もか、よくある話だ。

「ほほう。されど、尾張になんぞ手蔓はございますので」

「ありませんなあ。まあ何とかなろうかと。上は天文、下は地理、何でも諳んじて居りまする故なあ。六韜三略から飯女の口説き説法まで、何でもござれでございまする」

それが本当なら大軍師ってとこだろう、立身出世思いのままだ。面白そうな奴だなあ、こいつ。


 「はは、大言壮語、というやつでございますな」

「おや、たいげん…そうご、とは」

「大法螺吹きの事でございますよ。されど、大法螺吹きも事を成せば有言実行、と相なりまする」

大言壮語、有言実行、と指文字でなぞってみせた。

「たいげんそうご、ゆうげんじっこう……何やら、禅問答の様な、面白き言葉にございますな」

行商おとこは、肯きながら何度も有言実行、有言実行と繰り返している。

「いや、迷いが吹っ切れ申した。…遅ればせながら、そもじ様は一体どなた様で」

「ただの尾張の行商でございますよ」

……。その、完璧に疑っている目は止めてくれませんかねえ。

「懐に兜切りを忍ばせている行商など、中々居るとも思われませぬがのう」

「そういう事でよいではありませんか」

「ははは、そういう事にしておきましょう。ところで、これから師崎湊に向かわれるのでござったな」

「そうでございますが」

「それがしも参りまする」

「は…な、何故に」

「尾張に手蔓を作る為に決まって居りましょう」





 腹も膨れて一刻ほど。

行商おとこは迷いが吹っ切れた、の言葉通りなのか止まる事なく話を続けている。

最初に答えをはぐらしてからは一切、俺の正体を訊いては来ない。だけど、話の端々にはさりげなく着いていく、という意思表示がある。

俺は肯きながら煙管を吹かしているだけ。立とうとすると、裾を掴んで話さない。

…困った。


 …判りましたよ。

「よう判りました」

「おお、ようやくお判りなされてか」

……奴の目の中に星が輝いた、気がする。


 ただし、条件がある。

「判りましたとも。されど、良いと云うまでそれがしの名は訊かぬ様に。それがしも其方の名は訊かぬ」

「承ってござる。されど、そもじ様を何とお呼びすれば宜しいので」

「それがしの事は旦那さまで良うござる」

「承ってござる」

「そしてこれから先、見た事聞いた事他言せぬ様に」

「深く、承ってござりまする」

うーん。信憑性に欠ける返事だな。何だか騙されている様な気がする。

「守れぬ時は…斬る事になるが」

「深く深く承ってござりまする」

…うーん。ますます信憑性に欠ける返事だな。それに、何で笑っているんだ。


 「それでは参りまするか、旦那さま」




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