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戦国異聞  作者: 椎根津彦
抱卵の章
84/116

未だ来ず、と書いて

 天文二十二年八月吉日。

尾張の新体制が、織田三郎より発表された。

尾張国主はもちろん、織田弾正忠、三郎信長だ。

主だった者を列挙すると、一族衆として、

孫三郎信光(那古野城主)、三郎五郎信広(大高城主)、勘十郎信行(犬山城主)、喜六郎信時(守山城主)、孫十郎信次(深田城主)、同伊賀守(松葉城主)、源三郎広良(末森城主)、又六郎信張(小田井城主)、三十郎信包。

譜代衆として、

佐久間半介(山崎城主)、平手五郎右衛門(志賀城主)、柴田権六郎(下社城主)、林佐渡守(沖村城主)。

譜代並として、……

あと国衆として、………。

あああああ。覚え切れん。確かカンペがあったはず。あとで五郎どのに貰っておこう。

城持衆は譜代並に統合された。俺も岡田どのも譜代並だ。同じ城持衆だった水野党は、阿久比党と共に知多衆と呼ばれている。今までは厳密には織田の家臣では無かったから、地名で分けられているのだそうだ。改めて本領安堵の後に織田家の組下に入った。当然佐治一族や戸田家、荒尾家や師崎水軍も知多衆、という事になる。これで織田家は尾張、西三河を治めている事になる。

とりあえずは今川家も静かになった。やっと落ち着いたな。

これからはどうするんだろうか。







――話は少しさかのぼって――。


 此処は清洲城下、平手の拝領屋敷。

「左兵衛、よく戻った。息災の様じゃな」

「ああ。疲れたよ。負けないとは思っていたが、綱渡りでコソコソやるのは骨が折れる」

「されどもう一息でござろう。大殿も面白そうじゃ、と申して居る」

「言い出しっぺは俺だからなあ。岡崎党はともかく、今川治部と雪斎禅師を騙せるかどうか」

平手監物はカカカと笑う。

「言い出しっぺとはよう云うた、ヌシの訛りはいつ聴いても面白き言葉よの。岡崎には何時発つのじゃ」

「この後大殿の許へ行くのだろう。それが終わったら、その足で岡崎行きだ」

「成程。またしばらく逢えぬな。恙無くのう」

「はいよ」



 信長に会うのも久しぶりだ。顔を見ると、未だに緊張するんだよなあ。

平手の若旦那である五郎どのも一緒だけど、とりあえず口は挟まないみたいだ。直答、というやつね。


 「ご尊顔を拝し奉り、至極恐縮にござりまする。大殿におかれましては益々…」

「口上御苦労。終いでよい」

信長は笑いながら面倒臭そうに手を振った。

「は。有難く存じまする」

「カハハ、云うわ、こ奴が。…よう来た左兵衛。無い無い尽くしでようやって呉れたの。ところで南蛮船は使えるか」

信長はまじまじと俺の顔を覗き込む。……うへ。

「はい、されど、まずは数を揃えませぬと。一パイでは出来る事に限りがありまする」

「そうか。手間がかかりそうよな」

「凡そ一パイ造るのに、安宅の十倍は銭がかかりまする」

「安宅一パイが幾らか知らんが、相当かかるのであろうな」

「はい。船の操り方、風の読み方、帆の操り方、大砲の打ち方…。人を育てるのに時がかかる上に、それを大勢、一挙に育てねばなりませぬ。その上大砲や種子島も揃えねばなりませぬ故…。畏れながら、今の当家の力では難しき事かと推察致しまする」

「云うたな、こ奴がっ」


 口調とは裏腹に機嫌はいいみたいだ。

「は、はい。お蓉のうんぽる号も船方の七割は南蛮、ポルトガル人でござりまする。残り三割は接舷……あ、斬込方でござりますれば、それがしの手の者がやって居りまする。斬込方が大砲打方も兼ねて居りまする」

「成程、よう判った。俺の身代を大きゅうせねばならん、という事であるか。益々欲しゅうなったの」

「はい、それがしもそう思いまする」

この時代に日本で西洋帆船が作られなかったのには訳があるのだ。

まず、外国人から習うのだから、言葉の問題をクリアしなきゃならん。造船設備も作らなきゃならない。造り方も学ばなきゃならん。操船術に航海術、砲術、船員、船大工の養成…。台風も多いし、船の数も、事故に備えて補修材も常備しなきゃいかん。とにかく金と人を喰う。

日本の中で、自治体単位で戦争なんかしてたら、戦闘用の西洋帆船なんて造る暇も金もないのだ。

当時のヨーロッパ、東アジアの航海が国家事業か海賊行為だったのも肯ける。


 信長はホッと息を吐いて横になった。

「はは、話がそれたの。…左兵衛。ヌシの策が成ったなら、今川との戦、どうなるか」

「はい、今川に勝てるかどうかは判りませぬが、易く負ける事もなくなると思いまする。河東の混乱が長きにわたれば、それだけ尾張、三河は平穏になりまする。三河、遠江の兵を伊豆に向かわせねばならぬ、という事も起きるやも知れませぬ」

「そうなって呉れればよいがの、そこまでは上手くいくまいて」

「はい。それがしもそう思いまする」

つかの間の沈黙が奥をつつむ。

奥にいるのは信長、五郎どの、俺の三人だけだ。濃御前も、宿直の近習も今だけは遠ざけられている。


 それまで黙っていた五郎どのが口を開いた。

「左兵衛。ヌシの策が成った後の見通しは立って居るのか」

「大殿に申した通りでござりまするが…」

「違う、その後よ。今川との戦が落ち着いた後の事だ」

…そうだ。俺の策は今川との戦争を対等か、やや有利に進められる、という目的の物なのだ。


 五郎どのが身体ごと信長に向き直った。

「大殿、左兵衛に未来とやらの事を訊いても良うござりまするか」

「控えよ、五郎」

「されど」

「控えよと申して居る」

「は…。」

今度は気まずい沈黙が流れる。苦手だな、こういうのは。

「済まなんだ左兵衛。この通りじゃ」

顔を上げてくれ五郎どの。

「お気に召さるな」

今度は信長が座り直した。

「左兵衛。五郎の問い、どうか。しばし間を置いてもよい。答えよ」

信長は茶の支度をする、といって出て行ってしまった。自分で準備するんだなあ、意外だ。


 

 信長はまだ戻らない。

「ヌシも言いにくい事じゃろうに、つい……。まことに済まんかった」

「いいんだよ。気にするな」

答えるべきか。答えなきゃいかんだろうな。

「五郎どの、見通しは立ってない」

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