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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
82/116

仕置

 刈谷城には、俺、佐治四郎のほか、水野藤四郎、岡田助右衛門、久松佐渡守が集まっている。

今後の事を談合するためだ。今後の事と言っても、知多半島ではもう何もすることがない。

全くないわけでは無いが、蜂屋般若介のもたらす清洲の返事次第だ。


 水野勢の物見、梶川平左衛門からの報告が届く。

「岡崎勢とおぼしき千五百、安祥に退いたげにござりまする。そのほか敵勢の姿はござりませぬ」

よし。不戦はちゃんと機能しているようだ。後は佐治四郎からの報告を、今川義元がどう判断するかで今後が変わってくる。

「ほう。岡崎勢は退き申したか」

岡田助右衛門は顎髭を撫でながらニコニコ顔だ。

が、佐治四郎と水野藤四郎は黙ったままである。


 当然だろう、お互いに長年争ってるんだから。

知多半島における水野藤四郎信元の影響力は決して小さくはない。

阿久比には妹が嫁ぎ、常滑城にも分家の水野監物がいてこれまた妹を嫁がせている。さらに布土城を築いて弟の水野藤次郎を入れている。河和城の戸田守光には娘を嫁がせた。

そもそもこの刈谷城自体が信元の物じゃない。藤四郎自身は水野宗家を継いで緒川城主。ここは弟の十郎左衛門の城なのだ。刈谷の水野信元とはよく言ったもんだ。さすが宗家の跡取りってところか。

当然ながら水野党の動きは織田にとって岡崎党よりも重い。

だから嫌なんだ。気を使わなきゃいけない味方というのは面倒で困る。


 「水野どのと、佐治どのは何やら話づろう間柄とみえる。大和どの、今後の仕置にござりまするが、その為に佐治どのをわざわざ連れて参ったのでござろう。どうなさるおつもりか」

岡田どの、助かります。

「はっきり申さば、佐治どのは織田につく。表向きは今川方でござるが。…宜しいか、水野どの」

…藤四郎君、アゴだけで返事するんじゃない。

「佐治どのも宜しいか」

「先日承った約定が間違い無う果たされるなら、承知つかまつる」

「その約定とは」

藤四郎君、気になるだろう。まあ、仕方ない。説明してやるか。

「本領安堵、あと津島、安濃津との商いの口利きでござる」

それでは水野党はただ働きではござらぬか、って顔をしないでくれ、藤四郎君。

「まあ、これは大殿の沙汰次第でござりますれば、まだ判りませぬ。おっつけ、報せがくるはずでござる」






 

 「お屋形様、常滑の佐治四郎どのより報せが参って居りまする」

息子の蹴鞠をつまらなそうに観ていた今川治部太夫は、つまらなそうにその報告を聞くと、

「臨済寺に参る」とそそくさと駿府館をあとにした。


 「禅師、佐治からの報せは聞かれたか」

「御意にござる」

「味方有利とあるが」

「嘘にござりましょう」

「ほう」

「師崎の水軍が動いて居りませぬ。知多に忍ばせたる我が手の者は、常滑、内海では陣触れをかける暇も無く異形の船にしてやられたと申して居りまする」

「異形の船とな」

「この辺りでは目にした事のない戦船がおったそうにござりまする。それはそうと、三河と尾張の国ざかいはどのような塩梅にござりまするか」

「水野勢と思しき織田方が動いて居る、と岡崎から申して居ったな。ああ、相手は小勢ゆえ後詰は要らぬとも申して居ったわ、代官からの報せは」

禅師は瞑目して何事か考えている。


 「小勢とはいかほどに」

「一千ほど。ときに禅師、一千は小勢とは思われぬのじゃが」

「御意にござる。果たして、後詰は要らぬと言い切るほど岡崎勢には人数が居りましたでしょうや」

「居らぬのう。せいぜい二千がよいとこじゃ」

「何かありまするな。ひと思案してみます故、いつ何時も御出馬出来ます様お願い申し上げまする」







 清洲からの報せは上々だ。

「般若介、監物どのは他に何か申されたか」

「はっ。オトナとしての腹案を持てと申されましてござりまする」

「…それはお主の事であろうが。まあいい、使いご苦労」

「はっ」

般若介はするすると下がっていった。


 さて。

「皆々方、大殿の仕置を申し上げる。まず佐治どの」

「はっ」

「お味方重畳。本領安堵の上、津島との商い差し許すとの事。安濃津とも渡りをつけるそうにござりまする。表向きは今川家組下という事をお忘れ召さるな」

「ははっ。有難き沙汰、忝うござりまする」

「水野どの」

「は」

「此度の役目大儀でござった。桶狭間村二千石を進上致すそうにござる」

「…は。有り難く頂戴致しまする」

…あらら。お隣へようこそ。でも、あまり嬉しくないみたいね。佐治四郎の本領安堵がよほど気に入らないみたいだな。

「岡田どの」

「ははっ」

「新恩加増、笠寺村二千石宛がうものなり」

「御意を得てござりまする。有り難く頂戴致しまする」

おお、これはよかった。これからもよろしくお願いいたします。

「あ、それがしもあるのか。まあこれは読まずともようござるな」

「何と記してあるので」

藤四郎君、なんでここだけ食いついてくるんだよ。

「ああ、大和左兵衛尉、新恩加増、四本木一千石と記してござる。いやはや…有り難く頂戴致しまする」

岡田どのはニコニコ顔だが、藤四郎君は少しホッとした表情だ。…なんだかなあ。


 「続きがござる」

「ほう、何と」

「大高城に信広さまが入られる由。転封二万石とありまする」

藤四郎君、露骨に嫌な顔したな。こういう事はあまり顔に出さない方がいいぞ。

「それと…水野どのには分家筋の水野監物どのがありましたな」

「それがどうかなされたか」

「大殿の姉君をその監物どのの養女となされて、佐治どのに嫁がせてはいただけまいか」

「な…なんと申される」

「申した通りにござる。我が大殿の姉君を水野監物どのの養女となされて…」

「そ…その儀は」

「承服出来ぬ、と申されるのか」


 これはきつい一手だ。一体誰が考えたんだろう。…それにしても、何か睨まれる様な事をしてるのか、藤四郎君。

「す…全て大和どののご献策によるものでござろうか」

「いや…佐治どのの所領と商いの件はそれがしの担任でござるが、あとの事は預かり知らぬ事にござる」

水野家は織田家には属していない。城持衆に組み込まれてはいるが、厳密に言うと信長の父・信秀の代からの織田家の協力者なのだ。

お互いがお互いを利用しつつ、持ちつ持たれつの関係でここまで来ている。婚礼の件は依頼の形を取っているとはいえ、籐四郎君としては嫌とは言えない。

「すぐに、とは申せぬが…承知仕った」

「婚礼の件は二月先の話でござる。今川家に対しても策があるゆえ、ご安堵なされよ」

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