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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
81/116

思案

清洲への使いを任された蜂屋般若介は、迷っていた。

「般若介、頼んだぞ」

と文を渡されたものの、誰に渡すのか聞き忘れたのである。

ー清洲へ、と、云うからには大殿あろうと思うのだが、これは参ったぞー

大殿への文書だと思ったからあえて聞かなかったのだが、清洲の城が近づくにつれ、疑問で足が鈍るばかりであった。

が、ぐずぐずしてはいられない。

「監物どのの所に寄るか」




清洲の町は変わり始めていた。総構えと言われる、町全体を囲む堀が人口の流入に耐えきれなくなったので、町割りを含めた総構えの改修がが始まっているのだ。

ーこの町には戦の気配がないー

そう感じる般若介であった。

平手家の拝領屋敷の勝手口に回ると、

「鳴海が家臣、蜂屋般若介にござる。罷っても宜しきや」

と、宣った。


「おお、蜂屋どの。しばらくぶりでござるな」

般若介の大声に現れたのは、毛利吉兵衛だった。

「吉兵衛どの、しばらくでござった。監物どのは居られまするか」

「ただいま登城の支度中でござりますれば、表にてお待ちくだされ。伝えて参ります故」

「畏まった」

表には質素だが趣溢れる山水が拵えてある。大きな野鯉が一匹、狭そうに游いでいた。


「待たせたの」

声に急いで振り向くと、平手監物が縁側に立っていた。

「監物どのにおかれましては…」

「前向上はよいわい」

「は、では。…主、大和左兵衛からの文を届けに罷り越してござりまする」

「確かに受け取った。しばし読む故、膳でも食うて待たれるがよい」

腹は減っていないが、嫌とは言えない。

「は、馳走ありがたく」




母屋で膳を済ませ、目を閉じていると、毛利吉兵衛がやって来た。

「主がお呼びにござりまする」


「委細承知した。が、般若介、この文はワシでは無うて大殿宛てではないのか」

般若介は面目無さそうにしている。

「は…主は『清洲へ使いせよ』とだけ申されまして。それがしも清洲へと云われ、初めは大殿への使いかと思うたので、どなた様宛か、という事を失念して居り申した。迷い抜いた挙句、此方へ罷り越した次第にござりまする」


平手監物は腕を組んで何事か考えていたが、笑い出した。

「少しオトナとして考えるようになったのう、般若介。間違いではない。よくワシの所へ来た」

般若介には安堵の表情がある。

「ところで、ヌシは文に何としたためてあるか、道中思案したか」

「今後の指図を仰ぐ、としか…」

「確かに指図の事よ。が、それでは左兵衛を支える事おぼつかぬぞ」

「返す言葉がありませぬ」

「ハハハ、そうへこむな。ただの使番なら、余計な詮索は禁物よ。が、ヌシは鳴海のオトナじゃ。己の主がどう策を練って居るか知らねばならぬ。それについてヌシなりの存念があろう、どうじゃ」


般若介は目を閉じた。

「知多の仕置、と思念つかまつる」

「ふむ。それで」

「…申し訳ござりませぬ。何も頭に浮かびませなんだ」

般若介は仰け反った。

「カハハハ。それでよい。確かにこれは誰も思い付かんかった事が記してあるでの。手蔓を作った左兵衛ならではの策じゃ」

「なんと。…文には何と記してあるので」

「ヌシの存念通り、三割は知多の仕置の事よ。二割は尾張の今後。残り半分はまだ内密じゃ。夕刻まで此処で待っとれ」

「はっ」

自分の考えが三割は当たっていた事に胸を撫で下ろしながら、般若介は平伏した。





平手監物が登城すると、すぐさま奥に通された。

奥には濃御前と戯れる三郎信長、表にて控える近習の大津伝十郎のみ。

「左兵衛もようも思案し抜いたもんじゃ。帰蝶も読んでみい」

「わたくしも良いのですか」

「しれっと云うわ。さも興味ありげな顔をしとった癖に」

「まあ。…では読ませていただきます」


濃御前が文を読み始めると、信長は平手監物に向き直った。

「五郎、ヌシはどう思うか」

「は。左兵衛の申す事、尤もかと。知多は水野ではまとまりますまい。面従腹背を貫かねばならぬ在地の国人たちは肝を冷やす事でござりましょう」

「さもあらん。水野藤四郎は竹千代の叔父、久松の内儀は竹千代の母。刈谷、阿久比で頭を押さえられては、此方側であろうと今川寄りであろうと息もつかぬであろうよ」

「どなたを入れ置かれまするか」

「勝手も判っておることだし、左兵衛かと思うたが、いかんか」

「左兵衛では目立ち過ぎまする。鳴海を彼奴に取られたのは今川としても厳しかろう故。それに小勢とは云え、何度も今川の寄手を防いでおりまする、小癪な奴腹と思われて居るに違いありませぬ」

「そうか」

「尾張一統のためとは云え、美濃と事を構え、三河、知多と事を起こしすぎました。此処で一息ついて地固めせねばならぬのでござりましょうが、それでは地力に勝る今川にじりじりと押されてしまいまする」

信長はゴロンと横になってしまった。


「まこと生半可ではいかぬのう」

信長の指には大きな鼻くそがある。

「此方に囚われております丹波守どのを駿府に還されては如何でしょう」

文を読み終えた濃御前が、丹念に丸められた大きな鼻くそを懐紙で包みながら口を開いた。

「丹波守…岡部親綱をか。何故そう思うのじゃ」

「はい。鳴海は返せぬのですから、今川譜代の方だけでもお返しなされば、駿府どのの心証もよくなりましょう」

「それで」

「その上で大高あたりに義兄どのか、舎弟どののどなたかに詰めてもらえば、駿府どのもさして疑念は抱かぬのでは」

「成程のう。五郎、どうか」

「そういう事なれば、知多の者共も安堵いたす事でござりましょう。それがしならば新しき城でもこさえて、どなたかに入って頂こうと思うたのでござりまするが、元々ある大高城に入るのとでは今川への聞こえ

が違いまする。良き策かと」

「流石マムシの娘よな。うかうかしとるとまことに首を掻かれかねんわ…いたたっ」

首ではなく耳をつねあげられた信長であった。


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