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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
80/116

あっちへこっちへ

 藤四郎君…余計な事しやがって。

夕餉の支度を終えた水野藤四郎の陣には、阿久比の久松佐渡が参陣していた。俺の姿を見つけると、

「大和どのとお見受けする。お初にお目にかかる、久松佐渡にござる。以後お見知りおきを」

とうやうやしく頭を下げてきた。

「これはこれは。大和左兵衛にござりまする、此方こそ今後ともよしなに」

どういう人なのだろうか。家康の生母・於大の再婚相手という事は知っているが、あとは何も知らない。

「大和どのに何も言わず、俊勝…佐渡どのを呼び寄せたのは相済まぬことでござった」

俺と久松佐渡が挨拶を交わしているのをを見つけた水野藤四郎が、謝りながら話に割り込んできた。

「佐渡どのはわが義弟でござる。一族も同然の間柄ゆえ、此度の知多攻めに声をかけ申した」

信元はそう言うと、ここからは内密じゃ、と言って久松佐渡を陣幕の外に追い出した。


 確かに内密かもねえ。なんでこんな事したのか一応問いただそう。

「水野どの」

「なんでござろうか」

「何故、久松党を動かしたのでござるか」

「…海からの大和どの、そして我等の久松党を陸側から。二つの軍勢で大野城を挟み込めば、戦は容易であろうと思うたまで」

「成程。されど、何故その事を初めの談合のときに言わぬのか」

「沓掛の恩返しにござる。此度の戦は、我等水野党は岡崎の牽制が役目でござる。大和どのが危うい、となってもご助勢すらおぼつかぬ。されば、と思い義弟に声をかけたのでござる。ところで大野城は」

…何。そんな義理堅い所がコイツにあったなんて。

「大野城、一色城、岡部城、すべて落として、師崎の陣代とも七分三分で和睦が済んで居りまする」

「なんと、一晩で三つの城を。いやはや、確かに我等は牽制のみでよいはずじゃ、これは」

水野信元は呆れた様に笑いだした。

まあ、心配だったんだろう。うんぽる号の威力なんて誰も解るわけないし、夜襲とはいえ鳴海勢のみで大野城攻めとか狂気の沙汰だもんな。でも、義理堅いのは有難いとしても独断の結果がどうなったかだけは明らかにしないと。


 「水野どの、お身内の馳走は有難き事ながら、その結果、岡崎勢が安祥をまた奪われると思うて動き出して居る。どうなさるおつもりか」

笑いが止まり、瞬時に曇る。

「…大和どの。それを云われると返す言葉も無い、申し訳ござらん」


 水野党が岡崎の牽制用に出した兵力は五百。呼応した阿久比久松党は四百。星崎勢が百五十。併せて一千超えの軍勢が国ざかいに居れば、相手の岡崎党としては当たり前だが兵を出さざるを得ない。

だが、織田方は先日安祥城を奪った水野党、そして、それを加勢するのは松平竹千代を生んだ於大の再婚先。水野党はともかく、阿久比党はどうも岡崎党がキリキリいきり立ってしまいそうな相手なのだ。

岡崎と織田は不戦、というのは、織田方も岡崎党もごく一部しか知らない極秘の案件だ。俺も知らない体で居なければならないから、鳴海勢単体ならともかく、水野勢に戦うなとも居えない。


 だが、素直に頭を下げられるとこれ以上叱れないじゃないか。藤四郎信元君。

ずいぶんキミのイメージが変わったぞ。

「水野どの、刈谷に退いてくださらんか。殿軍は星崎勢に任せるゆえ」

「…何もせずに退くのでござるか。安祥を窺う勢いぐらいは見せておいた方が」

「訳はあとで話す故、何卒」

「…畏まってござる」

「それがしはもう一度大野城に戻りまする。刈谷に着いたならば使いを下され。知多の仕置きが済んだならばそれがしも刈谷に向かいまする」






 大野城には蜂屋般若介と荒尾小次郎、そして囲みを解かれた佐治四郎為景がいる。

「蜂屋どの、そなたの主人はどういうお方じゃ」

「何故でござろう」

「蜂屋といえば、織田の旗本と聞き知って居る。身形からしてそなたは蜂屋の棟梁か跡継ぎであろう。そのような者が大和どのの様な新参の下知を受けて居る。初めは与力か軍目付か何かと思うたが、そうでは無いようじゃ。という事はそなたは大和どのの身内、という事になる」

「そうでござる」

「であろう。それで気になったのよ。織田の旗本が仕える大和左兵衛とはどういうお方か、と」

自分が監察されていた、という事に軽い驚きを覚えながら、般若介は腕を組んで首を傾げた。

「そうでござるなあ…。追いついて、追い抜かなければならぬ方、でござりまするなあ」

「ほう」

「それがしはいずれ大殿三郎さまの下に戻るつもりでござる。戻るからといって、今の奉公を足蹴にするつもりは毛頭ござらんがの」

「ほほう」

「我が主は…調略の手管はある、戦もこなす。鑓働きはちと苦手なようじゃが、まあ出来物といってよい。今までよう埋もれとったもんじゃと思いまする。翻ってそれがしは…今のところ鑓働き、一番鑓が精々でござろうな。それでは三郎さまの物の役に立てぬと思うて、我が主の下で奉公して居りまする」

「見上げたものよな」

「自らを鍛えるのに、と選んだお方でござる。鳴海に来て良かった、と思う事ばかりじゃ。同輩の佐々内蔵助も同じ思いでござろうよ。それに、追い抜けなければ今のままでもよい。ははは、大和どのは…死なせたくないお方でござりまする」

佐治為景の問いの裏にある物を感じ取ったのか、般若介は居住まいを正し、佐治為景に深々と頭をさげた。

「やめろ、こそばゆいぞ」

戸をひく音と共に大和左兵衛が現れた。



 般若介のやつ。かわいい奴じゃないか。聞かれて照れるような事を他人に漏らすんじゃない。

「般若介、清洲に使いせよ、今から文をしたためるゆえ」

「はっ。次の間にて控えて居りまする」

「荒尾どの」

般若介と入れ違いに、呼ばれた荒尾小次郎が入って来た。

「はっ」

「この城をお任せしたい、出来ようか。そなたはそもそも佐治の一族のはず」

「か、畏まってござる」

荒尾小次郎はカチンコチンになってしまった。城代だもんな、仕方ないか。

「それと一色、岡部に使いを出し、この旨を内蔵助たちに伝えてもらいたい。…そんなに畏まらんでも一日二日で戻ってくるゆえ」

「ははっ」

「さて佐治どの」

「何でござろう」

「それがしと共に参りましょう。知多の仕置の談合にござる。報せが刈谷来たら出立じゃ」



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