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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
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談合

 岡部城、一色城とも、あっけなく落ちた。

植村八郎、菅谷九右衛門が触れ回ると同じくしてうんぽる号が砲撃を開始。頃合を見て城に取り付く算段だった。が、砲撃が始まると城方は降参してきた。

まあ無理も無い。この時代に艦砲射撃で城攻めなんてチート中のチートだし、しかも城とは言っても海から見れば田舎の小高い丘に家が建っているのとあまり変わりが無い。人数が詰めていればひどく手ごわいけど、人が居なければやりたい放題だ。

岡部城がうんぽる号から砲撃されているのを見て取った一色城も、すぐに降参してきた。

直接白兵を受ける備えはしていても、砲撃されるなんて自分達の知識の外の出来事だろうし、一方的に撃たれて手も足も出ないのだ、怖くなったに違いない。


 「…なにやら、我等が知って居る城攻めとはひどく勝手が違いまするな」

菅谷九右衛門や佐々内蔵助がしみじみしている。

そりゃそうだ、大砲で勝負が着くなら彼らは手柄の上げようがない。

「そんなことないぞ。大砲が届く所に城があっただけだ。弾が届かなければ意味が無い」

俺は彼等を慰める様に言ったのだけど、よほど衝撃が大きかったらしい。

「されど、あの音は鉄砲の比ではござりませぬ。肝がやぶれて死ぬ者もおりましょう」

まあ…そういう人間もいたかもな。味方に驚いてショック死した者がいない事を祈るだけだ。

大野城の状況報告も上がっている。佐治為景は荒木小次郎に降り、蜂屋般若介の方も搦手と本曲輪で多少梃子摺ったのみで負傷者はいても死傷者は殆んどいないらしい。

「こんな楽な城攻めは聞いた事も見た事もありませぬぞ、まったく」

…そんな恐ろしいものを見るような目でこっちを見るな。







 「兄者は苦戦か」

織田勘十郎信行は、傍らに控える平手監物久秀にそう言って首だけを向けている。使番が報せてきた情報は、彼には一大事の様に思えた。問われた平手監物はあっさりしている。

「苦戦ではなかろうかと。夜討ちからそのまま尾張になだれ込まれるのを案じて居られるのでござりましょう」

「では、岩倉を出て、笠松に出張るか」

「いえ、まずは犬山に早馬を。丹羽どの、森の二人に木曽川を渡らせまする。たしか二千は犬山から出せる筈にごさりまする」

平手監物の態度とその言葉に勘十郎信行は僅かながら憤りを感じていた。

「兄上を救わぬのか」

「後から見ればそれが大殿を救う事になりまする。生駒蔵人どのには津島に行ってもらい、我等は一宮にて陣を張り、大殿を待ちましょう」 

「ではこの城は」

「知れた事。山内どのと、堀尾どのに一旦お預け致しまする。降った者も信じ重用すれば、益々大殿の下には人物が集まる事でござりましょう」


 織田勘十郎はなるほどと手を叩き、そなたは出来物じゃと上機嫌で居間を出て行った。

平手監物は不安だった。美濃勢は果たして、犬山回りの中入りで引く相手か。笠松に駆けつけたいのは彼とて同じなのである。

「誰か。吉兵衛は居らぬか」

誰か、と呼ばれて橋本十蔵が廊下から返事をする。

「吉兵衛を呼んで来い。大和左兵衛に使いせよと申すのだ」







 荒木小次郎が佐治為景をともなってやって来た。二人だけのようだ。

「お初にお目にかかりまする。佐治四郎にござりまする」

「大和左兵衛にござる」

佐治為景はそれっきり口を開かない。そりゃそうだ、いきなり攻められて甥に降伏を勧められ、どこの馬の骨とも知れぬ俺の前に引き据えられているのだから、頭にも来るだろう。

水野信元や荒木小次郎に訊いたところによると、彼は今川家に与していても表立って織田家に反抗している訳ではないようだった。小領主の政治的駆け引きの結果として今川方、というだけなのである。


 「佐治どの、それがしは織田の東の旗頭にござりまする。はっきり言おう、織田に付きませぬか」

「…織田に。うつけ殿がとても駿府殿に勝てるとは思えぬが」

「まもなく大殿は尾張一統を成し遂げる。それでも勝てぬと」

「駿府殿は駿河、遠江を治め、そして三河も組下に入れた。駿遠三の太守じゃ。動かす軍勢は三万を下るまい。その上甲斐の武田はご同心、北条とも盟を結ぶとなれば後顧の憂いはない。一気に尾張は呑まれよう。西にしか進めぬのじゃからな」

さすが今川に付いただけあって正確な情勢判断だ。今川家の与党の大抵の者がそう思うだろう。

「さもありましょう。では切り口を変えましょう。佐治どの、貴方は今の境遇に満ち足りておられるのか」

佐治為景は俺から一瞬目を逸らし、少し間を空けて俺の問いに答えた。

「…本領安堵なら文句をつける筋合いはござらぬ」

「なるほど、安堵なら文句は出ませぬな。されど水軍をいいように使われ、津料や帆別銭はあらかた巻き上げられ佐治どのの元へは殆んど入らぬ。それでも満ち足りていると申されるのか」

そこは苦々しく思っているらしい。佐治為景は返答に困っている。


 また切り口を変えるか。

「佐治どの。仮に、今川家が尾張を攻めるとすれば、どこを通ると思われる」

「三河の池鯉鮒を抜け東海道、北上して鎌倉往還…桶狭間辺りで分かれて進む事になろうの」

荒木小次郎が俺と佐治為景のやり取りを食い入る様に見つめている。正直、邪魔だ。

俺の視線に気付いたのか、左兵衛どののオトナ衆の方々と鎮撫に参りまする、と溜まりを出て行った。

俺と佐治為景はお互い苦笑した。

「またまた仮にでござるが…そうなると佐治どの、今川方は国ざかいの抑えを残して駿遠三は空っぽになりまするな。そこで岡崎城、安祥城が謀反、更には織田方、刈谷水野党、阿久比久松党、渥美田原党が後背、糧道を断つ。一向門徒も立ちあがるかも知れませぬな。そこに佐治水軍が此方に付いたとすれば如何相成る。無論この場合、岡崎、安祥の城方は此方のお味方でござるが」


 またまた佐治為景は黙ってしまった。頭の中はいろんな情景がぐるぐる回っているんだろう。

「三河が騒いだくらいで転ぶ駿府殿とも思えぬが」

「駿府殿は転ばぬでしょう。されど譜代衆や岡崎衆はどうか。特に岡崎衆は幼い主君を取り戻す好機でござる」

「なるほど。じゃが岡崎衆が下手に騒げば、その幼い主君は殺されはせぬか」

「殺されませぬ」

幼主竹千代は殺されない。そんな事をすれば三河は大乱になるだろう。今川勢として従軍する岡崎党も彼等に付き合う義理は無くなるし、その場から織田方に降るか暴れ出すだろう。あくまでも竹千代は岡崎譜代を従わせる為のネタなのだ。

俺が思うに、実際の歴史でも岡崎衆はもっと騒いでもよかったと思うんだが、先主が死んでその幼君を人質に、というのはやっぱりひどい話だ。岡崎衆も幼主に希望を託すあまり思考停止に陥ってしまったのだろうと思う。


 「…竹千代どのは岡崎衆を従わせる為の餌なのでござる。岡崎衆は幼主に望みを賭けている。そこを突かれたのでござるよ。…混乱に乗じて、佐治どの、佐治水軍が竹千代どのを救い出したなら」

佐治為景はごくりと唾を飲んだ。

「当然、岡崎衆からは感謝される事でありましょう。織田方からも。それはそうでござる、幼主を取り戻した岡崎衆の恨みの矛先は、織田より彼等をこき使って来た今川方に向くのは必定でござろうからな」

よくもこんな都合のいい事を、と自分でも思うが、佐治為景とその水軍の処遇を簡単に決められない以上、ウソついてでも織田方にせねばならない。

「いたたたた、腹が」

俺は羽柴藤吉郎、のちの秀吉の真似をして居間を出た。秀吉が清洲会議で中座したあと…というやつだ。

そろそろ清洲に指示を仰がねば。






 空はすっかり明るい、急がねば。

九鬼籐三郎は梵天丸から小早に乗り換え、師崎湊に向かっていた。幸い、佐治水軍は物見を出していないようだった。

「若、まことに行かれるのか。正気の沙汰ではないわい」

藤三郎のオトナである豊田五郎右衛門のくしゃくしゃな顔が、さらに皺を寄せている。

「陣代の千賀与八郎とは幼馴染ゆえ間違いはござらぬ、とそちは申したではないか」

「確かにそう申し上げましたが…いやはや」

豊田五郎右衛門は子供の頃、千賀与八郎をいじめていたのである。幼馴染とは言ったものの、会って臍でも曲げられたら、九鬼主従の命は無くなるかもしれない。

「死ぬか、九鬼水軍が大きゅうなるか。大きゅうなる方に賭けたいもんじゃ」


 二人が師崎港の桟橋に降り立つと、目ざとく一人の物頭が駆け寄って来た。当然ながら得手には得物、大身の鑓を携えている。

「誰か」

物頭は鑓を構える事は無いものの、二人を通すつもりは無いらしい。

「誰でも良い。陣代どのに話がある…と、そちは弥次郎ではないか」

弥次郎と呼ばれた物頭は狐につままれた顔をしている。間もなく、その顔は疑念から確信に変わった。

「あっ、もしや九鬼の藤三郎さまでは」

「覚えておったか。いや、その節は済まなんだ」

藤三郎がペコリと頭を下げると、弥次郎と言われた物頭は飛びずさって土下座した。

「とんでもありませぬ。九鬼の若とは知らぬ事だったとは云え、まことに申し訳ござりませぬ」

豊田五郎右衛門が何事か分からぬ、という素振りをしていると、

「ああ五郎右衛門、弥次郎は俺の馴染だ。童の頃、志摩の湊で鯵の一夜干を盗んだ事があってな、それをこの弥次郎に見つかりこっぴどく叱られたのだ。まさか師崎に居ったとは」

と藤三郎は笑いながら弥次郎の肩を叩いていた。今も立派に童でござろう、という言葉が喉まで出かかった五郎右衛門だったが、

「若の馴染でござったか。幸先良うござる。そなたも知っての通り、これなるは九鬼籐三郎さまじゃ。良い話を持ってきたゆえ、是非とも談合したい、と陣代どのに取り次いではもらえまいか」

と弥次郎に深々と頭を下げた。

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