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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
73/116

知多攻め

 そろそろ刻限になる。

この船で戦をするのはこれが初めて。わたくしに上手くこなせましょうか。

「お蓉、万事整った」

大和さまはすんなりと新九郎どのと夫婦となる事をお許しくだされた。夫の為にも気張らねば。

「新どの、始めましょう」

「またそのような呼び方を…打ち方、放て」







 信長は腕を組み、右足を小刻みに揺らしている。

「誰も居らぬのなら殿は俺自らがやる」

柴田権六が唖然とした。

「何をたわけた事を。大殿、気でも触れられたか」

「誰も殿を買って出ぬ、というのでは致し方あるまい」

殿はつらい役目である。相手が小勢ならいざ知らず、大軍同士ではうまくしないと十中八九死ぬ。

しかも相手の軍勢の規模も判らないのである。

「まだ夜討ちが来ると限った訳でもない。ヌシ等は早う退転せよ」

自分の主君にこう言われては、そそくさと逃げ出すわけにもいかない。福冨平左衛門、河尻与兵衛の両名が殿として後衛に当たる事となった。

「仙千代、岩倉に使いを出せ」

万身仙千代は食べようとしていた握り飯を名残惜しそうに懐にしまうと、幕内から出て行った。







 柳津城からの使者が到着した。

「織田勢は引く気配だと」

斎藤新九郎義龍は思わず大声になっていた。…なかなか上手くは行かぬわい。

「既に我が方の先手は、長井忠左衛門どのと合流する頃かと思われまするが…」

どうなさりまするか、とは日根野備中は言わない。

「兄上、今から大垣を出ても間に合わぬかと」

「それがしもそう思いまする」

喜平次、孫四郎…弟のくせに差し出がましい、いや弟だからこそ我を思うてくれるのか、思い直さねば。

「そうよの、我等は信長を討つには間に合わぬかも知れぬ。が、今の美濃を握っているのが誰かという事を、あのうつけにはきちんと分からせてやらねばならぬ。…おい使番。柳津に急ぎ戻り忠左衛門に、我等を待つ事は無い、織田を突き崩せと申せ」


 使番が出て行くと義龍は、弟二人と日根野備中に改めて向き直った。

「備中、先手は誰であったかの」

「はい、不破太郎左衛門、竹中善左衛門にござりまする。長井どのと合わせれば、およそ三千ほどかと」

「そうであった、両左衛門か。中備は誰であったか」

「兄上、それがしと孫四郎ではござらんか、しっかりしてくだされ。あと氏家貫心斎も居りまする」

義龍にはあえて忘れたふりをする、という癖があった。頼りなげにみえるか、援けてやらねばと思わせるか、きわどい両天秤であったが、今のところ後者として成功しているようであった。

「済まん喜平次。俺はいつもそなたに援けてもろうておるのう」

「よいのでござる。兄弟は仲むつまじゅうせねばなりませぬ。弟が兄を支えるのは当たり前じゃ」

喜平次の言葉に孫四郎も深く肯く。

「そして若の率いるこの後備。全て合わせると一万にござりまする」

日根野備中の言葉に義龍は大きく息を吸い込む。

「良き家臣、よい弟を持って、我は果報者じゃ」







頭の上をヒュン、ヒュンを風切り音が過ぎていく。海上を見ると、発砲炎と共に轟音が聞こえてくる。

既に空は白みかけていた。日の出と共に砲撃は止む事になっている。

うん。こんな楽な城攻めは無いな。これぞチートってもんだろう。

大野城からは爆炎こそ上がってないものの、ちらほら火が見えるし、女の悲鳴や騒ぎ声まで聞こえてくる…らしい。

内蔵助にはハッキリ見えるらしいのだが、俺には見えないのだ。視力いくつあるんだよ…。

「あ、大手が開きましたぞ」

内蔵助が言う。

「九右衛門、西の口の般若介に繋ぎを。大野城を衝き崩せと。内蔵助、我等は南に下る」


 菅谷九右衛門が急いで走り出て行くと、内蔵助が口を開く。

「般若介と共に攻めませぬので」

「ヤツが城に取り付く頃に砲撃が止む筈だ。敵が静まらぬ内に街道を塞いでしまわないとな」

大手門が開いたという事は、岡部城への使者が出たという事だろう。若しくは女子供を逃がしたか、逃げ始めているかのどちらかだ。既に搦手から救援を求める使者は出たかもしれないが、報を受けた岡部城としては救援に赴こうにも、まずは陣触れ、それから城詰めの者が物見に出るだろう。

しかし砲撃音を聞かれているかもしれない。この時代の夜中朝方は恐ろしくなる程静かだ。となると物見は既に出ていると考えた方がいいのかも。とすれば城自体は目を覚ましているかもしれない。

早いとこ街道を封鎖して、出てくる物見を絡め獲ってしまわねばならない。


 大野城の搦手の方から喚声が聞こえてきた。蜂屋般若介の百五十が城に取り付いたのだ。砲撃はまだ止んでいないが、待ちきれなかったのか…まあ大丈夫だろう。

「楽しそうでござるなあ」

内蔵助がつぶやく。楽しそうとかまったく…いつも思うけど、怖いとか恐ろしいとか、こいつらは感覚が麻痺しているのか。無い知恵しぼって作戦を考えているってのに…。

「…これからもっと楽しくなるから、行くぞ」





 蜂屋般若介が、手に持った小笹の枝を大きく頭上に振りかぶった。

「般若介どの、まだ打ち方が止んでおりませぬぞ」

スッと側に寄った乾作兵衛が耳打ちする。

「今が潮じゃ。止んでからでは遅いわい…かかれっ」

足軽たちが大勢で丸太を抱え、搦手に突っ込んで行く。その後方からは援護の矢が城の中をめがけて放たれ始めた。

「蜂屋どの、我等は大手に回りまする。せめて伯父御はこの手で何とか」

砲撃の為の目印になる篝火を点ける、という仕事を終えていた荒木小次郎だ。

「相分かった。くれぐれもお逃がしめさるなよ」

足軽達が何度も丸太で絡手門を突き、門が開いた。と同時に丸太を抱えていた足軽たちが撃ち倒される。城方は鉄砲で待ち構えていたようだ。

「鉄砲前へ、防ぎ矢致せ」

般若介が号令するが、誰も前へ出ようとしない。

「ええいっ、やくたいなしめ」

岩室三郎兵衛が突っ込んでいく。それを気に城内に鳴海勢が雪崩れこんで、搦手曲輪は乱戦になった。






 「姉上、天道様が上りまするぞ。次は岡部城、一色城じゃ。大和さまはああ申されたが、姉上はこのまま砲撃に専念してくだされ」

九鬼籐三郎の言葉に、鳴海のお蓉は首を傾げた。

「何故じゃ。うんぽる号も船戦に加わらねば、佐治水軍に勝てませんよ」

「船戦はしませぬ。今なら物見の小早くらいしか出てこぬ。まだ間に合うゆえ、それがしは師崎に向かいまする。師崎、幡豆崎城の陣代、千賀与八郎どのは元は志摩の人じゃ」

「話せば分かる、とでも言うのですか。志摩を追われたお人ですよ」

「志摩の者だからでござる。同じ戦のやり方であろうし、見知った者も多く居る。皆も戦はやりづらかろう。師崎湊に乗り着け、船の索を切って流し幡豆崎城にて強談じゃ。そのころには姉上も追いついていましょう。着いたら、構わず城に大砲を打ち込んでくだされ」

なかなかどうして九鬼の船大将というべきであった。若いながらも肝の据わりようは生半可ではない。お蓉は嬉しくなった。

「わかりました。死んではなりませんよ」

「はは、まだ死なぬ。では梵天丸に戻りまする」

うんぽる号の外舷に縄梯子をするする下ろすと、籐三郎は小早で彼の船、梵天丸に戻っていった。





「寝込みを襲うとは卑怯なり。水野勢か」

「水野党ではないわ。鳴海勢じゃ。それに夜討ち朝駆けは兵家の常ぞ。それがしは岩室三郎兵衛、参る」

「卑怯者なりに良くぞ名乗った。我は佐治与兵衛、かかってきやれ」

搦手曲輪は鳴海勢が制圧しつつある。が、彼等は本曲輪に取りつけずにいた。佐治与兵衛とその手勢がなかなか手強いのである。小者が長柄で防ぎ、その間から鉄砲と弓矢を撃ち掛けてくる。戦巧者であった。



 「まだ大手には敵の影が見えませぬ。殿、早う」

馬廻りにせかされ、佐治為景は急いだ。…なるほど、敵はまだ大手には回っておらぬ。

為景は単身、岡部城に向けて走りだすが、その佐治為景に追いすがる集団がある。

「伯父御、待たれよ。致し方なきとは云え、待たぬと矢をくべ申す」

伯父御、と言われ為景はつい馬を止めてしまった。追いすがって来たのは、荒木小次郎であった。

「…おお、小次郎、首をかきに来たか」

「そうではありませぬ。悪いようには致しませぬ。降ってくださらぬか」

そう言いつつ荒木小次郎は、佐治為景の周囲を手勢に囲ませ始めた。

「嫌じゃ、と申したら。…このまま囲んで討ってもよいのだぞ」

「囲んだのは鳴海勢に姿を晒さぬためじゃ。お頼み申す。水野党はともかく、鳴海勢の大和どのは屹度悪いようには致さぬ、命を賭けてそうはさせぬ」

言いながら荒木小次郎は下馬して土下座した。背中が小刻みに震えている。

ふう、と小さく息を吐くと佐治為景も下馬し、小次郎の手を取った。

「よかろう、大人しく降るわい。…ええい、泣くのをやめんか」

肩を震わせながら小次郎はごしごし顔をこすっている。







 「流石にこれ以上は物見も来ますまい。ここでぐずぐずしておれば、物見の還って来ぬのを不審に思われますぞ」

内蔵助はそういいながら、組んだ柵をばらさせ始めていた。

「そうだな、岡部城に向かう。此処には五十を伏せさせろ」

「ははっ」

多分大野城は落ちた頃だろうか。

捕らえた物見の兵は、岡部城に陣触れはかかっていないと言っていた。

陣触れが無いなら、状況は益々簡単だ。岡部城に砲撃が始まったなら、出てくる城方を待ち伏せて捕らえる。岡部城は、城と言っても館に近いと聞いている。

籠もれる人数も少ないし、岡部攻め自体はすぐ終わるだろう。

問題は一色城だ。岡部城のすぐ近くにあるから、砲撃も、岡部攻めも丸見えだ。

此方に何をされるか判るのだから、備えをする時間もある。後詰をしてくる事は無いとは思うけど、多少厄介かもしれない。





 植村八郎と菅谷九右衛門は歳も近い。自然、互いの事を話し易い。

「八郎どの、これからどうなるのであろう」

「うーん、どうなるかのう。左兵衛さまの成される事は奇天烈な事ばかりゆえ…まあ下知に従うて居れば間違いは無かろうが」

「己の主人を言うに事かいて、奇天烈とは…大和さまを畏れ敬うてはおらぬのか」

大和左兵衛を自分の目標として崇めている菅谷九右衛門にとって、植村八郎の言葉は憤慨に足る物であったらしい。自然と口調がきつくなった。

「はは、畏れ敬うているとも。何をそんなに怒っとるんじゃ」

わざわざ信長に願い出て、鳴海に来、直臣から陪者、つまり大和左兵衛の家臣になった事は当然植村八郎とて知っている。九右衛門が怒る理由も想像がついていた。

「まあ…敬うて居らん様に見えるかも知れんなあ」

と植村八郎は話し始めた。


 平井信正、乾作兵衛、服部小平太。植村八郎を含め彼等は大和左兵衛の最初の家臣達であり、大和家の興りから左兵衛を支えてきた。

が、譜代ではない。いきなり知らぬ四人が集まって召抱えられた。そんな経緯で左兵衛を敬え、というのも無理な話であろう。

当の左兵衛もあまり気にしていないらしい。彼に遠慮して家臣達が物言わぬ事の方が怒られるし、それどころか家臣の彼等に未だに遠慮する事があるのだという。

左兵衛さまは旗がしらだが、友どちに近いかもしれん、ともいう。

「…で、郎党は家の宝、と言うて下された。あれは嬉しかった。仕えて間もない、海山とも知れぬ我等にだ。上に立つお人とはこういう人か、と思うた。後の事になるが長谷川橋介の仇も自ら討たれた。…いや、あれは橋介が身代わりになっただけか、はは」

「そのような事が」

「あった。橋介が討たれた事は、我等より左兵衛さまの方が口惜しかったろう。…ともかく、我等は左兵衛さまの臣、大和家のオトナじゃ。その他の誰にも従わぬ」

「なるほど、済まなんだ」

九右衛門が頭を下げると、遠くから砲声が聞こえ始めた。

「よいわい。ほれ行くぞ、左兵衛さまに言われた通り、大野城が落ちたと触れ回るのじゃ」




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