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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
69/116

夜明けと共に

 まだ夜も明けきらぬ早暁、鳴海に集まっていた織田勢のうち、水野党が刈谷へ向けて進発した。

明日の夜中には岡田直教の星崎勢も刈谷に向かう。鳴海勢が動くのは明後日になる。


 「水野党は刈谷に戻る」

「承り…なにゆえでござりまするか」

「ああ。知多を攻める。佐治為景の大野城を獲るんだ」

俺の言葉に、皆の”何考えてるんだコイツは ”という視線が返答となって返ってきた。

無理もない。

俺は家中には何も言ってないし、その家中の面々は皆、岩倉攻めか美濃攻めの援軍としか考えてなかったのだから。


 服部小平太が空を仰ぐ。

「解せませぬ。知多、しかも佐治為景は今川方…我等はたった六百五十でござるぞ。たったの」

乾作兵衛も苦笑していた。

「ハハハ。これは笑うしかござらんな」

まあ、笑うしかないだろう。しかも水野党が刈谷に戻り、星崎勢も刈谷に向かうという事は、四百で大野城を攻めるのだ。

佐治為景は知多の半分を勢力下におく国人領主だ。元は一色家の家臣だった。兵の頭数だけなら此方が不利だ。

勝算はあるが、俺も怖い。岡田どのや水野信元も、俺が負けた事が無いからこの計画に乗っかっているだけだ。

全てはお蓉の力と、西洋帆船の力にかかっている。皆にも策を教えてやるとするか。




 



 内蔵助と般若介に説明を終えたお蓉が戻って来た。

「二人とも怒っていましたよ」

「やはりなあ。変な事させて済まなかったよ」

お蓉はカラカラと笑った。

「いえいえ。あ、九郎さん、例の話はしたのですか」

お蓉の言葉に九郎の背筋がピンと伸びる。顔がどんどん赤くなってきやがったぞ、こいつ。


 俯き加減な顔を上げ、新九郎が口を開く。

「…殿」

「なんだ」

俺の素っ気無い返事にお蓉は下を向いて笑いを堪えているし、当の鳴海新九郎は顔を真っ赤にして泣きそうな顔になっている。まあ…よくある事だとは思うけれど…。

「お蓉どのと、一緒になりとうござりまする。お、お許しを頂きたく」

言い切った新九郎はプハーっと大きく息を吐いた。

「…構わんよ。差し許す」

俺もせきと夫婦になったし、新九郎に”このロリコンが!! だめ! ”とは言えん。この時代は年の差婚が流行りなのだ、きっと。

九州で何があったかは知らないが、二人がそう思うに足る出来事があったのだろう。しかし、あのお蓉の態度を見ると、新九郎が尻に敷かれるのは間違いないな。

「お許し有難く存じまする。さらなる忠勤を持って奉公に励みまする」

新九郎は胸のつかえが取れた、と言った顔だ。…わかるぞ、その気持ち。


 ホッとしている新九郎を尻目に、おれはお蓉さんに向き直った。

「ところで、お蓉さん。乗ってきた船は何て言う名前なんだい」

「はい、うんぽるとどすとどすぽるうん号と申します」

「うんぽる…とどす…」

……呪文か何かか。ポルトガル語なんだろうけども。

「うん・ぽる・とどす、とどす・ぽる・うん号でございます」

「…はあ」

「何でも、”皆は一人の為、一人は皆の為 ”という南蛮の言葉だそうにございますよ。いい言葉じゃありませんか、左兵衛さま」

いい言葉だけど、長ったらしいなあ…。和名にしても船名としてはしっくり来ない。語呂が悪い。

よし、縮めよう。

「お蓉さん。縮めて、うんぽる号にしよう」

「うんぽる号…にございますか」

お蓉さんは泣き出しそうな、笑いそうな不思議な顔をしていた。

「そう、うんぽる号だ。なんかふわふわしてていい塩梅だろう」

「なんだか…こう…。左様にございますか」

お蓉さんも新九郎も、もやもやした顔をしている。


 お蓉さんは船名のことは諦めたのか、思いを断ち切るように笑う。

「ああ、仰せの通り、此方に戻る折に九鬼に立ち寄り合力願うて参りました。明日には鳴海に着くかと思われまする」

「よかったあ。今度の戦は九鬼衆が頼りなんだ」

そうなのだ。陸路ではなく海から攻める。もちろん陸路からも攻めるけど、そっちは助攻、海からが主攻だ。お蓉さんの南蛮船が艦砲射撃、やられて慌てふためいてパニックな所を攻め、城を獲る。


 この時代の日本、艦砲射撃された経験なんてまず無いだろう。鉄砲が普及し出したとはいえ、後のように大量ではないし、まだ大鉄砲があるか無いかの頃なのだ。確実に大砲などこの東海地方には無い。

「新九郎、うんぽる号は、大砲は幾つ積んでるんだ」

「片舷六門、都合十二門にござりまする」

「上々だねえ」

充分だ。後の大坂城、大坂の陣だって、打ち込まれる大砲のために豊臣方は士気を打ち砕かれている。もちろん大砲打ち込まれただけで降参した訳では無かっただろうが、一因であったことは確かだ。

まして俺が攻めるのは大坂城じゃあない。知多の小城が幾つかだ。






 河口には、九鬼の小早船が屯している。洋上の関船に織田勢を輸送するためだ。

幸いにも海は荒れていない。

まあ四百人を輸送するのだから大事だ。もうすぐ日も暮れる。海路なら知多はすぐそこ、手筈は整っているとはいえ、九鬼衆も大変な作業だろう。

「よう、九鬼の若大将どの」

「これは大和どの。此度は我等九鬼衆にもお声をかけて下さり、有難く存じまする」

俺が声をかけると、九鬼の若大将、籐三郎は、指図していた手を止めて深々と頭を下げた。

「いやいや。九鬼衆がお味方してくれるから戦えるのでござる。此度は特にそうだ。ところで籐三郎どの、年は幾つになられた」

「十二でござりまする」

十二…岡崎の中嶋清延もそれくらいだったな。何だかおっさんになった気分がするぞ。

「お蓉どのからは、籐三郎どのが九鬼のご嫡男と聞いているが」


 俺の言葉に、籐三郎は微妙な顔をした。

「いえ、それがしではありませぬ」

籐三郎は九鬼家の内情を教えてくれた。俺なんかに喋って大丈夫か、と止めたが、いずれ姉上からも話があるでしょう、と肩をすくめた。

九鬼の当代は、籐三郎の兄、浄隆だ。陸の戦は上手らしい。ちょっと短気だけど、いい人だという。

お蓉さんは二人の姉、ということになる。姉の目からすると、浄隆は少し物足りぬ、と見ているらしい。

船戦は籐三郎、つまり九鬼嘉隆なのだけど、彼の方が上手いようだ。一番船戦が上手いのはお蓉さんらしいが、彼女は女だから棟梁にはなれない。となると、海賊衆の棟梁としては籐三郎の方が…、となる。

籐三郎にはその気はないらしい。兄を援けて上手く家を切り盛りできればいいと思っている。が、ことある事に姉のお蓉が籐三郎の方が棟梁にふさわしい、と主張していたのだそうだ。


 九鬼家中は、浄隆押しでまとまっている。弟籐三郎もそれについて異存はない。となると、お蓉を排しようという動きが出るのは当たり前の話だった。当主にふさわしくないなどと言われては浄隆とやらだっていい気持ちはしないだろう。

そういう動きがあるのを、聡いお蓉は勘付いたのだろう。浄隆とて実の姉を殺したくない。兄弟で話し合った結果、お蓉は九鬼家を出ることになった。でも籐三郎の方が棟梁に向いている、と今でも思っているらしく、彼のことを嫡男と紹介したのだそうだ。

「なるほどなあ。お主の兄者としては、面白くなかろうな」

「まったく。それがしは船戦だけで充分でござりまする。家の政事は兄が指図するのが当然でござりましょう」

どこもかしこも身内でいざこざがあるんだなあ。生き死にがかかっているからな、たまらんな。


 俺はもう一度作戦を籐三郎に説明した。念には念を、いれて困る事は無い。

今日の夕方、まもなくだが、輸送部隊は出発。夜間行動ではあるが、漁師に化けた水野党の乱波たちが航行の目標代わりに、知多の沿岸沿いに篝火をたんと焚いている筈なので迷う事はない。

予定通りなら、寅の刻、午前4時くらいには鳴海勢四百は全て知多沿岸に上陸、攻撃準備完了な筈である。

同寅の刻、助攻の水野党、星崎勢は岡崎に備えると見せかけて、佐治の一族・荒木作右衛門と協力し南下して知多を攪乱、主攻の我々を助ける。

払暁、お蓉のうんぽる号が大野城に向けて艦砲射撃、頃合を見て大野城の佐治勢を打ち破り、大野城奪取。


 籐三郎は、よくも考えついたもんだ、という顔で此方を見ている。

「畏まってござりまする。鳴海の方々を降ろした後は、知多の水軍衆を見張ればよいのでござるな」

「そう。多分大した敵は出てこないと思うけど、うんぽる号だけでは戦えないからなあ」

「でござりまするな。されど岡崎勢…三河衆はまことに出てこぬので」

岡崎勢とは暗黙の不可侵協定があることを説明した。長くなるので全部は言わない。

「すべて大和どのの考えた事にござりまするか…いやはや畏れいりまする」

どうも詐欺かペテンまがいの事しかしていないような。人が悪くなる一方だ。


 頃合だと思ったのか、佐々内蔵助と菅谷九右衛門が俺の側に寄ってきた。

「殿」

「なんだ内蔵助」

「先手、百五十。大将蜂屋般若介、介添の乾作兵衛、岩室三郎兵衛と共にただいま出立致しましてござりまする」

「よし。ああ、内蔵助、九右衛門。こっちは九鬼の棟梁、籐三郎どのだ。年は若いが、船戦にかけては戦巧者だぞ。お見知りおけよ。九右衛門とは年も近いし話も合うかもしれんな」

「はっ。オトナの佐々内蔵助にござりまする。宜しくお引き立ての程を」

「菅谷九右衛門にござりまする。左兵衛さまの近くに勤めておりまする、お見知りおきを」

籐三郎と内蔵助、九右衛門はぎこちないながらも話し始めた。…はあ、一服するか。



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[良い点] トドスはトータルと同じ語源かな?
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