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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
67/116

俺のやり方

 今日の軍議の顛末をせき様より聞いた。無論、せき様が聞き耳を立てていた訳ではない。

若旦那より預かったせきが左兵衛さまに嫁いで、はや一年が過ぎた。それがしも若旦那同様に、せきが嫁いだ方ならば、と身を賭して奉公している。

左兵衛さまは若旦那にとって義弟、というだけでなく若旦那と五分の友であるという。

初めは商いの目も、という事もあって仕えたが、左兵衛さまはやはり出来物のお方らしい。はじめはとんと頼りなさげなお方だったが、鳴海を領した頃から人が変わりだした。

 

「お蓉どのより文が届いております」

手代が一通の文を持ってきた。お蓉は九鬼の出で、九鬼の水軍衆の棟梁の娘だ。左兵衛さまの命ではるか九州まで南蛮の船の手習いに行っている。そのお蓉からの文である。…すでに中身は分かっていても読まねばならぬ。


 違う土地へ赴く不安。果たして南蛮船について学べるのかどうか。学べても理解できるかどうか。

まあ、それがしが紹介状を書いたのだ、学べる事は間違いない。されど物になるかは別のお話。

…ふむふむ。さすがは水軍衆、飲み込みが早い。それに楽しいと記してある。そして。


<…この文が春庵どのの元に届くころには、鳴海に戻っている事でしょう>


最後にはそう記してある。








 

 信長率いる三千五百の軍勢は、一宮村を抜け、笠松に休息の陣を張った。信長本陣にて軍議が開かれる。

「これで三度めか。よほど美濃勢が怖いのか」

「まあまあ、のんびり進むだけで戦せずともよいなら、ただ飯丸儲けじゃ」

「されど、何しに来たのであろうか」

足軽達のそういったひそひそ声が、あちこちから聴こえてくるようになっていた。

何しろ、清洲からここ笠松まで三日をかけているのである。本来ならば、明六つに清洲を出たとして、その日のうちの夜五つには全軍が到着し終えている筈の距離なのだ。


 敢えて行軍に時間をかけている。

聡い者ならば、それに気付く。もう少し目先の利く者ならば、このゆっくりとした行動の裏には目的があって、それは美濃をじりじりと牽制する、という事なのだ、という事にも気付く事だろう。

しかしこの織田勢には、もう一つ奇妙な点があった。

先手たる先備、平手監物以下の千五百が一宮に止まったまま動かないのである。その結果、五千の織田勢は笠松の三千五百と、一宮の千五百という風に二つの軍勢に分かれてしまっていた。

これは信長の指示によるものか、それとも平手監物の独断によるものなのか。中備の柴田権六、後備の佐久間半介は信長にそれぞれ訊ねてみたものの、信長は「気にするな」としか言わず、先備副将の勘十郎信行は平手監物に尋ねたが、監物は「これでよいのでござる」としか言わない。

笠松で開かれた三度目の軍議には、先備副将の勘十郎信行が平手監物の代理として顔を連ねる事となった。


 「柳津、長森で刈田せよ」

信長の開口一番はそれだった。

軍議に参加している部将たちが息を呑む。戦になってしまうではないか。

「…兄上、刈田せよと言われるが、そもそも此度の目論見は何でござりまするか」

織田勘十郎信行はそう訊かずにはいられない。

今まで二度軍議があったが、方針らしい方針は示されていない。

「勘十郎、判らぬか。美濃の牽制じゃ。尾張一統の間、手出しさせぬ為よ。それくらい判って居ると思うておったがのう」

「それは判っておりまするが、解せませぬ。美濃がいくら親子喧嘩の最中とて、我等がこのように手出しをすれば、嫌々ながらも斎藤父子は手を取り合いましょう。割れて居ってもろうた方が良いのではありませぬか」

勘十郎信行の言う事は尤もな話だった。厄介な相手には分裂してもらったほうがいい。しかもその分裂した片割れが信長の舅なのだ。敵の半分は味方のような物なのである。

勘十郎信行の言葉に柴田権六、佐久間半介が深く肯いた。そして佐久間半介が続ける。

「大殿、今からでも遅うはありませぬ。舅さまに繋ぎを入れて合力なされた方が良いかと思われまする」

佐久間半介の言葉にそっぽを向いて、万見千千代になにやら小声で命じていた信長だったが、

「ふむ。確かに繋ぎは入れる。されど合力はせぬ」

と、皆を見渡しながらそう言った。










 鳴海城の外に、続々と兵が集まっている。

まず俺の鳴海勢が四百。本当は五百だけど、そのうち百は城の守備だ。そして岡田直教の百五十。そして水野信元が百。

岡田どのは連れてこれる分だけ全部引き連れてきたらしい。水野党が百しかいないのは、残りは岡崎党に備える為だ。

合わせて六百五十。大軍勢じゃないか。

だけど、一番目立つのは河口の外に見える一隻の洋式帆船だ。城からもよく見えるし、城外の足軽達や町屋の人間達まで物珍しそうに見ている。市まで立ちそうな勢いだ。


「殿、あれは」

と内蔵助が訊ねてきた。

「ああ、お前達はまだ与力だったから知らなかったな。九鬼の女水軍だ」

「女の船大将、という事でござりまするか。それはまあよしとして、あの異形の船でござりまする」

「異形ねえ。確かに異形、南蛮船だ」

南蛮船と聞いて、般若介も内蔵助もポカンとしている。

「南蛮…とは何でござりまするか」

内蔵助が再び訊ねてきた。この時代の日本人のほとんどは、まだ西洋人を見たことが無い。当然、洋式帆船を見たことも無い人間が殆んどだ。予備知識も無いのに、あれは南蛮船ですよと言われても、当然面食らうだろう。


「南蛮は…まあいい。内蔵助、道すがら教えてやろう」

南蛮とは、なんて説明始めたら、何刻あっても時間が足りないよ。そのうち判るから。

「道すがら、と云えば、どこを攻めるのか身内の我々ですら聞いて居りませぬが。評定の時も、殿は何処そこに向かう、とは言わなんだ」

「確かにそうじゃのう。殿、何処に向かうのじゃ」

「…言わねばならんか、般若介」

般若介は…口軽そうだからなあ。岡田直教と水野信元には伝えてあるけども…


 「おうとも。我々だけで無うて、皆知りたい筈じゃ。皆、岩倉攻めか美濃攻めの加勢と思うとる」

腕組みしてしかめ面をしている般若介とは対象的に、内蔵助はじっと俺の顔を見ている。

岩倉攻めや美濃攻めでは無い事に、内蔵助は半ば気付いているみたいだ。だけど確証が持てないので聞いてきたのだろう。

「まあ、明日には判るよ。ほら九鬼の伝馬船が着くぞ。お前達も会うか」

二人はしぶしぶ着いて来る。








 

 

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