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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
65/116

経過報告

 織田信長は清洲城に戻ってきていた。平手監物から美濃情勢、そして三河、今川の情勢についての報告を聞く為である。

犬山城は丹羽長秀、森可成に任せてある。生駒蔵人をだしに、岩倉城への調略が進行中であった。


 「左兵衛は、やり手じゃな」

信長は、大和左兵衛が平手監物に宛てた手紙を読みながらそう言った。手紙はもちろん平手監物が信長に見せたものである。

「ハッ。中々の仕手ぶりかと」

と、平手監物はわが事の様に笑った。

「未来とやらから来て…それは云わぬが花か。…それにしても、ヌシはまこと左兵衛が好きなのじゃな」

「あ奴に、武士にならぬか、と誘うたのはそれがしでござる。家の事も己の事も分け隔て無く話す事が出来まする。それに、奴のやる事成す事、こちらの読みをいちいち外されるのが面白うござりまする」

「成程のう」

「されど、出来事を知っておるだけでは何も出来ませぬ。それに、出来事全てを知っておる訳ではありませぬ。事を成して居るのは左兵衛自らの力でござりまする」

「だな」


 手紙を読み終わって、信長は脇息に持たれて鼻くそをほじっている。

取れた鼻くそは、指で弾かれ何処かへ消えた。

「しかし…サラッと流して居るが左兵衛の奴、まこと義元と会うたのか」

再び手紙に目を落とし、信長は信じられぬ、といった顔をしている。

「戯言には事が大きすぎまする。流石に左兵衛とて、会っても居らぬのに、会うた、とは言わぬと思いまするが」

苦笑してそう答える監物に、信長は口をへの字にしている。手紙の内容は戦闘詳報の様な物であり、内容をまとめると、こうであった。



 大殿の尾張統一の邪魔をさせぬよう、今川、特に西三河に対して手を打った。

桜井松平、大草松平は、松平宗家に叛意を持っている様なので、味方の誘いをかけた。欲をかいた桜井松平の家次は、大草松平の昌久を殺害。これは予期せぬ事であった。

謀略の過程で西三河の一向門徒、特に本証寺の酒井将監と懇意になった。彼は自家の存続の為に一向宗に組している。同族の殆んどは岡崎党であり、岡崎党と一向門徒、さらには今川家との仲立ちを画策している。

さらに岡崎の商家・中嶋清延とも懇意になり、更に松平の譜代、鳥居忠吉とも懇意になった。この先三河を取る、または松平と同盟を組む事があれば、この蔓が活きてくる事だろう。


 次に与力の水野党、誘いに乗った桜井家次と共に安祥城を落とした。落としはしたが、此方の物とする為ではない。岡崎代官を動かす餌である。

酒井将監を蔓として一向門徒を動かし、此方の思惑通り安祥に出張ってきた岡崎代官・三浦上野介を虜にした。

水野党と桜井家次はそのまま大高、沓掛に向かい、両城を落とした。

大高・沓掛の城は街道を監視する為の砦であり、今川松平の後詰が無ければ落とす事は簡単である。

混乱を利用し、その隙に両城を一気に落とせば、刈谷まで連絡線は伸び、同地は飛び地ではなくなる。知多の戸田の残党・佐治両氏も不鮮明な態度は取れなくなるであろう。


 駿河の今川本隊が動かなかったのは、岡崎代官の安祥攻めが自らの点数稼ぎの独断だった為である。

それを逆手にとって岡崎譜代による西三河の自治を取り付けた。その過程で岡崎党の使者として今川義元、さらに松平竹千代とも対面した。義元は無論のこと、竹千代も少なくとも暗愚には見えない。


 今頃岡崎勢による一揆勢討伐が行われ、岡崎代官を取り戻している頃だろう。が、これは駿河を欺く為の、偽の戦である。酒井将監を通じ、一揆勢と岡崎党の仲立ちをしたので、今のところ岡崎党と三河一向宗は暗黙の協力体制にある。

これは今川家が宗門に課した矢銭問題が絡んでおり、両者は今川家に対し面従腹背で臨んでいる。岡崎党による西三河の自治を認めた事、宗門による一揆。今川家は尾張進攻の青図を見直さねばならない状態となるだろう。

なお、桜井家次は討った。それと関連して大草の嫡子の後見となったので、自分の保護下に置く事を認められたい。

                                         左兵衛尉一寿




 信長は左兵衛の手紙を畳むと平手監物に返した。

「当面、今川太夫は俺の邪魔はできぬ、というわけだな」

「ハッ、安心は出来ませぬが東は当分落ち着く事でござりましょう。されど、これからは美濃が五月蝿いかと」

「だろうな」

「以前にも申し上げた通り、斎藤親子の間で喧嘩が始まりそうにござりまする。その上、息子のほうは尾張に手を出そうと思案しておる様で」

信長はウンザリ顔である。

「美濃でも親子喧嘩。己の子で無いかもしれぬ者に、跡を継がせたマムシもようやるわ」

信長は鼻で笑った。釣られて平手監物も薄く笑う。


 「ハッ。されどそういう噂がある事を承知で跡継ぎとして選ばれた、という事は、義龍も相当なやり手かと思われまする」

平手監物の言葉に、信長は一瞬だけ真顔になったが、

「さもあろう。が、しばらくは親子喧嘩も収まるまい。義龍が尾張に手を出すとしても、伊勢守家に助勢するくらいの事しか出来ぬ。それに、その助勢も親子喧嘩の真っ最中では中々出せぬであろう。何しろ、当面の喧嘩相手のマムシは此方の味方なのだからな。今は案ずることは無い」

と、そう言って手を叩いた。祝弥三郎が飛んできた。

「弥三郎参りましてござりまする。して、御用の向きは」

「おう、来たか。生駒蔵人から報せがあったろう」

「ははっ」

祝弥三郎は一旦退出すると、飛んで返って生駒蔵人の手紙を持ってきた。

「これじゃこれじゃ。弥三郎、そのまま待って居れ」

信長は生駒蔵人の手紙読み終えると、自分も文をしたため始めた。書きながらそのまま監物に尋ねる。

「監物よ。…尾張をまとめたら、俺はどちらに進むべきであろうか」

「どちらに、とは」

「美濃を取るか、三河遠江、駿河と進むか…まあよい」

監物が答える前に信長は自らの問いに自らで答え、終わらせてしまった。答えなかった監物にも質問の意味は判る。…俺ならどっちにするだろうか。


尾張をまとめ、三河、遠江、駿河、と東海道に根を張り、自立自衛の領国経営。

東は防ぎ、美濃、近江と出て、京に上がるか。



 「出来た。弥三郎、この文を犬山に届けよ」

「承知仕ってござりまする」

祝弥三郎はまた飛ぶようにして出て行った。

「で、監物よ。左兵衛はやり手よの」

「ハッ。先ほども言うた通り、先を知って居るだけでは物事は成せませぬ。あ奴の功は、奴自身の才覚によるものでござりまする。多少の事なら間違う事はないかと」

と信長に答えを返しながら、左兵衛はやり手どころではなく出来物である、と平手監物は思っていた。


 兵を動かす為に策を練る、のではなく、策を成す為の手段として兵を動かす。

兵法ではなく軍略を知っている。

これから先、どれだけ大きゅうなるのかのう。

歳は相手の方が上であるものの、監物は左兵衛の将来が本当に楽しみで仕方なかったのである。


 「ふむ。文によると三河は今川に面従腹背とある。面構えだけは従うて居るが、腹の思案は背中、つまり逆を向いて居る、という事か。よう出来た言葉よの。アハハ」

「確かに」

「上四郡を攻める間、改めて東は左兵衛に任せる。思うようにやらせよ」

「ははっ」

「ヌシもそろそろ留守居は飽きたであろう」

信長は顔を撫でてニヤリと笑った。

「まあ、飽いては居らぬと言えば嘘になりまするが」

「カハハ、言うわ。よし。明日、陣触れをかけよ」

「岩倉を攻めまするか」

「長良川に出る」

長良川に出る、と、そう言う信長の顔は、いたずら好きの餓鬼大将のそれだった。



中断が長かったので、まとめの様な感じです。

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