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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
59/116

多忙

 早朝、織田勢は抵抗らしい抵抗も受けず、犬山城に入った。

もともと弾正忠家の土地だ。新参者の他は歯向かう者はいない。


 物盗り乱暴狼藉はもっての他である

 破る者は死罪

 害を受けた者は遠慮なく申し出よ

                  三郎信長

との高札があちこちに立てられると、城下は普段の賑やかさを取り戻した。

穏やかになると、今度は城下の有力者たちが戦勝祝い言上にやってくる。



 信長は建前めいた事が嫌いだった。建前が必要な事は理解しているが、遠まわしな物言いが嫌いだった。

犬山城下の商人たちの祝いの言葉にいちいち肯きながら、内心辟易している。

そんな信長の心情を察してか、万身仙千代は午後の来客予定を全て無しにしてしまった。

午前中はあと一組で終わる。

「仙千代、すまんな」

「とんでもござりませぬ。出すぎた真似かとも思うたのでござりまするが…」

「よい、助かった。昼飯が済んだら今日はもう終いにする。宿直の他は皆休め」

「ははっ。…ではこの方で終いになりまする。生駒蔵人どのが参られました」

大広間の中央に来ると、生駒蔵人どのと言われた男は深々と平伏した。


 「生駒蔵人家宗にござりまする。犬山の留守居でござった。此度はまこと勝ち戦御目出度く」

祝いの言葉を言われて信長が笑う、というのは珍しいことだった。生駒蔵人に会えて機嫌が良くなったようだ。

生駒蔵人。

織田信清に仕える武家商人で、馬借から始まり現在の地位を築くに至った。中々のやり手である。


 「カハハ、ヌシが生駒蔵人か。従兄弟の下に商いの出来る侍が居ると聞いた」

「多分それがしの事にござりまするな。お見知りおきを」

生駒蔵人は再び平伏した。

「俺に付け。俺にはヌシの力が要る」

「…それがしは大殿のご従兄弟、敵でもあった信清さまの下にて働いておりました…よろしゅうござるので」

生駒蔵人は少し不安そうな顔をしている。


 不安そうな生駒蔵人を見て、信長が笑う。

「よい。ヌシが俺に歯向かった訳ではあるまいが。俺がしっかりしておれば、ヌシは弾正忠家の下におったであろうよ。ヌシに織田の商いを任す。俺の代わりに津島湊の面倒をみてくれぬか。これから更に忙しくなるであろうゆえ、これまでの様に俺が直に見る、という事も出来なくなるからの」

「それほどに、それがしを買って下さるので」

「うむ。買っておる。商いの事はやはり商いの出来る奴に任せるのが一番よ。商人を代官にしようとも思うたが、商いの事になると代官の任を忘れてなりふり構わぬようになられても困るからの。商いの判る武士でないと駄目なのだ」


 生駒蔵人は改まって信長を見た。信長は顔は笑っているが、目は大真面目だ。

「…ははっ。謹んでお受け致しまする」

「カハハ、まだ何をさせるか言うとらんぞ」

「そうでござりました」

「生駒蔵人家宗、俺が清洲に戻る折は共をせよ。小折の所領は安堵、津島四ヵ郷の代官に任ず。ヌシの商いも今まで通りでよい。気張れよ」

「ははっ、有難く」








 もう日が沈みかけている。

後世と違って人工の明かりが乏しい為、日没前ともなると外はすごく暗い。

安祥城は焼いてしまったし、今川勢をやつけたからと言って岡崎城に入るわけにもいかない。

酒井将監のつてで俺達は今、本証寺にいる。

一向門徒たちは岡崎城も攻めようと息巻いていたけど、なんとかなだめた。これ以上騒動が大きくなれば今川方が全面的に介入してくるのは確実だ。

事が大きくなれば西三河だけでなく東三河にも騒動は波及する。そうなったら俺がどうこうできる話じゃなくなってしまうし、俺自身が織田家から見捨てられるだろう。ある程度で収めて、今川が出てきた時の為に交渉できる余地を残しとかなきゃならない。


 俺に捕まってしまった岡崎代官、三浦上野介は意気消沈するどころか、すでに一刻あまりも文句を言い続けている。 いい加減聞き飽きた。

「おい、作兵衛」

「は、左兵衛さま」

「ちと、代官どのを庵に連れてけ。逃がすなよ」

「はっ」

三浦上野介は必死に暴れもがくが、乾作兵衛は一顧もせず、上野介の襟首をつかんでひきずって行く。


 これから先は…どうしようか。

とりあえず、沓掛と大高に向かった水野勢と松平家次を呼び戻さなくては。

なんと水野勢は俺の与力として使っていいらしい。吉兵衛がそう言っていた。平手の若旦那から水野党にそういう示達がでているようだ。

「信正、水野党の所へ行ってくれるか」

「ははっ」


 どうしようか、なんて言ってられないな…でも、どうしよう。

腕組みして考える。俺の側には植村八郎がいる。が、その八郎は俺の思案を邪魔したくないのか、俺の護衛のつもりなのか、周りを見渡し、無言だ。

庵から戻ってきた乾作兵衛は、般若介や内蔵助と酒を飲んでいる。

一服するか、と煙管に火を着けようとすると、近寄ってくる者がいる。春庵だった。

「わたくしも一服お供致します」

春庵は自分の煙草盆を持ってきていた。

「はは、岡崎からわざわざようこそ。よく此処にいるって判ったね。まだ報せの早馬は着いてないだろう」

「目になってくれる者、知らせてくれる者は沢山おりますゆえ」

いつでもどこでも網は張り巡らせている、という事か。さすがだな。


 「で、どうしたんだい。煙管やりに来ただけじゃないんだろう」

「まあ、そうでございます。それはそうと、勝ち戦、祝着に存じます。で、中嶋清延どのより言伝でございまして」

「言伝ねえ」

「今宵、夜五つ戌の刻、わが屋敷に来られたく候、との事でございます」

わざわざ刻限を指定するなんて。誰か他にも来るのかな。ていうか、今夜かい。早くしないと間に合わないじゃないか。

「おい、八郎」

「はっ、何用に」

「急ぎ岡崎へ行ってくる。般若介、内蔵助と共に兵たちをまとめ、いつでも此処を出られるようにしておけ」

「ははっ」

「信正と共に水野党が来たならば報せよ」

「畏まってござる」

俺が八郎に指示しているのを見て、春庵は煙管をふかしながら微笑している。


 「どうした、春庵さん」

「いえ、左兵衛さまに仕えておると退屈せずに済む、と思いまして」

「何だいそりゃ」

俺の憮然とした顔を見て、微笑を崩さす続ける。

「那古野のいち商人では戦や政事には関われませんし、関わったら関わったで左兵衛さまの側におると、ひやひやする事ばかりでございます。いや実に楽しゅうございますな」

春庵の顔は微笑から大笑いに変わる。…凹むなあ、まったく。 

「儲けにならない事ばかりで悪いね」

「いえ、ちゃんと元は取っておりますよ。安堵なされませ」

 

 …商売絡みの話もちゃんとやってるのか。

ひやひやスリルを楽しむ余裕がある上に、元も取ってればそりゃ楽しいだろう。羨ましい限りだ。

「ところで、中嶋屋敷には呼ばれなくても行こうと思っていたんだけど、今夜って何かあるのかい」

「鳥居忠吉という方がいらっしゃるそうで。岡崎の譜代衆だと」

「何だって」

「左兵衛さまは見知っておいでにございますか、鳥居どのを」

「…いや。名前だけしか知らない」


 鳥居忠吉。彼が居なければ、松平元康、後の徳川家康の発展は有り得なかっただろう。彼が今川の目を盗み密かに蓄えた軍資金、糧秣、武具があったからこそ、三河に戻った松平元康は初期勢力を固めることが出来たのだ。

「三河の今後を話すのだろう、違うかい」

「お分かりでございましたか、流石にございます」

「三河で織田方は俺しかいない。三河にとって織田は建前では敵だろう。岡崎の譜代が屋敷に来る、その上で俺も呼ばれる。面倒でも聞いておかないと駄目な話なんだろ。…行こうか」

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