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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
58/116

前途多難

 安祥城の大手門が開く。

城の中から出てきたのは、頭と思しき徒歩侍と、五十人ほどの足軽だけであった。

「…真にこれだけしか居らぬのか」

三浦上野介は、投降してきた頭に尋ねた。

「はあ…。水野党は大高、沓掛に向かいましてござる。我等は雇われて此処に籠もっておっただけでござる」

「まことか」

三浦上野介は目を細めて頭を睨む。

大高、沓掛…水野党だけでは落とせまい。鳴海と挟み撃ちにするのであろうか…

「今川の軍勢が来たら、形だけ戦うて、降参してよいと云われましてござる。それがしも、こやつ等も安祥の百姓でござる。代官さまには逆らわぬゆえ、このまま帰して下されませ」

頭はそう言うと膝を着いて平伏した。足軽たち全員もそれに倣う。


 ふむ…良く見ると女や年寄も混じっておるではないか…足軽もどき、というとこかの。

此方の足止めの為に雇われたのか。落とした城を水野党が手放したのは解せぬが…

大高、沓掛に向かったというが、水野だけでは落とせまい。…駿府への聞こえもある。安祥さえ取り戻してあれば、大高と沓掛の件は報告しても差し支えあるまい。

城内の片付けを済ませたら、岡崎に戻るか。


 「面を上げよ、我等も別段手傷も負うて居らぬ。それぞれ村へ戻ってよいぞ。我等に刃向かわぬというのであれば、それでよい」

「格別のご沙汰有難く。岡崎代官は良き方と触れ回らさせて頂きまする」

「ハハっ、追従はよい。早う行け」

三浦上野介がそう言うと、足軽もどきたちは一目散に逃げて行く。


 城攻めには来たものの、それ以外に余計な悶着は起こしたくなかった。

三浦さまは良き代官ぞ。

彼は皆にそう言われたかった。彼は今川方であり、国人達や岡崎衆からは疎外されている存在なのである。

百姓達だけでも手なずけなければ、完全に浮き上がってしまう。

「上野介、よいのか」

叔父の左馬介が寄ってきて心配そうに言う。

「よいのでござる。余計な手間はかけとうござらぬし、大人しゅう此方に降った百姓足軽を斬っても、何の益もござらぬ。益々嫌われるだけじゃ」

「…確かに。それに足軽首では何の手柄にもならんしの、ハハ」

二人の会話を聞いていた三浦四郎がそう言って笑った。

「さて、城に入るか。叔父御、四郎、皆に言うて下さらんか」

「畏まった」






 今川勢が安祥城に入っていく。そんなにでかい城じゃないから、千人も入れば一杯一杯だ。何か起これば大混乱になるだろう。


 吉兵衛を先に走らせ、俺は急いで支度して、今は安祥城の搦手のすぐ近くにいる。もちろん今川勢に見つからないように。

乾作兵衛、平井信正と植村八郎も一緒だ。中嶋清延も着いてきそうな雰囲気だったので、春庵さんになんとかなだめてもらった。

三浦上野介を嵌める下拵えは充分にしてある。

岡崎攻め、といきまいていた一向宗徒たちを、般若介、内蔵助を通じてなだめさせ、安祥に向けさせた。もちろん酒井将監にも話してあるし、協力してもらっている。

岡崎を取るか、代官を討つか。

代官達に岡崎城に籠もられたら勝ち目はない。今川勢だけで千。俺達と一向一揆勢合わせても五百もいない。

だが、篭城戦ではなく野戦ならやりようはある。

安祥城は囮だ。





 「それがしは安祥城に入るのは初めてでござる」

三浦四郎がきょろきょろしている。城内は、本丸は大丈夫だが、二の丸三の丸は壊された作事物、小屋建てだらけだ。それに暖を取るのに使っていたのだろうか、うず高く積まれた柴、薪があちらこちらに置いてある。

「四郎、何も珍しいものはありゃせんぞい。田舎の小城よ。にしても散らかっとるのう」

三浦左馬介がそう言って笑う。

「確かに散らかっておりまするな、早く片付けねば」

「上野介どの、まずは昼飯じゃ。薪も柴もたんと置いてある、すぐ用意出来よう」

「…ああ、そうするか」







 「煙があちこち上って居りまする。多分、昼飯の用意でござろうな」

「だろう。…潮だな」

という俺の言葉と同時に乾作兵衛の手が振り下ろされ、鏑矢が空に舞う。それを合図に、百人が一斉に火矢を放つ。

城内に前もって用意させた柴、薪に火が着くのがここからでもよく見える。

壊した建物には菜種油を染み込ませてあったし、薪や柴には松脂を塗らせてあった。城内の今川勢に不審がられたかもしれないが、暖取り、煮炊きに使えるのだ。昼飯の用意、という事で不審さも吹き飛んだ事だろう。

しかし、大炎上だ。…たまらんな。




「うわあああっ」

「消せっ」

「もう無理じゃわいっ、逃げろっ」


 火達磨になる者、沸かした湯をひっかぶる者と、兵たちが右往左往している。ここまで一気に燃え上がっては、確かにもう消せはしない。

城内は真っ赤に燃え、火焔地獄の様相を醸し出している。

皆身一つで我先に大手門や搦手に向かって走って行く。

悲鳴と怒声。つまずき倒れる者、踏み潰される者、場の空気に呑まれ暴れだす馬に蹴られる者。

「落ち着けっ、こら、落ち着かんか」

棹立ちどころかひっくり返りそうになる馬の背で三浦上野介が叫んでいるが、彼の言う事に耳を傾ける者はいない。

「代官、我等も逃げぬとまずいぞ」

そういう三浦左馬介、同四郎も馬には乗っているが具足は着けていない。昼飯、ということで脱いでいたらしかった。

「…やられたわ」

誰がしかけたのか判る筈もなかったが、三浦上野介は思わずそうつぶやいていた。






 「ふう…。大騒ぎ…どころの話では無いのう」

般若介の目には、大手門から吐き出される今川勢の散々な姿が映っている。

内蔵助や酒井将監も苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。

物見でござる、物見でござる、とあちこちに散らばっていた一揆方は、林の中の間道に集まっていた。彼等は命からがら城内から逃げ出してきた今川勢にとどめを刺す役割を負っていた。もはや今川勢に戦う力は残されていない。

「投網を絞る、とはこの様な事を言うのであろうな、内蔵助」

「…ああ、全くだ」

「ご両所がた、そろそろ掛からねば」

「おう」 





 一刻後、俺達と内蔵助たちは合流した。完勝だ。

乾作兵衛は三浦四郎を討ち取り、三浦上野介、同左馬介は捕縛した。

搦手側は俺達が、大手門側は酒井将監、般若介と内蔵助が率いる一揆勢が、逃げ惑う今川勢を攻撃。

今川勢は脱出口を塞がれた形となり火炎地獄から生き残った者の大半が降伏した。

…我ながらひどい事したもんだ…と思わないでもないが、勝つ為、いや負けない為だ。

あと一仕事。


 「酒井どの、疲れているところ済まぬが、落人狩りを頼めまいか」

「…大和どの。そこまでせずともよいのでは」

「代官にとって、駿府にはまだ内密の城攻めだったはず。ならばこのまま内密の体で。いずれは漏れましょうが、漏れるなら先の方が良いと思われまする」

「なるほど。焼け出された挙句に落人狩り、ちと不憫な様な気もするが、承ってござる」

深々と一礼すると、いやなんの、と言いながら酒井将監は去って行った。


 乾作兵衛と平井信正に、兵達を使って城内の片付けをする様命じていると、内蔵助と般若介が近寄ってきた。

「見事、策が成りましたな」

「お、内蔵助。おぬしと般若介が働いてくれたからな」

俺の言葉に般若介が笑う。

「はは、それがしと内蔵助は何もしておりませぬ。将監どのと一向門徒のお蔭でござる。ちと訊きたいのでござるが、それがしと内蔵助はともかく、左兵衛どのの率いている兵たちはどこから連れてきたので」

「ああ、彼等は大草松平の者たちだ」

「ほほう」


 内蔵助と般若介が驚いた顔をする。

そうなのだ。桜井松平の家次は俺の誘いに乗った。

俺は大草松平の昌久のところにも信正と作兵衛を向かわせたけど、競合相手は少ない方がいいと思ったのだろう。松平家次は信正、作兵衛の二人が松平昌久の屋敷に向かう前に昌久を襲い、彼を殺してしまったのだ。予想はついたけど、中嶋清延と春庵に調べて貰って、凹んだ。まさか本当に殺していたとは。

まあ…俺が妙な勧誘をしなければ、松平昌久は死なずに済んだ訳で。

申し訳なく思ったので、調べるついでに中嶋清延に動いてもらった。


昌久の仇を討つ事。

嫡男・三光も昌久と共に死んでしまったので、その子・正親を大草松平の嫡子として織田の庇護下に入れる事。

俺が正親の後見となる事。  


を条件に大草松平家は俺についたのだ。

この条件を呑まなければ、大草松平家の遺臣たちがいろいろと騒ぎ出すおそれがあった。…ばれるのが嫌だったから呑んだんだけども、昌久の仇を討つ、ってのがなあ…。

勧誘した二人、俺が声をかけたばかりに死ぬ破目に。一人は俺がやらなきゃならんし…とほほ。





 刻は少し戻って、末森城。


 末森城先手、今井修理亮の手勢は、前田利久を討ち取る、という功をあげたものの、金森勢、塙勢に打ち破られた。

が、城内への撤退は辛うじて成功した。

大手門では、敵の先手を破った勢いのまま、金森五郎八、塙九郎三右衛門が門を破ろうと必死だ。

が、すかさず搦手から今度は林佐渡自ら犬山勢を率いてその邪魔をする。

末森城の攻防は一進一退、膠着状態になりつつあった。


 「林も中々やるの。彼奴のどこが戦下手なのだ」

織田信広は嘆息した。柴田権六も意外、という面持ちで戦況を見つめている。

やるせない風の二人の元に、使番が織田信光隊の到着を知らせてきた。

「ふむ。これで楽になりまするな」

という柴田権六の言葉に軽く肯くと、信広は問うた。

「そうよな。それはそうと権六、大殿はまことに犬山に向かわれたのか」

「はっ…半刻前に着いた、大殿からの早馬はそう申しておりますれば、間違いないかと」

答える柴田権六も、不承不承、といった感じである。


 「ふむ…大殿だけでは危のうはないか」

と、信広は遠く犬山の方を見る。柴田権六も信広に釣られて同じ方角を見ながら、自分の思う処を述べた。

「元々我等は守山、那古野、星崎回り、と三方より末森に寄せる算段でござった。が、早馬によると織田…犬山信清は早々に大殿が討ち果たされましたゆえ、ここ末森と犬山さえ落としてしまえば下四郡を統べる戦は終わりの筈。犬山方の軍勢はほぼ此方に出て来て居ると思われますゆえ、末森を我等と信光さまに任せて大殿は先に犬山へ…というのは解る話でござりまする。算盤通りなら、まず危のうは無いかと」

信広も同じような結論だったのだろう、深く肯いた。


 「では、早う此処を落とさねば、大殿もお怒りになるであろうの。俺ばかり働かせおって、とか言い出しかねんぞ」

信広は、信長の真似をしながら笑っている。

よほど似ているのか、柴田権六は下を向いて笑いを堪えている。が、真面目な顔に戻ると、

「で、ござりまするが、前田の利久が討たれてござりますれば…」

「…そうであった、惜しい事をした。ワシの落度じゃ。まこと早う落とさねばのう。で、又左はどうしておる」

「彼奴、自分では大丈夫、と言い張って居りましたが深手ゆえ、前田勢は那古野に向かわせて居りまする。少しではござりまするが敵の先手を下げさせたのは前田勢の働きによるもの。充分に功は立てておりまする、下がらせてもよろしいかと」

「ふむ、それでよい。では一旦金森たちを下がらせよ。今日はもう終いにして、信光叔父と軍議じゃ」

「はっ」

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