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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
52/116

二人

 「内蔵助よう」

蜂屋般若介は首を傾げて佐々内蔵助に問うた。

「なんだ」

「代官は来るかのう。…我等が逃げ込む処は一向寺ぞ」

般若介が疑問に思うのも不思議ではなかった。一向宗に限らず、寺の中や寺領は守護の権力が及ばない場所なのだ。

それを侵すという事は、侵した側は武力衝突も辞さない、という事なのである。

果たして今川の一代官に過ぎない身で、三浦上野介はそれをやるだろうか。般若介だけではなく内蔵助もそう思わざるを得なかった。

下手に宗門と事を構えると後が怖い事は、般若介のような小身の侍ですら周知の事実なのである。


 「我等は左兵衛どのの言う通りにするだけじゃ。…まったく、もっと違うやり方でいこうかと思うておったのに、オヌシが代官に喧嘩を売ってしまったからには早う本証寺に向かい、坊主どもを説得するしかあるまい」

と嘆息しながら内蔵助が言う。が、顔は笑っていた。

「…そうだったのか、内蔵助」

「まあ、遅かれ早かれ喧嘩はする、やり方は我等に一任との事ゆえ、いきさつはどうでもいいのじゃがのう」

「そうか。お、見えてきたぞ。あれが本証寺じゃろう。どうする」

般若介がそう言うと、内蔵助が手を上げて皆を止めた。

「…一旦、門を押し通る。後は俺が物申すゆえ皆は喋るな。寺の中に入ったら皆一斉に下馬して、刃を向けられても相手を斬るなよ」

内蔵助の一行は突入準備を整えた。








 鳴海城は平和だが、信長の名代が視察に来ていた。平手監物である。

平手家は、大和家にとって元の主筋にあたる。留守居の服部小平太は二重に礼を尽くさねばならない。


 「平手さま、ようこそおいで下されました。使者のお役目ご苦労様にござりまする。それがしは留守を預かる服部小平太にござりまする、大殿のご機嫌はいかがでござりましょうや」

小平太はそう言って深々と平伏した。座るところは当然、下座。

信長の名代たる平手監物の座る場所は当然、上座である。

「ふむ、小平太も留守居役ご苦労。…城主、城代、在番と全て配し終えて、大殿も一息ついた、といったところかのう。桔梗屋春庵を通じて左兵衛の計は聴いておる。左兵衛からの繋ぎがあり次第、末森攻めが始まる」


 平手監物の言う通り、末森攻めが全ての号砲となる織田信清の討伐計画が開始されていた。

尾張総追捕使・下四郡守護代となった織田信長は、清洲城に移り、那古野は織田信光に与えられた。勘十郎信行は庶兄の信広と共に守山城にある。

名目上の尾張守護として斯波義銀があるが、引退を宣言したこともあり、彼は政秀寺と名づけられる予定の寺の普請に没頭していた。

尾張は事実上、国主不在の国になったのである。

当然、尾張上四郡の守護代たる織田信安、そしてその嫡男・信堅親子も動き出している。

尾張は、大乱という二文字に蹂躙されつつあった。


 「そ、それはまことでござりまするか」

服部小平太は思わず顔を上げて飛び上がらんばかりに驚いたが、また元の通りに平伏した。

「小平太、お主、左兵衛から何も聴いておらんのか」

「大殿の戦を助けるために、三河にて一揆を起こすのだ、としか聞いて居りませぬ」

留守居の小平太に対し、左兵衛が簡潔な説明しかしていない事に驚く平手監物であったが、

「まあよい。それだけ知っておれば充分よ」

と笑った。

「ははあ。…して、平手さまは、此度はどの様な用件にて参られたのでござりまするか」

「手伝いじゃ」


 小平太は平手監物の言葉に顔を上げてポカンとしたが、また急いで平伏する。

「よい、もう顔を上げよ。元の主筋と言うても、左兵衛は友じゃ。そのように畏まらんでもよいわ」

「は、ははっ。…で、手伝いとはどのように」

「手伝いは手伝いじゃ。わしがどうこうする訳ではない。狩谷の水野信元を動かし、安祥で暴れさせる」

「安祥、でござりまするか」

「三河、特に岡崎での一揆を成功させるためじゃ。春庵から聴いたが、左兵衛は桜井と大草の松平にも声をかけるらしいの。だが使者だけでは彼奴等は動かぬ。岡崎だけでの騒動でも彼奴等は動かぬ。が、どさくさに紛れて彼奴等は西三河の主になろうとするはず。で、もう一押しが要る。それが安祥での騒ぎという訳じゃ。今、刈谷に使いが向こうておるゆえ、しばらくここ鳴海で返事を待つ」


 「…そうでござりましたか。されど、すでに鳴海のオトナ二人が桜井と大草に向かっておりまするが」

小平太は、平手監物の言葉に何度も大きく頷いて目をきらきら輝かせていた。

「多分上手くはいくまい。刈谷からの返事が来たならば、左兵衛とそのオトナ二人に使いを出せ。ところで左兵衛は今どこに居るのか」

「岡崎の中嶋清延という方のお屋敷にござりまする。何でも茶売りの二代目とか」

「すでに鳳来寺から移っておったか、楽しそうじゃのう…と、小平太、中嶋清延は茶売りなどではないぞ、まったく」

平手監物は縁の外を見て、嘆息した。








 平井信正と乾作兵衛は、桜井屋敷を後にした。二人とも昨日の酒がまだ辛そうである。

「家次どのはすんなり話を聞いてくれたが、大草の昌久どのは、どうかのう」

平井信正は空を見ながら歩いている。

「判らぬ。まあ、あまり悪い方へは考えぬがよかろう」

信正の言葉にそう答えた乾作兵衛の顔はあまり明るくない。酒が残っているせいもあったが、彼はすんなり事が運びすぎているのではと思っていた。

…いくら織田信光さまの義理の身内とはいえ、こうも簡単に織田に与するものなのだろうか。織田に与するならばもっと前から通じていてもよさそうなものだ。

と作兵衛は思う。

松平家次、松平昌久を内応させる、というのは西三河に一揆を起こす、という彼の主・大和左兵衛の考えた計画の一部分にしかすぎない。

が、端くれとは云え松平の一族が味方になるのとならぬのでは大きな違いがでてくる。

作兵衛の横では平井信正がなにやら話しているが、信正の声は作兵衛の耳には入っていかぬようだった。


 …しかも道案内もつけぬとは。本当に松平家次はこちらに味方してくれるのであろうか。

と、さらに作兵衛は疑問を抱かざるを得ない。

松平家次が本当に快く内応を承諾したのなら、使者への心象を良くするために道案内程度は付けるのが普通であった。

内応者や降った者は先手として使われることが多い。今は戦はしていてもとりあえず戦闘中ではないから、先手の意味合いで道案内を出すのが、内応者たる者の礼儀であり、しきたりなのである。

が、道案内は無い。

作兵衛の疑念は、疑念から不安に変わりつつあった。


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