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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
50/116

蠢動

 広間には信長、勘十郎信行と平手監物だけが残っている。

「勘十郎、よく来たの」

信長は笑った。

「…それがしは下がった方が」

気を利かせて平手監物がそう言うが、

「気にせずともよい、ヌシはオトナではないか」

信長は勘十郎と二人きりになるのは気恥ずかしいらしい。照れ隠しにそう言った。


 「おめおめと那古野に参りました。前田又左の申す通りにござりまする」

勘十郎は頭を下げた。

「気にするな。もう済んだ事だ。…宜しく頼む」

信長の言葉は素っ気ない。

幼少の頃は仲が良かった。信長が元服してからは二人はあまり会ったことは無い。

そしてここ近年は特にそうだった。

喧嘩をしたくてしていた訳ではないが、こうやっていざ会ってみると、二人とも何から話せばいいのか分からないのである。


 「…今川を討ち果たす、と申されましたが、まことにござりまするか」

先ほどの評定の話を、勘十郎が再び問うてきた。

「まことじゃ。…不服か」

「不服ではござりませぬ。駿河を義銀さまに差し上げる、というのもまことに結構な話にござりまするが、その事は義銀さまはご存知なのでござりましょうか」

「それはまだ言うて居らぬ。斯波の家は潰さぬ、と約定しただけじゃ」

「ようござりました。言わぬ方が良いと思われまする」

「何だと」

信長の眉がピクリと動いた。平手監物は黙って二人を見ている。

「何ゆえ言わぬ方がよいのじゃ」

「義銀さまは主筋におわしまする。尾張の主から引きずり降ろした上、国をめぐんて呉れてやるなどと、人を馬鹿にするのも程がある、というものでござる」

「…主から引きずり降ろした堪忍料と思うたのだが」

「国を与えてしもうては、家来も大人数となりまする。義銀さまをそそのかす輩が現れ、織田に弓引くやもしれませぬ。そうなればまた今度のような事が起こりましょう。その時織田が勝者であるとは限りませぬ。…千畳の堤も蟻の一穴、でござりますれば、やめた方がよろしかろうと」

「ではどうすればよい」

「もちろん堪忍料は差し上げまする。が、まず先に京に上って頂きまする。ゆるりとしていただく傍ら、京にて室町将軍の動き、諸国の動きを見てもらいまする」


 勘十郎の言葉に信長は考え込んだ。

「武衛家当主が京に居れば、何かと面倒な事にならぬか」

「なりませぬ。室町将軍の側に居てもろうた方が何かと尾張の為になりましょう。何の不都合もござりませぬ」

「…どう思うか、五郎右衛門」

「勘十郎さまの申す通りやもしれませぬ。やってみても損はないかと」

と、平手監物は当たり障りのない返事をした。

「であるか。…よく申してくれた勘十郎、これからも兄弟力を合わせていこうぞ」

「ははっ。兄者のお役に立てるなら本望にござりまする」

「では積もる話もあろうが、また夜にでも語りあうとするか。勘十郎、下がってよいぞ」

「ははっ」


 勘十郎が広間を出て行くと、信長はまた考え込んだ。

「五郎右衛門、まことに勘十郎の申すとおりだと思うか」

「今は身内を固める時、勘十郎さまを立てて、兄弟和合の姿を周りに見せねばなりませぬ」

「では、本心は違うのか」

「違うわけではござりませぬが、義銀さまを京に追いやってしまうと室町将軍やら細川管領やらに取り込まれてどうなるか判りませぬ。気の利いた者を付けて見張らねばなりますまい」

「やはり、そうなるか」

信長は再び考え込んだ。

彼が今川を滅ぼした後、駿河を斯波義銀に呉れてやる、と 考えたのは、武田・北条対策と、三河の国主たる松平竹千代への配慮からであった。

三河は、取っても領することは出来ない、と信長は考えていた。

今川は代官を置くことで三河を統治しているが、在地勢力の反感を買い、その統治は順調ではない。

むしろ松平竹千代を三河に返して当主に据え、信を置く、という態度を示した方が三河はまとまる、と信長はみていた。

その方が三河衆は今川の恩を深く感じる筈だからだ。


 それに、三河が今川からの独立を希望したとしても、独力では今川に太刀打ち出来ない。

すると、味方と頼むことができそうなのは尾張の織田しかいない。

が、同盟を結んだとしても、現状では尾張は割れて戦っている状態であり、いつでも援軍を寄越せる訳ではない。

織田にすれば三河は今川を防ぐ盾となり、同盟を結んでも都合がいいが、三河にとっては援軍も期待できず、三河は結局独力で今川と戦わねばならない羽目になる。

そんな同盟など、いくら松平竹千代が尾張での人質時代に信長に親交があったとしても、三河のオトナどもがゆるさぬであろう。

ゆえ松平竹千代が三河に戻っても、今川を裏切る心配はないのである。


 三河が今川を裏切らぬとなれば、今川と戦う場合、三河の扱いを間違わないようにせねばならない。あくまで三河を敵とせず、三河の独立を助ける体で戦うのだ。

三河の独立を助け、彼らの心をこちらに引き寄せ、恩を売る。

今川を滅ぼしたならば、遠江は三河衆に任せ、駿河は斯波義銀の物として織田が貰う。

そうすれば武田、北条が攻めてきても、戦うのは斯波義銀であり、駿河も我等の物に出来るかも、という含みを持たせて三河に駿河への援軍を頼む事が出来る。

信長とて、斯波義銀を追い出した人非人とは言われたくはない。

信長の考えが成功すれば、尾張は取ったが三河を助け、旧主の為に仇敵今川を滅ぼし、駿河を旧主に献上した器量人、海道一の弓取りよ、と巷で言われるであろう。


 そう考える信長であったから、勘十郎の申し出はとても許容出来るものではなかった。

信長は自らの考えをオトナたる平手監物には事前に話していた。が、その平手監物が、和合を示すために勘十郎を立てよと言うのだから、信長としても考えこまざるを得ない。

「…誰をつける」

「信光さまがよいかと」

「叔父御をか」

「はっ。信広さまを、とも考えましたが、あのお方は飄々とした所がありますゆえ、今一つ何を考えておられるのか判りませぬ。その点信光さまなら、大殿を裏切ったり図に乗せられる事もありますまい」

「…ヌシはよう見ておるのう。ヌシが兄で弾正忠家の棟梁なら、俺の出番は無いの、カハハ」

信長は大笑いした。






 ここは三河の鳳来寺。三河と言っても、ここから南に下ればそこはもう浜松、遠江だ。

植村八郎が上手く話を付け、皆で鳴海から移動した。手勢は馬上五十騎。隠れながら日に五人、六人と分散して来させたから、集まるのに十日ほど掛かってしまった。桔梗屋春庵も一緒に来ている。

鳳来寺の主、教円は八郎の叔父にあたるらしい。ここに来て、教円と話してみて色々な事が分かった。

教円は本多の一族で、八郎は姓は違えど本多忠勝と又従兄弟になるという。という事は俺が討ち取った本多忠真とも親戚、という事になる。

当の八郎本人は幼少の頃から鳳来寺で育てられていたから、その事を知らなかったらしい。


 「忠真どのを討った大和どのが三河、しかもこの鳳来寺に来られるとは。何かの縁にござろうな」

教円はそう言いながら、この出会いに意味があるかの様に深く頷いていた。

彼は、一揆には表立って協力できないが、松平竹千代を助け出す事には協力したい、とある程度の協力を約束してくれた。一揆に協力できない、というのは、やはり一向宗徒の存在が気になるからだ、と思う。

宗派を超えて協力する、という気持ちにはならないのだろう。しかし一向宗がどれだけ勢力が強いのかは教円の話で分かった。

なんでも天文の初めまでにはすでに百五十人近い国人・地侍が一向宗に改宗し、そのまま一向宗の武力集団と化した、という。

…恐ろしい数だ。主だった侍だけで百五十を超えるのだ。足軽、百姓を数に入れたらどれほどの勢力になるのか想像つかない。

後の徳川家康がどれほど苦労したかわかる気がする。宗教は麻薬、どころではなかったこの時代、自らの信仰心のために死をも厭わない集団なのだ。…考えるだけで寒気がする。

彼らを利用するが、将来に禍根を残さないようにしなくては。一揆は起こしても、なるべく三河を荒廃させたくはない。…都合のいい話だとは思うけども。


 「桜井、大草の説得にどれくらいかかると思う」

俺は桔梗屋春庵に聞いてみた。春庵は商人の独自のネットワークを持っている。国に限らず色んな情報源があるのだ。

「混乱に乗ずる形でこちらの話に乗るでしょう。まずはひと騒ぎ起こしませぬと」

…かな。

「内蔵助、般若介、本証寺に向かえ。今川侍に化けるのだ」

「はっ。…やっと楽しくなってきたな、内蔵助」

般若介は俺に返事をしながら内蔵助を見て笑っている。

「おぬしと云う奴は…。左兵衛どの、どれくらい暴れればよろしいので」

般若介にしかめ面をしながら、内蔵助は俺に訊いてくる。

「うーん…こちらに死人が出ない程度に。されど本証寺の奴等が怒り狂い、しかもやったのは今川侍だ、と思うようにだ」

「…全然答えになっておらぬではありませぬか。判り申した、そのような按配で、やり方はそれがしと般若介に任せる、という事でよろしゅうござるな」

「それでよい」

内蔵助は俺の言葉にもしかめ面をしながら、般若介と三十騎ほど連れて寺を出て行った。


 …上手くいくだろうか。ただ思いついて実行に移したものの、我ながら内容が壮大すぎる。

内密にすすめる壮大な計略、というのも変な話だけども。

「左兵衛さま」

策の成否について一人腕組みして考えていると、春庵が話しかけてきた。

「何だい」

「わたくしも色々考えてみたのですが、ここ鳳来寺はちと岡崎から遠すぎませんか。商いの上の知り合いが居ります。若うございますが、訳を話せば力になってくれましょう」

「何ていう人だ」

「中嶋清延。当主は京に居りまして、清延どのは二代目になるお方です。清延さまのお父上は中嶋明延と申しまして、元は信濃の小笠原家の侍、今は屋号を室町様に貰って茶屋四郎次郎と名乗って居ります」


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