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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
48/116

目指すもの

 鳴海に着いた。

途中那古野に立ち寄り、俺の屋敷を勘十郎信行のとりあえずの住まいとし、平手の若旦那とちょちょっと話して那古野を出、星崎に寄り、佐々内蔵助と合流した。が、その内蔵助に暇で仕方無かっただの何だの言われたのには参った。

…まったく。こいつら、戦争の合間に暮らしているのか、生活の合間に戦争しているのか分からんなあ。

新たな随行者も居る。菅谷長頼だ。信長に菅谷自身が直談判して俺に着いて来たのだ。


 ~戦で役に立ってこそ近習でござりまする。大和どのの元で、戦の進退を学びとうござりまする~


 信長は大笑いでこれを許した。戦の進退ねえ。…知らないぞ。

内蔵助に限らず、皆やはり戦の有る無しが判断基準だ。

戦争している状態が常態化している時代だからどっちでもいいんだけど、俺はやっぱり平和な方がいい。


 鳴海を平和に保つということは、現実的に考えると今川から攻撃をうけていない状態、要するに自分の勢力範囲に敵を入れない、ということで、今の所それには成功している。

でも、こちらの予想を上回る兵力で攻め寄せて来られたら、 ひとたまりもない。

鳴海限定で言えば、中島砦という攻撃目標の固定には成功しているものの、攻撃の時期や兵力量、といった事は今川にアドバンテージがある。

それを打ち消すにはどうするか。

…こちらから攻めるしかない。攻めこんで、今川の好きにさせないようにする。

相手の勢力圏に攻め込んで自分の勢力圏外で戦争を行えば、逆に自分の勢力圏内は平穏無事ということになる。

が、それは彼我の兵力差からいって、とても難しい。

三河方面に回せる戦力もない。防戦で手一杯なのだ。


 「やあ、せき。帰ったよ」

「ご無事のお帰り、嬉しゅうございます」

せきに具足を脱がせてもらい、一風呂浴びた後、メシを食べる。


 せきと、とりとめの無い話をしながらも対今川についてずっと考えていた。

…那古野は今、対織田信清で精一杯だ。が、それは那古野の都合で、今川の都合ではない。確実に今川勢は尾張に攻め寄せてくる。

今は1553年だけど、来年つまり1554年には今川・武田・北条の間で三国同盟という安全保障が成立する。

これで今川は国境を接する武田、北条に攻められる心配がなくなる。

今はまだその三国同盟は結ばれてはいないが、すでに今川と武田は同盟状態、北条とも同盟に近い状態での和睦状態で、後顧の憂いというやつが無いのだ。

国境を接する二つの勢力とこういう状況である以上、今川が自分の勢力を伸ばすには当然、西の尾張に向かう、ということになる。

桶狭間と呼ばれる戦いの時、今川義元は上洛のためでは無く、一戦で尾張を物にするためにあれだけの大軍を動かしたのだと俺は思う。

駿府、遠江、三河と制しても、京は近いわけではない。

周りに攻められる心配が無い以上、上洛は焦らなくてもいいんだし、むしろ京へ向かう途中の小癪な障害物を完璧に叩き潰し、さらに自分の権力を強固なものにする方が義元としても好都合であるはずだ。勢力がでかい方が当然発言力も大きくなる。

そんな状況だから、これから先いつ桶狭間に似た状況になってもおかしくない。

そして現時点での信長の勝利する確率は、当然桶狭間の時より低い。

最低でも尾張統一まで時間を稼がなくてはならないのだ。


 タイムスリップする前も、俺はずっと不思議に思っていた。

なぜ今川義元は、信長が尾張統一をする前に、彼を潰さなかったのだろうか、と。

…まあこれは後出しジャンケンみたいなもので、後世の人間があれこれ言っても仕方ないことなんだけども。

信長が尾張を統一した後でも、織田と今川の兵力差は歴然としていたから、そんなに細かく考えていなかったのかも知れない。

三河統治に手間取り、というか時間をかけて、尾張に本格的な侵攻をすることができなかったのかもしれない。

が、それでも織田信秀が死去し、信長がその跡を継いでその屋台骨が固まる前に何らかの痛撃を与えていれば、信長は尾張統一どころか、尾張下四郡すらものに出来なかっただろう、と思う。

鳴海に居た山口教継が今川についた時が、今川にとって尾張下四郡を簡単に手に入れる事の出来る最大のチャンスだっただろう、とも思う。

赤塚の戦で今川があと三千も出していれば、結果はどうなっていたか。

織田信秀が那古野を取る前は、那古野は今川のものだったのだ。今川としては尾張下四郡全てを掌握できなくとも、せめて那古野は取り返さねば、と思っていただろう。

…まあ、俺も知識不足だ。信長・信行の確執は知っていても、信長が尾張統一までに何をして、何があったかまで細かく知って居る訳じゃない。

目安となる出来事以外は、ほぼ知らないに等しい。


 「帰ってきても頭の中は戦の事でいっぱいのようでございますね、ふふふ」

「あ、ごめん」

せきの言葉に我に返る。

「…せき。せきが誰かと喧嘩しているとする。一対一なら同じくらいの強さなんだけど、でもその誰かは、子分が沢山いるんだよ」

「はい」

「せきならどうする」

「…どうすると言われても」

困った顔のせきも可愛いな。

「どんな答えでもいいから言ってみて」

「その誰かさんの言う事を、子分が聞かぬようにします」

…ふむ。

「どうやって聞かぬようにするんだい」

と俺が言うと、さらにせきは困った顔をする。

「それは…分かりませぬ」

「あはは、そうだよねえ。ありがと、せき」

「ふふ」

ふむ。…なるほど、なるほど。…何かヒントにはなりそうだ。












 那古野の侍たちは、軽い緊張感に包まれていた。

織田信清との事もあったが、一番の原因は織田勘十郎信行が那古野に来ている、という事だった。


 大和左兵衛に付き添われ、二人の従者と共に那古野に入った彼は、とりあえずの落ち着き先として、大和左兵衛の拝領屋敷に入った。

「勘十郎さま、とりあえずこの屋敷を使うてくだされ。それがしは鳴海に向かわねばなりませぬし、この屋敷をほとんど使う事がありませぬゆえ」

「忝い。お主は兄者に会わんのか」

と頭を下げながら勘十郎が言う。

「ハハ、一刻も早う鳴海に戻りませぬと、オトナ達が何をしでかすか分かりませぬ。…仔細は、これから平手監物さまと会ってそれがしが話しまするゆえ、それから、という事で」

「そうか。造作をかける」

再び勘十郎は頭を下げた。頭を下げられた大和左兵衛はいいえいいえ、と言いながら屋敷を出て行った。

屋敷の中は、勘十郎信行、橋本十蔵、長田五兵衛だけになった。

自らの荷を降ろし、勘十郎の荷を受け取りながら十蔵が口を開いた。

「勘十郎さま、これからどうなるのでござりましょう」

「わからぬ。が、とりあえずはここが当分の住まいじゃ。左兵衛もああ言うて居ったし、三人で掃除でもするかの」


 橋本十蔵は、勘十郎さまは変わった、と思った。以前のような暗さが随分と減っている。

三人で掃除などと、軽く接してくる方ではなかったのだが…

が、十蔵は勘十郎の変化を好ましく思っていた。

主筋とは云え、まだ小童のような歳の方じゃ。もっともっと変わられる。先が楽しみじゃわい。

「ハハ、五兵衛どの、勘十郎さまがああ申して居る。掃除じゃ、掃除」

言われた五兵衛はぽかんとしていた。




 勘十郎に渡した俺の屋敷と、若旦那の屋敷は近い。

やっぱり監物どのより、若旦那って呼んだ方がしっくりくるな。

「…勘十郎さまを那古野に連れてきてどうするというのだ、左兵衛よ」

想像はしていたが、若旦那の顔は険しい。

「俺じゃない、勘十郎さまが那古野に行くって言い出したんだよ。大殿に謝って、今までの事も全て詫びるそうだ」

「いつからお主は勘十郎さまの家臣になったのじゃ」

「は? なってなんかねえよ。鳴海に戻る途中だから、那古野まで一緒に来ただけだ」

「ふむ…大殿のオトナとしての詮索はここまでにしておくか。…ようやったのう、左兵衛」

その言葉と同時に若旦那の顔がほころぶ。

詮索なんかしなくても分かってるんだろうが。まったく、少し意地悪くなったんじゃないか。

「疲れた。走り回っただけで何もしていない」

「その走りまわった、という事が大事なのじゃ。いざ鎌倉、という時に、お主は走りまわって影ながら大殿を助けた」

「でも末森を取られたぞ」

「末森は仕方がない。勘十郎さまが敵でも味方でも、結局は織田信清どのに落とされたであろう」

「何だって」

「織田信清どのは、誰の味方、というわけでは無いようじゃ。利あるところ動くといった感じかの」

信長の言うところによれば、たとえ勘十郎が味方であろうと、殺すだろうという事だった。

織田信清も守護代の座を狙っているという。守護代になるのに邪魔な親戚は根絶やしにするであろうよ、とも言っていたそうだ。


 「ひどいな」

「その非道いやつが動き出した。今は嵐の前の静けさ、のようなもんじゃ。尾張は荒れるぞ」

荒れるぞ、と若旦那は人事のように言うが、荒れないようにしなきゃいけないだろ。

「大殿はどうするつもりなんだろう。叩くのか、どうにかして手なずけるのか」

「叩きたいとは思うておられるがのう」

「…今川の動きが心配、ということか」

やはりそこか。

「若旦那よ。大殿は信清に勝てるのか」

「何も邪魔が入らなければの」

「なら、東からの邪魔は入らぬようしてみせる」

「まことか」

「まだ分からないけどな。策が成ったら知らせるから、信清をやっつけてくれよ」

「任せろ。ヌシの策が成ったら大殿に進言するわい」

若旦那はハハと笑った。

いまいち信じていないみたいだな…。


 「若旦那」

「何じゃ」

俺の真面目な表情に、若旦那も姿勢を正す。

「俺は命を賭けている。大殿には天下を取ってもらいたい」

「天下、だと」

若旦那は呆気に取られた表情をしている。

「俺のいた世界では、大殿は天下を取る寸前に死んだ」

「……」

「言ってはならん事だけどな。俺は歴史を学んで、学ぶうちに大殿が好きになった。憧れではあったけど、本物の大殿を見てもそれは変わらん。大殿の天下を見てみたいんだ」

「天下をとる、という事は室町将軍を凌ぐ、ということか」

「そうだ」

「出来るかのう」

若旦那は首を傾げる。

「出来るとも。が、身内を束ねて一丸とならねば無理だ。そのためにも不毛な身内の喧嘩は金輪際無しにしてくれ」

「勘十郎さまのことか。ハハ、大殿とて分かって居るわい」

分かってはいてもどうなるか分からないからな。若旦那にも釘をさしとかないと。

「ならいいけど。じゃ、俺はこれで」

「もう行くのか」

「早く鳴海に戻って今川に備えんと。いちおう城主さまだし」

「そうか。せきも寂しい思いをしておるだろうからの」

「ハハ」

昼間ではあったが、そういって盃を酌み交わして別れた。






 まあ二日しか空けていないからな。特に変わっていることもない。

夜が明けて、朝飯食って、城を見て回って、皆を武者溜まりに集めた。

集まったのは、平井信正、服部小平太、乾作兵衛、植村八郎、蜂屋般若介、佐々内蔵助、菅谷長頼。岩室三郎兵衛は中島砦に詰めている。

集まった皆がそれぞれ、またぞろ何か起きたのか、と神妙な顔をしている。

「信正。鳴海には中島砦も合わせ、いかほどの兵が居る」

「はっ。五百三十にござりまする」

「各郷から集めた徴募の兵はいかほどか」

「五百三十のうち、百三十にござりまする」

「よし。…八郎、まだ三河に蔓はあるか」

「鳳来寺に戻れば何とかなりまするが…殿、何をなさるので」

八郎の言葉と同時に皆が俺の顔を注視する。


 「今川を嵌める」

俺の言葉に皆ギョッとした。

リアルが忙しくて更新が遅れてしまいました。申し訳ありません。これから先、筆のスピードを上げられたらと思います。

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