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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
47/116

夜が明けて

 那古野城に、守山城からの報せが入った。


犬山より織田信清が攻め寄せ、末森城に入る。その数凡そ二千五百。追撃を受けたものの、守山までは寄せては来なかった。末森は奪われたものの、勘十郎信行、柴田権六は味方についた。


 という。

「 どう思うか、五郎右衛門」

と、信長は平手監物に問うた。

「死んだ守護代も、厄介な男に声をかけたもので。兄弟喧嘩が仕舞いになったのは祝着にござりまする」


 五郎右衛門は苦笑した。信長も苦笑を返す。

「ぬかせっ。…確かに厄介じゃが、どうにかせねばならん。何か手はないかの」

「…大殿は、信清をどうなされたいので」

信長は、平手監物の言に一瞬きょとんとしたが、

「知れたこと。あやつの土地は元々我等の物ぞ。親父が死んだのをいいことに、押領し放題じゃ。たとえ従兄とは云え、いずれ滅ぼす」

と憎々しげに言う。

信長の怒りの形相は凄まじい。

怒声は常人離れした大きさであるし、家中の誰もが縮み上がる。平然としていられるのは前田又左とこの平手監物くらいのものだった。

「…信清は滅ぼす、では信清の伜はどうなさるおつもりで」

「あやつに伜が居ったか…まだ居らぬか。五郎右衛門、お前は俺を諫めておるのか」

信長はそう言って笑った。平手監物は何も言わず平伏した。








 俺はまだ守山城にいる。

殿軍を務めあげ守山城に無事に着いた時は、織田信光をはじめ、皆が歓呼の声で迎えてくれた。

服部小平太や蜂屋般若介は元々うまが合うのか、

「管仲、楽毅、諸葛孔明にも劣らぬ名将じゃ。仕えがいがあるというものよ」

などと褒め囃している。

褒められるのは嬉しいけど、比較対象が大人物すぎるし、逆に縮こまってしまう。

篝火で敵を脅す、なんて、徳川家康のまんまパクりなんだよなあ。

…まあ当の徳川家康はまだ子供で、今川の人質な上に姓もまだ松平だから、パクリってバレる心配は絶対ないからいいけど。

今川と言えば、早く鳴海に戻りたい。

城主がいつまでも不在では、鳴海に残っている連中も不安だろう。

…とりあえず不安であって欲しいもんだ。いない方がいい、と思われていたら堪らない。

というか、眠い。

守山に戻って一刻ほどしか寝ていない。とにかく眠い。

武者溜まりでゴロンと横になって、ボーッと天井を見ていると、勘十郎信行がやって来た。

慌てて起き上がろうとすると、

「そのままでよい」

と言って、俺の脇に腰を下ろした。

そのままでよい、とは言われても、こっちの方が気まずい。起き上がって勘十郎に向き直った。

「左兵衛」

「はい」

「三郎兄者は偉いか」


 …なんで俺に聞くんだ。

「何ゆえそれがしにお聞きになさるので」

「信広兄者は煙に巻いた事しか言わぬし、信光叔父御は、ワシは三郎が好きでのう、としか言わぬ。柴田は型通りの事しか言わぬ。それでお主に聞きに参ったのじゃ」

…なるほど。

「偉いか偉くないかは判りませぬが、なさろうとしている事は判りまする」

「…尾張をまとめる、という事か」

「はい」

「守護の名の下に、ではいかぬのか」

「いかぬ、のでしょう」


 …断言は避けたいけど、断言してやらないとまたいざこざを起こしかねないからなあ。

「何ゆえであろうか」

「室町の制に依らぬ国づくりを考えておるのではなかろうかと。言いにくき事ながら、守護や三管四職の意向に左右される室町将軍では駄目だ、と思うて居られるのかも知れませぬ」

「なるほどのう」

やはり物の分からぬ人間ではないらしい。

「勘十郎さまは、室町初代の尊氏公や鎌倉初代の頼朝公をどう思われまするか」

「武家の力を世に示し、四海をまとめた偉き人よ」

「では何ゆえ両人は幕府を開く事が出来たのでござろうか」

「世が乱れ、帝の力を以てしても世が定まらぬゆえ、帝は武家の力を以てして治めさせた」


…細かい認識の是非は置くとして、勘十郎の認識は大筋では間違ってない。と思う。

「で、ござりまする。では今の世はどうでござりまするか」

「…悲しき事ながら、乱れておるのう……あ、成程」

と言いながら勘十郎は視線を落とす。視線を落としながら、何度も小さく頷いている。

「お分かりでござりまするか」

「力なくば権威は保てぬ、という事じゃな」

勘十郎は顔をあげた。

「左様にござりまする。大殿が守護の名で尾張をまとめても、国人たちは大殿に靡きこそすれ、力を持たぬ守護には靡かぬのです。であれば守護は要らぬ、という事になりまする」

やっぱり断定で押し通すしかないな、ここは。

「分かった。やはり弾正忠家の当主は三郎兄者じゃ。それがしなどでは到底家は保てぬ。守護代に引っ掻き回されて仕舞いであったろうな」

勘十郎の顔は晴々としている。相当、色々悩んだんだろう。

何だか大仕事を終わらせた気分だ。


 晴々とした表情の勘十郎信行は話を続ける。

「左兵衛。那古野に向かうゆえ、着いてきてはくれぬか。お主も鳴海に戻らねばならぬのであろう」

「…柴田どのが居られるではありませんか」

俺の至極もっともな返事に、勘十郎信行は笑う。

「柴田や佐久間大学は与力として守山に残す。…一人で兄者に会うて、色々と語りたいのじゃ。遅き事かも知れんがの」

…意外だけども、これなら兄弟仲良くやっていけるだろう。兄弟喧嘩はともかく、いがみ合って殺しあうなんて見たくはない。

「よき考えにござりまする。お二人が手を取り合えば、弾正忠家は益々栄えましょう」

俺の言葉に勘十郎は照れているようだった。

「…何やらこそばゆいのう。…これからも宜しく頼む。弾正忠家を支えてくれ」

「はっ。では、信光さま、信広さまの元へ参りましょうか。勝手に守山を離れる訳には参りませぬゆえ」


 俺が勘十郎信行の随行も兼ねて那古野に寄り、鳴海に帰る旨を伝えると、織田信光と信広はかなり名残り惜しそうだった。

「左兵衛、そちが居なくば、安祥の二の舞になっておったやも知れぬ。礼を言うぞ」

と普段は人を喰ったような態度の信広は深々と頭を下げるし、

「ヌシが居れば戦の進退は全て任せるのじゃがのう、残念じゃ。鳴海に戻っても、たまには顔を見せに参れ」

と信光は俺の諸手を固く握って泣きそうな顔をしていた。

…まあ顔を覚えてもらったのは有難いことだ。何かあったら少しは助けてくれるかもしれないしな。

鳴海から夜間に強行軍で出発して、星崎、守山、そして殿軍。少し寝たら夜が明けて…一日しか経ってないのか。

やたら密度の濃い一日だったな。背中の傷はまだ痛むけど、早く鳴海に戻らないと。

「では勘十郎さま、参りましょうか」

「うむ。短い道中だが、徒然草と参ろうか、ハハ」


 俺に付き従うのは、服部小平太、蜂屋般若介と菅谷長頼、三十騎の生き残りの十五騎。

勘十郎の方は橋本十蔵、信光の好意で長田五兵衛の二人だけだ。


 守山を出てしばらくすると、後ろから駆けて寄って来る一騎の馬乗り侍がいた。

柴田権六だった。

そういえば、城を出るときも見送りに姿を見なかったな。…与力として守山に置く、と言われては、胸の内は複雑だったろう。

勘十郎に信頼されてない、と思わなければいいけど。

「…勘十郎さま、大殿は良き方にござりまする。心配なさりますな。…それと、左兵衛どの」

かなりの大声だ。…照れ隠しかな。

「何でござろう」

「勘十郎さまを宜しくお頼み申すっ。金打をっ」

俺の返事を待たず、柴田権六は太刀を高く掲げて鍔をカチッと鳴らす。…せめて返事させてくれよ、もう。

勘十郎のオトナになった訳ではないけど、金打されては仕方が無い。

「金打っ。しかとお任せを」

俺がそう言ったとき、勘十郎が口を開いた。

「権六よっ。そなたを信じぬのではないぞっ。兄者の元で、一人で、己の力を試してみたいのじゃ。ゆえ、そなたを連れて行かぬのじゃっ。そなたは…そなたは」

勘十郎は泣いていた。柴田権六も涙を堪えている。

…十六年も一緒だったんだものなあ。つらいだろう。

「ハハ、若、今生の別れではござりませぬぞ。分かっておりまするゆえ、安堵なされませい。…ではっ」

名残惜しさをスパッと断ち切るように柴田権六は去って行く。


 「…左兵衛、また見苦しい処を見せてしもうたのう。忘れてくれ」

勘十郎信行は目を腫らして笑っていた。

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