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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
45/116

伏兵

 末森勢と合流を果たした守山勢先手は、末森城になだれ込もうとする林勢の中備に打ち掛かっていた。

「柴田さま、城には我等が掛かるゆえ、勘十郎さまや佐久間大学さまと共に下がられよ」

服部小平太は柴田権六に退却を勧めるが、柴田権六はそれを聞かない。

「いや、今度のことは我等が責めを負わねばならぬ事。死んでも死にきれぬわ」

どうやら柴田権六はここで死ぬ気らしい。柴田の言葉を聴いた小平太は、思わず拳骨で柴田権六の胸を突いていた。

「馬鹿でござるかっ。柴田さまが死んだら、勘十郎さまは誰を頼りになされば良いのじゃ。勘十郎さまと早う下がって、信広さまの元に行かさっしゃい。死ぬなどもってのほかじゃ」

小平太は特に勘十郎信行や柴田権六が好きというわけではなかった。が、城を捨てて逃げねばならぬ末森勢の事を思うと、ここで死ぬ、などという柴田権六に腹が立ったのである。


  「服部小平太とやら。ヌシは守山の者か」

「いきさつで守山勢の物頭として此処に居るだけでござってのう。それがしは鳴海、大和左兵衛尉のオトナ、服部小平太一忠でござる」

大和左兵衛尉と聞いて、柴田権六はオッという顔をする。

「…左兵衛が家の者か。ワシは前に左兵衛に…まあよい。左兵衛のオトナならば、ワシを叩くなど造作もないの、カハハ」

という柴田権六の言葉に、小平太は自分が手を出した事に初めて気付き、

「も、申し訳ござりませぬっ。咄嗟の事とは云え、平にご容赦を」

と翔び下がって土下座した。

「よい。ヌシの言う通りじゃ。確かにワシが死んだら、勘十郎さまは頼る者が居らぬようになる。言うてくれて、有り難い、ハハ」

と言った柴田権六の顔からは、いつの間にか険が取れていた。


 後方の織田信広の元に使いに出ていた橋本十蔵が戻って来た。先手の使者、長田五兵衛も一緒だ。

末森城に居たということもあり、末森城の攻め手に詳しい佐久間大学と織田勘十郎、そして共に城を攻めていた菅谷長頼も集まってきている。

「おお、皆お揃いで。信広さまは、一旦陣を下げよ、との仰せにござりまする」

「確かにもう、月明かりだけではどうにもいかぬ。菅谷よ、鉄砲の届かぬ所まで陣を下げさせよ」

「はっ」

柴田権六の言葉に、菅谷長頼は服部小平太を促し、走っていく。


 織田勘十郎は走り去る二人を見ていたが、柴田権六と佐久間大学に向き直ると、

「城を出る前に言いかけた事じゃが」

と、回りを憚るように口を開いた。

釣られて柴田権六も小声になる。

「…もう一つの策が、という事でござりましたな」

「…それがしは初耳にござりまするが」

と佐久間大学も聴いてくる。

佐久間大学も勘十郎信行に付けられたオトナの一人である。が、彼は政治的野心の欠片もない実直な侍であった。

「ふむ。柴田も大学も聞け。守護代の策にもう一枚絡んでおる者が居る。…犬山城の織田信清じゃ」

勘十郎の言葉に、柴田権六と佐久間大学は蝋漬けのように固まった。


 犬山の織田信清。

彼も信秀時代には弾正忠家に付き従っていた織田家の一門である。

信長の父・信秀が死去すると弾正忠家の土地を押領し、守護代信友にも付かず、信長にも付かず独立勢力として沈黙を守っている人物である。

守護代信友からも信長からも腫れ物のように見られており、抱える軍勢は二千を越えた。

「…犬山勢が動く、と申されるので」

そう言う佐久間大学の顔には恐怖がある。

「されど勘十郎さま、犬山から末森は遠ござる。犬山と末森の間には守山城が有る、末森より、守山を衝くのではござらぬか」

と柴田権六は疑問を呈する。


 勘十郎信行は、柴田権六の問いに目を伏せ、大きく息を吸い込んだ。

「いや、犬山勢は城攻めに来るのではない。援兵として来るのだ。守護代は我等末森の衆を味方として策を立てておる。清洲を攻める大殿の裏をかくとすれば、守山城を攻めて次は那古野、と時を取られるよりも小牧、長久手と抜けて東から一旦末森に入り、我等と合力して那古野を衝くように見せるだろう」

疑問の答えとなる勘十郎の言葉に、柴田権六と佐久間大学は絶句した。







 末森城に入った林佐渡は、弟の死を悲しむ暇も無く大手門の修復を急がせていた。

城に入った林勢の数は三百を切っている。


 「落としたものの、これからどうするか」

と、オトナの今井修理亮に半ば独語のように問う。

「…今頃は既に清洲も落ちていましょうな。が、守山勢が引いたのは明るい兆しにござりまする、気を落とされますな」

答える今井修理亮は、主の気分を盛り上げようと精一杯の笑顔を作る。

「確かにの。修理亮、物見を…」

と林佐渡が言いかけた時、組頭の一人が駆け寄ってきた。東に、此方に向かう松明の灯りがちらほら見える、というのだ。

林佐渡と今井修理亮は急いで本丸にかけ上がる。

「確かに見えるの。…しかも数がどんどん増えよる」

「殿、これは」

これは、という今井修理亮の言葉に、林佐渡は考えこんだ。

…東。遠回りに鳴海から来たのか。いや、国ざかいにそんな余裕は無い筈だ。笠寺や星崎も違うだろう。では何だ。


 林佐渡が考えている間にも松明はどんどん増え、等間隔に数えられるだけでも五十を越えた。越えたところで林佐渡は数えるのを止めた。

「修理亮、おそらく敵と思うた方がよい。疲れておるとは思うが、兵共に城に籠る支度をさせよ」

「畏まってござる」

今井修理亮は本丸を降りていく。









 先手の殿軍を務めていた服部小平太が戻ってきた。…無事で良かった、本当に。

これで守山勢は集結したことになる。

末森を脱出してきた連中も加えると、およそ二百。

物見として橋本十蔵、長田五兵衛が馬で脇を駆けていく。


 「大和どの、犬追物以来でござるの、息災か」

声の主は柴田権六だった。

…啖呵を切って、喧嘩別れみたいになったままだからなあ。まだ怒っているんだろうか。

「その節は大変申し訳ない事を。まことに汗顔の至りというやつで」

柴田権六にペコペコ頭を下げていると、

「あの折はそれがしも見苦しいところを見られた。忘れて下されよ」

と、勘十郎信行も苦笑しながら話しかけてくる。

そういえば信行は、あのとき小便漏らしていたっけ。

…今思うと、殴らないでおいて良かった。

今度は服部小平太が近寄ってくる。

「…殿、柴田さまに何をしたのでござるか」

「何で」

「死のうとなさる柴田さまを止めようと、…その、拳骨を喰らわせたのでござるが」

「な、何だと」

小平太の言葉に俺は唖然となった。

「左兵衛のオトナならワシを殴るなど造作もないの、と言われましたぞ…一体何をなさったので」

「お前こそ柴田どのを殴るなんて何をやってんだっ…柴田どの、オトナとは云え家の者のご無礼、重ね重ねお詫び申し上げる」

再び俺はペコペコ頭を下げた。…まったく小平太め。


 末森城は敵の手に渡してしまったものの、合流を果たした事により守山勢の中には安堵した空気が流れていた。

「柴田、大和よ。この先どうすれば良いと思うか」

織田信広が俺と柴田権六に訊ねてくる。

「はっ、守山まで下がり様子見が一番か、と」

と柴田権六は言う。

「ふむ。大和はどうじゃ」

「はっ、守山まで下がるのが一番かと思われまするが、手勢は出したままにしておいた方が宜しいかと」

「大和は林勢が出てくると思うのか」

「いえ、それがしは勘十郎さまが末森を捨てたことが解せぬのです。勘十郎さまを敵として見ている訳ではなく、敵がまだ何か仕掛けて居るのではないかと」

俺はさっきまで考えていたことを皆に説明した。

「ふむ。一理あるような気がするが、勘十郎、どうじゃ」

信広に問われた勘十郎信行は皆の前に進み出る。表情は暗い。…やっぱり何かあったか。

「大和どのの言う通りにござる。…犬山の織田信清が向かって来まする」

「何だと。勘十郎、そちは」

「…それがしの鬱憤が守護代の狙う処となり、今日の事を招いた事は承知しておりまする。命に代えてお詫びをっ」

信行はそう言うとひざまづいて脇差を抜き自分の腹を刺そうとした。 慌てて柴田権六と菅谷長頼が取り押さえる。


 勘十郎信行は泣いていた。

可哀想というか、人は、特に上に立つ人間は思い通りには生きられない、というか。

声をかけてやりたいが、何と言えばいいか分からない。

そこに、末森の物見に出ていた橋本十蔵、長田五兵衛が戻ってきた。長田五兵衛が信広に報告する。

「末森城におびただしき軍勢が居りまする。軍勢は城の外に溢れ、二千は下らぬかと」

「橋本はどう見た」

「同じにござりまするが、二千五百は居るものかと」

「…ちと我等では手に余るのう」

織田信広は嘆息した。


 …二千から二千五百。想像がつかない。

赤塚のときだって相手は千くらいだった。二千を越える軍勢なんて見たことがない。

つい、末森の方を見てしまう。仄かに明るい。

服部小平太が俺の側に寄る。緊張しているようだ。

「…殿、地鳴りが聴こえませぬか」


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