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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
43/116

末森城

 服部小平太は守山城に着いた。

彼の任務は、守山城の守備に就いている織田信光と織田信広に、林佐渡に対するための協力を請うことである。

すでに守山城には那古野を脱した菅谷長頼が到着しており、事のいきさつは信光、信広両者の知るところとなっている。


 「小平太、よう来た。そちが来た訳は大体判るが…左兵衛は何と言っておる」

織田信光が服部小平太に声をかけた。

守山城の武者溜まりには、織田信光、信広、菅谷長頼、服部小平太が集まっている。

「はっ。星崎の岡田直教どのと合力し、その岡田どのには那古野を押さえてもらい、左兵衛さまご自身は蜂屋般若介とこの守山に向かって居りまする」

小平太は左兵衛の動きを説明した。

「動きは判る。左兵衛自身は何と言っておるのだ」

信光は少し苛々したように小平太を睨んだ。

「あ。…何も聞いて居りませぬ」

「こら。使いに出るのに自分の主の口上を聴いておらんのか」

横で聞いていた織田信広が、笑いながら小平太をたしなめた。小平太は真っ赤になって下を向いている。


 「…まあ、よい。我等に合力を請うと云う事は、那古野方であることは間違い無さそうだの」

信光も笑いながら小平太を見る。

「分からぬぞ叔父御。我等を口説いて末森に向かうやもしれぬぞ。ワシはどっちでも構わんがの、カハハ」

などと信広は笑いながら少し物騒な事を言った。皆がぎょっとして信広を見る。

「ワシはただの穀潰しじゃからの。家督は三郎でも勘十郎でも、どちらでも構わぬのよ、アハハ」

その信広の言葉に、菅谷長頼が噛み付く。

「信広さまは、大殿がお嫌いなのでござりまするか」

「嫌いではない。腹違いとは云え弟じゃ。が、勘十郎も同じ弟じゃ。どちらが好き、とかいう事では無い、という事よ」

信広はそう言って苦笑した。


 「ところで小平太。左兵衛はいつ頃此処に着くか」

再び信光が口を開く。

「はっ。一旦星崎に寄るものと思われますゆえ、あと一刻ほどでこちらに着くかと」

「…ふむ。どうする信広」

「ただ左兵衛を待っておるのもつたなかろうと思うゆえ、こちらから末森に押し出しては如何」

「我等だけでか」

自分たちだけで打って出る、という信広の言葉に、信光は少し不安な顔をする。


 「我等だけでじゃ。叔父御も相変わらず心配面よのう。…末森の村に火を付ける。付けた上で、末森に問うのよ。追捕使としてな。清洲の一味、林佐渡と同心か、と」

「林佐渡と清洲は同心しとるのか」

「ハハ、同心しとるかしとらんかは林佐渡しか知らんわい。林が、清洲攻めの時を狙うて謀反した、という事が要よ。同心しておってもおかしくはない。が、この際それはどうでもよい。…長頼、ところで御曹司さまはどこにおわすのか」

信広は誰もが忘れていた事を口にした。尾張守護・斯波義統の嫡子、斯波義銀の存在である。


 「…御曹司さまは大殿が那古野を発ってすぐ、平手のご隠居の指図で、福富に難を逃れて居りまする。表向きは鷹狩りと云う事にて。それがしとご隠居しか知らぬ事にござりまする」

そう言うと、菅谷長頼は重荷が取れたような顔をしていた。

「それはよい。戦が終わるまでそのまま福富に居てもらおうか。…叔父御、どうする」

「ふむ。身内の喧嘩じゃからのう。先に手を出して焦らせた方がいいかもしれんの。出るか。陣触れじゃ」

信広は信光の言葉が終わらぬうちに武者溜まりを出ていった。

「ワシは残る。空には出来んからの。菅谷、先手を任す。小平太、菅谷は初陣じゃ。介添せよ」

「はっ」

「ははっ」








 やっとの事で星崎に着いた。先発は騎馬五十騎だけで出たのだが、星崎に着いて数えてみると三十騎になっていた。

…ま、後からちゃんと着いてくれればいいか。


 「大和どの。吉兵衛どのから仔細は聴いた。物見はすでに那古野に向かわせてござるぞ」

挨拶もそこそこに、岡田直教は俺の肩に手を回してドヤ顔だ。

「ハハ、まことに助かる事で。岡田どのは那古野に向かい、城を押さえて下され。おそらく林佐渡は、那古野には兵を残してはいないはず。残しておっても数は少ないでしょう。星崎の守りは我等の手勢が追っ付け駆けつけて手伝いますゆえ、ご心配なく」

「心得た。で、大和どのはどちらへ」

「守山に向かいます。信光さまと合力するのでござる」

「ふむ。握り飯をたんと拵えてござる。すでに包んであるゆえ、好きなだけ持っていかれよ」

気が利くなあ。まじでありがたい。


 「忝ない。那古野に着いたら、大殿に使者を」

「かしこまってござる」

「では、急ぐゆえこれにて。事が終わりましたらどぶろくでも」

俺は指で輪を作って、口に運ぶ仕草をしてみせた。

「ハハ、屹度でござるぞ、どぶろく殿」

岡田どのは笑いながら俺を見送る。

同じ釜の飯を食った仲、戦友というのは心強く、気持ちのいいものだ。

…俺はもう、この時代の人間だ。

二度と振り返ることはしまい。








 「佐渡どの。お主は勘十郎さまを滅ぼす気か」

柴田権六郎勝家は冷めた目で林佐渡と林美作を見ている。


 末森に着いた林佐渡は、とりあえず兵は城外に留め置き、先に弟の林美作と供の者十名ほどで末森城に登った。

突然の事でもあり、末森側の過剰な反応を避ける為である。

「柴田どの。お主は今が潮とは思わぬのか」

「思わぬ」

柴田権六の思わぬ拒絶の態度に、林佐渡は困惑していた。

「…なにゆえか」

「それがしは勘十郎さまの後見じゃ。後見の役目は勘十郎さまを誤らせぬ為にあるのであって、弾正忠家の当主にする為にあるのではない」

「まことにそう思うのか」

「まことに思うて居る。お主は知らぬだろうが、大殿は松葉深田攻めの折、それがしに優しき言葉をかけて下された。が、それがしは、勘十郎さまの後見である事を訳にして、それを退けた。…毒を盛られた折も勘十郎さまを庇い、何も云わず那古野に帰られた。あれ以来、勘十郎さまも以前のように大殿を悪しざまに罵る事は無くなった」


 林佐渡にとって、全てが意外だった。

柴田権六が信長の事を大殿と呼んでいるのも意外だったし、信行が大人しくなったのも意外だった。

…毒騒ぎ以来、繋ぎを断ったのが裏目に出たか。

林佐渡はそう思わざるを得なかった。

そのまま柴田権六と林佐渡の間でしばし沈黙が流れる。

その沈黙を打ち破ったのは、柴田権六に飛んで襲いかかった林美作と、血を流しながら転がり避ける柴田権六だった。

柴田権六は後退り、おのれ、と林兄弟を睨みながら部屋を走り出ていく。


 「…な、何をっ」

声は発したものの、咄嗟の事で林佐渡は動けなかった。

「…しくじり申した。兄者、勘十郎さまを質に取って籠城じゃ。外の兵を入れねば」

弟・林美作の行動に、林佐渡は唖然となった。

「質に取って籠城じゃとっ。何を考えとるのだ」

「他に手があるかっ。我等の為に立って貰う、という形で質に取るのじゃ。説き伏せて応じて貰えばよいではないか」

「馬鹿っ。勘十郎さまは筋の通らぬ事は大嫌いな方じゃ。質された上に説かれて筋を曲げるなど、容れて下さるはずが無いわっ。城を出るぞっ」

「ならば、出る前に尚更勘十郎さまを質に取らねばならぬではないか」

そう言うが早いか、林美作は勘十郎信行の寝所に向かって駆け出した。


 予想もしない顛末に、林佐渡は膝の力が抜けていくのを感じていた。

感じながらも、林佐渡は弟を追いかける。

が、林佐渡が寝所にたどり着いた時にはもうそこには勘十郎の姿はなく、有るのは立ち尽くす弟の姿と、柴田権六のものであろう血痕だけであった。

「…美作よ。行くぞ。早うせねば城の者に気取られる。…斬られるぞ」

「兄者」

二人は駆け出した。待たせておいた供の者と合流し、大手門めがけて走る。

「兄者…済まぬ」

「ハハ、もうよい」

林佐渡は悔しげな顔で走る美作の肩を叩く。門までたどり着くと、柴田権六に言い含められたと思われる宿直の兵が林佐渡らの行く手を塞いでいた。

「林ご兄弟。神妙になされよ」

頭とおぼしき具足の者の言葉と同時に、林兄弟らに鑓が向けられる。

「頭。名は」

「長谷川与次にござる」

「我等兄弟、見事召し捕って手柄と出来るか試してみよっ」

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