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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
42/116

日は暮れて

清洲城は落城寸前だった。

東西南北全て囲まれ、那古野勢はすでに本曲輪に取り付こうとしている。

大手北口は平手家の家督を継いだ、若旦那こと平手監物五郎右衛門の担当だったが、彼は手勢に攻撃の命令を与えなかった。


…四面楚歌では、敵は窮鼠と化しましょう。わざと攻め手を緩め、敵の逃ぐるのを誘い、搦め捕るのでござりまする。


信長や諸将と話し合い、彼は手勢の半数を約五町ほど後ろに伏兵として置いていた。

「少々、あざとすぎるのでは」

金森五郎八がそう言って渋い顔をしている。

「何があざとい」

言われた平手監物は苦笑した。

「東西、南と激しく攻め立て、この北口だけ攻めぬでは、清洲勢にこちらの策が見破られるのではござらんか」

「見破られて良いのよ」

「なぜでござりまする」

「この策を清洲勢が見破るならば、逆に清洲勢は逃げとうても逃げられぬようになる。罠がある、搦め取られると判っておるのじゃからのう。城に籠もったまま東西、南のわれらの味方にやられるだけじゃ。まず勝てる。清洲勢が見破れなんだら、我等北口の備の出番となる。もともと手ぐすね引いて待って居るのじゃ、どちらに転んでも十中八九は勝てる」

「成程。されど見破った上で出てきた時は」

「その時は我等が伏兵の場所まで逃げる。そこで陣を張れば、今度は清洲勢が城と我等に挟まれる事になる。これもまた、まず勝てるであろう。大殿にも、伏兵の飯尾茂助と塙九郎三郎右衛門にも言うてある」


 金森五郎八は、平手監物の策の完璧さに舌を巻いた。

…これで勝てなくては、よほど我等が馬鹿なのだろう。

「恐れ入り申した。ではそれがしも敵の動きに備えまする」

と言うと、金森五郎八は自分の配置に戻っていった。









 今日の鳴海城はとりあえず平和だ。煙草が美味い…が、その平和を乱す者がいる。毛利吉兵衛が馬上のまま駆け込んできたのだ。顔面は蒼白だ。

「さ、左兵衛さま」

煙管を銜えながら俺は吉兵衛を見る。最近俺のマイブームは煙管なのだ。…が、吉兵衛か。こいつが来るときはいつもいい事があった試しがない。

「久しいな、吉兵衛。…ただ事ではないみたいだが」

「はっ。…那古野城が落ちてござりまする。我が殿…ご隠居はお命を城と共に終わらせる気かと」

「おいおいおい。…清洲の間違いじゃないのか」

「……」

吉兵衛はわんわん泣き出した。


 「…誰が那古野を」

「林佐渡守さまにござりまする。屋敷に戻ると言うて城を出、那古野の町屋に火を付け、そのまま城に打ち掛かって来たのでござりまする」

とりあえず泣き止んだ吉兵衛から事情を訊く。林佐渡…林秀貞か。

中々思い切った事をするもんだ。でも確かにいい機会ではある。これで信長が清洲を落とせなければ、信長は完全に孤立する。

「どうやってここまで来たのだ」

「林勢が城に寄せる前に、ご隠居のお計らいで那古野城から出たのでござりまする。途中星崎の岡田直教どのにも報せ申した」

星崎、鳴海に助けを請う使者として城を出たのか。…鳴海を動く事は避けたいが。

「岡田どのは何と申した」

「鳴海の大和どの次第じゃ、と申して居りました」

…俺次第とはまた難しいことを。

「吉兵衛、来たばかりのところを済まぬが、オトナ曲輪に行って皆を呼んできてくれ。で、呼んだらそのまま星崎に使いを頼む。…俺も出るゆえ、岡田どのは物見を出して、那古野に向かう支度をなされよ、と」

「ははっ」

吉兵衛は目をごしごしこすりながら出て行った。俺も武者溜まりに向かう。


 …どうするか。史実なら林秀貞は柴田権六と共謀して信行をかつぎ、信長に反旗を翻したはずだ。謀反の時期ももう何年か後のことだったはず。吉兵衛の口ぶりからすると、もう平手の親父どのは城を枕に自害している事だろう。

結局自害した、って事か。生きていて欲しかったんだけどなあ…。

変わったようで変わらなかったり、変わらないようで変わっている事がある。

…時期や経過が変わっただけで同じ様なことが起きているとすれば、林秀貞は末森に向かうんじゃないのか。柴田や信行は、林秀貞の行動を知らないか、知ったばかりでこれから対策や方針を考えるはずだ。


 「殿っ。一大事でござるなあ」

服部小平太を先頭に、鳴海のオトナ達、与力の二人が入ってきた。そのまま皆座る。

「おう。早速だが陣立てを決める。留守居は平井信正。…信正、普段通りを装えよ。岩室三郎兵衛は村へ陣触れの使いに立て。大和左兵衛に馳走してくれる者は居らぬかとな。城に戻ったなら信正を手伝え…早く行けっ。…この城には五十を残す」

「ははっ」

「中島砦には乾作兵衛と植村八郎、二百五十を連れていけ。もし今川が来ても絶対扇川は渡らせるな。逆に渡って押し返す気でいけよ。二日耐えたら鳴海に引いて構わん」

「はっ」

「屹度」

「俺と般若介はこれより星崎に向かう。数は百だがとりあえず馬乗のみで先に出る。大物見を兼ねて居ると思え。内蔵助と徒歩立ち共は後から星崎に着ければそれでよい。小平太、支度できたら守山城に駆けよ。信光さま、信広さまに合力願うのだ」

「はっ。今すぐ発ちまする」

言うが早いか小平太は駆けていった。

「では、我等は兵を溜まり曲輪に集めまする」

般若介と内蔵助も武者溜まりを出て行く。…俺も部屋に戻って支度するか。


 「せき、ちょっと行ってくるよ。二日くらいで戻る」

「はい。無事のお帰りをお待ちしています」

せきは俺に具足を着せながら体を寄せてきた。…もしもの時は、春庵の元に身を寄せるよう、平井信正に言い含めてある。

兜の緒をきつく締める。さあ、出発だ。









 清洲勢の抵抗は思いのほか続く。

「城方も中々諦めが悪いのう。…もう日暮れか。夜になる前に片付くかの」

信長は笑っていた。城方が諦めが悪いとはいえ、那古野勢の勝ちはほぼ決まったようなものだ。信長の心は軽い。

「大殿っ、毛利新助どのがっ」

万見仙千代が、毛利新助を抱え助けるように幕内に入ってきた。毛利新助は身体じゅうが傷だらけになっている。

「…なに、新助だと。…新助っ、那古野で何があった。その首袋は何だ」

信長の顔に緊張が走る。

「大殿…。平手のご隠居の首にござりまする…那古野が」

毛利新助は泣き出した。


 「爺が…死んだか」

信長は呆然と立ち尽くしている。幕内に佐久間半介、織田信時が入ってきた事にも気付いていない。


 「爺…。死んだのか」

誰も信長に声をかけようとしない。かけられないといった方が正しいのだろう。


 「…那古野に帰るぞ」

震えながら信長がつぶやく。信長の顔は今まで誰も見たことの無い形相になっている。ますます誰も声を掛けられないでいた。

「…皆、どうした。那古野に帰ると言って居るのが分からんのか」

信長はゆっくりと皆を見回す。誰も目を合わせようとしない中、新助だけが信長を見据えている。

「どうした、新助」

「大殿。平手のご隠居の死を犬死になさるおつもりでござりまするか」

「…何だと」

新助の言葉に、信長の顔に怒気がみなぎる。新助は次の瞬間、蹴飛ばされていた。


「……。大殿、ここで清洲を落とさなければご隠居は犬死でござりまする。それが分からぬ大殿ではござりますまい。分からぬようでは大殿の器では無いわ」

蹴飛ばされ、血を流しながらも、新助は信長を見据えていた。その新助を織田信時が助け起こしながら言う。

「…よう言うた、新助。我等が言わねばならぬ事であった。大殿、全ては清洲を落としてからの話にござりまする。ここで引いては、また守護代や坂井大膳が五月蝿うなりましょう」

「…ふん。致し方ないわ、このまま攻める。夜までに落とせ」

そう言いながら信長は城の方に目をやる。その目には光る何かがあった。


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