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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
38/116

緊迫

清洲で大事件が起きた。

斯波義統が殺されたのである。


守護代・織田大和守の傀儡と化していた守護・斯波義統であったが、信長と接近するなど独自の行動を取り始めていた。

義統の嫡子・義銀も父の意を受け行動していたのだが、その義銀が僅かな手勢を率いて守護所を出た隙に、斯波義統は殺害されたのである。


「大殿。斯波義銀さま、手勢と共に着到なされましてござりまする」

菅屋九右衛門が斯波義銀を連れてきた。

義銀が広間に入ると、信長は義銀に上座を開け、平伏した。

「義銀様におかれましては、この度は何と言うてよいやら…心中ご察し致しまする」

信長は顔を上げぬまま挨拶の言葉を口にする。

「…よい。何れはこうなるであろうと思うておった。上総介、頼りにしてよいか」

よい、とは言うものの、義銀の表情は暗い。


「…それがしを追捕使として命じて頂けるのでごさりましょうか」

ふ信長は、まだ顔を上げぬままだ。

「…織田三郎、上総介信長」

「はっ」

「主命である。尾張下四郡、総追捕使に任ずる」

「はっ。御役目、屹度果たしまする」

信長は顔を上げた。

口許には微かな笑みがある。






…仕舞いぐ、らい…笑うて…

……。

笑うて、か…。

人は皆死ぬ。

橋介の人生は、納得いくものだったんだろうか…。

橋介だけではない。

今回は沢山の人が死んだ。

中島砦を守る為に。

鳴海城を守る為に。

俺が守れと命令し、死んでいった。


俺の言葉一つ一つで人が死ぬ。


「…左兵衛どの」

佐々内蔵助が話しかけてくる。蜂屋般若介も一緒だ。

俺は長い時間ボーッとしていたらしい。

「何だ」

「左兵衛どの、いつまでもそんな顔をするな」

「そうじゃ。いつまでも塞ぐな」

二人は一応俺の事を気遣ってくれているらしい。

「…そうだな」


確かにいつまでも塞ぎこんではいられない。

否応なしに、とは云え自ら選んだ道なのだ。

殿、である俺を守ってくれた橋介の為にも、俺は殿であり続けねばならない。


「近しい者が死ぬのはこたえるからのう。何時かは死ぬと分かっていても、誰もいきなり己が死ぬとは思わぬ。初七日も過ぎた。…橋介も分かって居る、気をやむな」

般若介は笑った。





織田大和守信友は焦っていた。

迷っていた。

坂井大膳が勝手にやった事とは云え、自分の家臣がした事だ。命じた事ではない、俺は知らぬ、では済まないし、誰も信じないだろう。

信長が総追捕使に任じられたらしい。

潮とばかりにこの清須に攻め寄せて来よう。


…あらゆる手を打たねばならぬ。







例によらず、信長はゴロンと横になったままだ。

「追捕使として清洲の守護代を攻める。大人しく降り、城を明け渡すならそれで仕舞い。降らぬなら力攻めじゃ」

「…されど大殿。守護代とて、此方に降るのであれば、とっくに降っておりましょう。このままでは力攻めは必定にござりまする。此方が清洲に寄せる前に、何か仕掛けてくるのではありませぬか」

と、平手監物が疑念を示す。


「ふむ…では監物なら何とする」

逆に問われた平手監物は少し考えると、

「それがしであれば、大殿に与するを了としない織田の分家の方々や、末森の勘十郎さまと語らい、大殿が清洲に攻め寄せる刻を見計ろうて那古野を攻めまする。守護代は清洲に籠っておればそれで済みまする」

と答えた。

「成る程のう。…半介はどうじゃ」


問われた佐久間半介は、

「ワシならば、清洲に攻め寄せた大殿の背後を勘十郎様に突かせまする。城はいつでも落とせますれば、先ずは大殿を何とか致しまする」

と答えた。

「ふむ。監物も半介も、俺か城かの違いはあっても、背後を狙うのは同じじゃのう。俺もその何れかだと思う。…信光叔父に末森を見張るよう頼むか」

佐久間半介も平手監物も、それがいい、と言うように深く頷いた。


信長は座り直した。

「よし、腹は決まった。清須を攻める。

俺と清洲に向かうのは、信時、平手監物、そして赤母衣、佐久間半介。信広兄者は黒母衣と共に信光叔父に与力して下され。留守居は林佐渡と、隠居ではあるが、平手中務」

「はっ」

「ははっ」

「出立は明後日とする」


信長がそこまで言ったとき、佐久間半介が再び口を開いた。

「大殿、末森に使者は遣わしませぬので」

「…使者を」

信長は今さら何を、といった顔をしている。

「使者を出したところで末森が参陣するとは思いませぬが、名分好きの勘十郎さまであれば、追捕使として此方に名分があると判れば軽々しゅうは動かぬのではありませぬか」

「…それで」

「はっ。参陣すればよし、参陣せずとも動かぬとなれば、とりあえずは此方に手向かう気はない、との証かと。何れにせよ、使者を遣わせば何らかの応えはありましょう」

「ふむ。で、半介。手向かう時は何とするのだ」

「その時は信広さまと黒母衣が動きまする。星崎、鳴海にも使いを出し、動かせるようにしておいた方がよいかと」

佐久間半介はそこまで言うと、平伏した。


信長は迷っていた。

佐久間半介の案は、事前に平手監物と話し合った事でもあったのだ。

清洲攻めの事情説明と参陣の催促。

それによって末森の立場が明らかになる。


追捕使として、追捕の為の軍を興す。表向きの理由はある。

が、末森の織田勘十郎がその理由を問題視する事も信長には分かっていた。


信長を総追捕使に命じたのは守護ではなく、守護の嫡子なのである。果して守護の嫡子に任命権はあるのか。

また追捕人とされる織田信友は守護代、守護の代理人であり、また裏面では末森・織勘十郎の支援者である。

守護が亡き今、追捕使の任命権は一時的にせよ、守護代にあるのではないか。


現在の弾正忠家と大和守家との関係性から言えば、弾正忠家が守護嫡子・斯波義銀陣営に立つのは当然すぎるほど当然である。

が、大義名分を厳密に解釈するならば、それは違うのではないか。


末森がそう声高に反論し、分家筋にも同意を求めるのを信長には想像できた。

勘十郎が、名を捨てぬまでも実を取る人間なら、参陣するか中立の立場を取るであろうし、大義名分を大事にするなら信長への叛意を露にするだろう。

そうなった場合、末森だけでなく他の親族筋にまで波及しかねない。いや、波及するだろう。

信長が弾正忠家当主であることに皆が納得しているわけではないのだ。

当主ならともかく、総追捕使として命令しても従わない事は充分考えられる事であった。


そうなれば、清洲攻めに留まらず、尾張下四郡が大乱になる。

今川の尾張侵攻が本格化する前に事を片付けてしまいたい信長にとって、それは一番避けねばならぬ事態であった。


「いや、末森へ使者は出さぬ。事が守護代の追捕だけでは済まぬ事になる恐れがあるからの。が、星崎、鳴海には使いを出し事に備えさせよ。那古野との繋ぎを密にし、手勢を出せるようにせよ、と」

「はっ」

佐久間半介は再び平伏した。

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