長谷川橋介
どうなってるんだ、これは。
中島砦に着いて早々、味方は崩れかけている。
「作兵衛っ、どういう事だっ」
「…横槍にしくじり申した」
作兵衛は目を合わせない。
「橋介が死ぬっ、般若介、内蔵助、着いてこいっ」
「殿っ、ばかっ。お止めなされ」
俺は作兵衛に羽交い締めにされたが、助けに行かないと橋介が死ぬ。
「般若介、内蔵助っ。何してる、作兵衛を剥がせっ。」
慌てて二人が作兵衛を俺から引き剥がす。
「と、殿も死ぬぞっ。止めなされっ」
「死なぬっ、作兵衛は鉄砲をっ、二人とも来いっ」
俺は馬に飛び乗った。内蔵助たちもそれに続く。
一緒に率いて来た騎馬たちに告げる。
「橋介を討たすなっ。打って出るぞっ」
大手門が開いた。
「踏みとどまれっ、三河勢と云えども同じ人ぞっ」
長谷川橋介の目が血走っている。大刀を振り回し、肩には折れた長柄が突き立っていた。
その橋介に、馬を降りた本多肥後守が立ち塞がる。
「ヌシが横槍の大将か。これまでよ」
「ぬかせっ。まだ終わらぬわい」
お互い手傷を負っているものの、それを気にする事もなく、二人はぶつかり合う。
が、かたや三河にその人ありと知られた強者、対する橋介は成り上がりの青二才。
経験も地力も、本多肥後守に到底敵うわけが無かった。
五合、十合と斬り結ぶ度に、長谷川橋介の劣勢は覆しがたいものになっていく。
「もう息が上がったか。もう少し時が有ればのう、よき強者になれたものを」
本多肥後守は、目を細めて長谷川橋介を見据えている。得物は上段。
「橋介っ、生きているかっ」
般若介と内蔵助が俺の回りを守っている。
三河勢は俺達の出現に驚いていたが、下がるまでには至らない。
が、構わず敵陣に突入した。
敵の鑓ぶすまは間に合わず、俺達は敵陣の中に割って入った。
「三河侍も大した事ないわいっ。…ヌシ等触れたら突き殺すぞっ。やれっ内蔵助」
「突き殺されるのはお主ではないのか、般若介っ」
水を得たり、とばかりに、二人は笑いながら鑓を繰り出し、三河勢を突き伏せていた。
「ハハハっ、俺は死なぬ。…おっと。…左兵衛の様に城の主になるまで死なぬわい」
さらに般若介は鑓を突きいれる。
「城の主か。それもエエのう。…とりゃっ。
…鳴海に行けと云われ正直腐ったが、こっちのほうが功名し放題じゃ。そうは思わんか、般若介っ」
般若介と内蔵助は、お互いの死角を補う様に、馬ごと背合わせになって戦っている。
俺はその光景に見とれながらも、橋介を捜していた。
…居た。
時代劇でよく見る徳川葵…によく似た葵紋を染め抜いた、指物を持つ従者を従えた敵の侍と、橋介が一騎打ちをしている。
「橋介えっ、助太刀するぞっ」
俺は馬ごと両者の間に割って入った。三河侍は飛び退き、橋介は尻餅をつく。
「大和左兵衛尉だっ。助太刀参るっ」
「城主自ら助太刀とは、酔狂なっ。…本多肥後守でござる。参るぞっ」
本多肥後守と名乗った三河侍は、俺の鑓を難なく避わし、俺の馬の尻を斬りつけた。
「お…うわっ」
驚いた馬が棹立ちになり、俺は馬の背から投げ出された。
「己の腕も弁えず助太刀とはっ、その首貰うたっ」
…しまったっ。
俺は目を閉じた。
「身を投げ出して主を守るとは…こらっ離せっ」
目を開けると…橋介が目の前に立ちはだかって、俺を守ってくれている。
「は、橋介」
「ぐ……技はお、及ばぬとも…性…根は、三河者…にはま、負けぬ、わい」
目を疑った。
橋介の肩口から…橋介の体に食い込んだ刃先が見える。
当の橋介は、左手でその食い込んだ刀身を握り、右腕を三河侍の首に巻き付けている。
…体が動かない。
橋介っ、と叫んだつもりだったが声が出なかった。
「と、殿…っ。は、早う…」
橋介の声に我にかえる。
咄嗟に脇差を抜き、橋介を振りほどこうとしている三河侍に思いっきり突き立てた。
それに焦った三河侍の従者が、駆け寄って俺に組付こうとしたが、構わず拳骨で殴り付けると、あっけなく倒れた。
三河侍、本多肥後守は倒れた。 「…しゅ、主従で天晴よ…お、尾張侍も馬鹿に出来んの。…や、大和どの、頼みがござる」
「な、何だ」
「そ、そこに落ちている鑓、折りをみ、見て、岡崎の…鍋之助にと、届け…」
言い終える事なく、本多肥後守は息を引き取った。
…俺は立ち上がった。
「本多さまが討ち取られたぞ」
「に、逃げろ」
一部始終を見ていた三河兵たちが、我先にと逃げ出し始めた。
「ハハ、早う逃げい。戦は仕舞いじゃっ」
馬上二十騎は、十騎まで討ち減らされていたが、般若介、内蔵助と共に逃げる三河勢を追い掛けていく。
その様子を砦うちから見ていた植村八郎と岩室三郎兵衛が、長柄を引き連れそれに続く。
今川勢は退いていった。
「と、殿…」
橋介は倒れたまま、動かない。目と口だけが俺の方を向いている。
「橋介…済まん」
涙が止まらない。膝が震え、視界が滲む。
「な…泣きなさるな…仕舞いぐ、らい…笑うて」
長谷川橋介は、笑顔だった。