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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
36/116

逆転

竹束を楯に、次々と今川勢が飛び出してくる。砦から乾作兵衛と岩室三郎兵衛が鉄砲を撃ち掛ける。

が、今川勢は止まらない。味方が撃ち倒されても続々と出てくる。

この光景を見ていた砦の鳴海勢は、敵の勢いに気圧され始めていた。


「や、やるのう」

「ありゃやはり三河勢じゃ、…逃げるが勝ちじゃなかろうか」

兵たちが囁き合うのが、大手門の裏で待機している植村八郎にも聞こえてくる。

…浮足だっておる。

八郎は突然大長刀の石突で地面をドンと突いた。

そして吠える。


「狼狽えるなっ。三河勢が何れ程のものかっ。今までヌシ等はここで戦うてきた。これまで彼奴等を追い返してきたっ。同じ事をするだけじゃ。我らが勝ぁつ」

「…おおうっ、そうじゃそうじゃっ」

兵たちが八郎の吠え声に同意の声をあげた。

「今日もこれからもずっと勝つっ。…そろそろ出るぞっ。……門を開けろっ」

長柄、持鑓三十人の八郎隊が、大手門から飛び出した。



「おっ、鳴海勢が出てきたぞ。…目付どの、それがしは前に出る」

目付と呼ばれた今川の軍監、三浦左馬介は、少しにがり顔だ。

「本多どの、お主が出なくともよろしゅうござる。何しに行くんじゃ」

本多どの、と呼ばれた本多肥後守は、三浦左馬介をキッと睨むと、

「軍目付は黙らっしゃい。差引がそれがしの役目、三浦どのは目付じゃ。余計な口出しは要らぬわい」

お前はただ見とればよい、と言わんばかりの口調で、本多肥後守は三浦左馬介の口を封じる。


 戦目付、軍監の役目は監察であって、戦いの指揮ではない。本多肥後守の言う事は正しい。

口を封じられた三浦左馬介は、

「…勝手にするがよかろう。わしの戦ではないからの」

とそっぽを向いた。

「…ふんっ。よしっ、掛かれっ」

本多忠真。本多肥後守と呼ばれる男は、手勢と共に前へ出て行く。




 乾作兵衛は敵の動きと八郎隊の動きをじっと見ている。そして岩室三郎兵衛を呼んだ。

「…土塁の際まで走れ。次の鉄砲が聴こえたら、橋介に合図せよ」

「承知」

三郎兵衛が走っていく。

「…よし。者共っ、門の前でやり合うている奴ばらでは無うて、その後ろの敵勢を狙う。目印は、あの立ち葵の指物じゃ。……狙え」

乾作兵衛は、鉄砲にそう命じながらじっと敵勢を見て、発砲の間合いを計っている。



 「おれが植村八郎だあっ。鳴海のオトナぞっ。名を上げたくば掛かってこいっ」

八郎は大長刀をぶんぶん振り回している。そこに三河勢が突っ込んだ。鳴海勢の姿が見えなくなっていく。

…が、鳴海勢は耐えた。半円状に槍襖をつくり、叩かれ、叩き返している。八郎も、敵の穂先を切り、切って長柄鑓の柄を掴み足軽を叩き伏せ、敵を近づけまいと必死だ。


 …鉄砲の音だ。

三郎兵衛は土塁の柵の上から長谷川橋介に声をかけた。

「長谷川さまっ、今じゃっ」

橋介はその合図に手を上げて答えながら、猿叫を上げる。それと共に長柄、持鑓たちが走り出した。



 大手門の前で敵の若者が大長刀を振り回している。

…長刀とは古風な。本多肥後守は思う。

「長刀の若造を取れば、敵は崩れるぞっ、囲めっ」

と声を張り上げたが、鉄砲の斉射音で声をかき消された。と、遅れて肩に熱い衝撃が走る。

馬から落ちる時に見えたのは、横から突っ込んでくる鳴海勢だった。


 「…よしっ。立ち葵が馬から落ちたぞ。突き崩せっ」

今まで押しこまれていた仕返しとばかりに八郎隊が敵に寄せていく。三河勢はじりじりと押されていく。

自分たちの後ろで起きた事に動揺しているようだ。

…いけるぞっ。


 長谷川橋介は打刀を振り上げた。四尺二寸の大刀だ。

「押せ押せっ。敵の頭は馬から落ちたっ、押し包んで首を取れっ」

見事に横槍に成功し、敵は崩れかけ、落馬した物頭を守るのに精一杯になっていた。右手の大手門の敵も押されてこちらに寄りつつある。

「さらに押せっ、押し切れえ」

長谷川橋介は、斬り結びつつ、前へ出て行く。


 「う…おのれっ」

落ちた衝撃で気が飛んだが、自ら顔に拳骨を食らわして、正気を保つ。

…くらくらする。…自分で自分を食らわしても、やっぱり痛いんじゃのう。…それに左肩も熱い。が、痛いなどと言うておれぬ。

本多肥後守は自らを一喝し、掛け声と共に戦いに復帰した。



 「い、乾さま…。長谷川さまの隊が」

立ち葵の指物が再び立ち上がって馬に乗り、それに勢いづいた三河勢が長谷川隊を押し返し始めたのだ。

岩室三郎兵衛は驚いていた。が、それは驚きというより恐怖に近い。

乾作兵衛も立ちつくしていた。


……三河勢か。やはり。



 砦からの射撃で敵先頭集団を消耗させ、味方甲隊が大手門から出撃。

それで敵が下がれば深追いしない。

出撃した味方甲隊を小勢と見て、敵の後続が来るようなら、その後続の敵集団に向けて鉄砲を斉射。

それと同時に搦手から味方乙隊が出撃し、横槍かけて追い崩す。


 これが今まで中島砦の基本戦術だった。この戦い方で何度も今川勢を撃退してきた。

今まで敵は小勢だったので、援軍も要らず、大手に取り付く敵がいても少数で、門からの出撃のみで勝ってきた。

が、昨年末、年明けて今回と、敵は今までの倍以上の軍勢を出している。前回は大手門前で激戦になり、撃退するも服部小平太が重傷を負った。

それで今回は鳴海城に援軍を要請。横槍で敵を崩そうとした。


 が、敵が息を吹き返し、横槍をかけた隊が逆に突き崩されようとしている。逃げないだけまし、という状態だ。

砦に予備隊はない。さらに援軍を要請せねばならない。が、このままいけば、援軍が来る前に砦が落ちるのは確実だった。



 今は、砦方の作兵衛たちには何も出来る事がない。鉄砲も矢も、撃てば味方の八郎隊に当たる。

「…大手門を開け。八郎隊を下げるのじゃ」

作兵衛はやっと声を絞りだした。噛み締めた唇には血が滲んでいる。

「そ…それでは長谷川隊が」

…取り残されて立往生してしまうではないか、の言葉を三郎兵衛は飲み込んだ。


 「…三郎兵衛。八郎を下げればまた鉄砲も矢も撃てる。…橋介なら堪える。堪えきれるゆえ心配致すな」

作兵衛の拳は震えていた。


 





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