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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
35/116

苦戦

 俺は鳴海に戻っていた。

正月とは云え、のんびりはしていられない。蜂屋般若介と佐々内蔵助も緊張しているようだ。


般若介と内蔵助と会うのは、鳴海への加増を言い渡された時以来だ。

二人はその後も俺の顔を見ていたようだが、いきなり大身になった俺に話しかけ辛かったのだという。

内蔵助などは、

「…大和さま。挨拶が遅れて申し訳ござりませぬ。以後、よしなに」

とまあ複雑そうな顔で挨拶してきた。

般若介の方は、

「おお、青びょうたんが見事に化けた。わしもあやかりたいものよ。宜しくお引き回しの程を」

と褒めるような呆れているような、どっちとも取れる態度だ。


…まあ、指示にさえ従ってくれれば俺はそれでいいんだけども。


 俺は考えていた。

鳴海は少しずつだが大きくなっている。

農民も増えてきたし、鳴海衆として俺の手勢も増えてきている。

これからどうするか。

今川もいつまでも小競り合いで良しとはとしないだろう。

いままでの小競り合いは様子見だったと考えるべきだ。

小平太によると去年の最後は、三河の松平勢が寄せてきたという。


三河勢。

やたらと兵が強いらしい。

何でも三河勢一人に当たるのに、尾張勢五人は要る、と言われているようだ。

単純に考えると五百人で攻めても、百人で押し返せるということだ。

…百人居れば大丈夫…か。

ああ、つまらん。本当につまらん。


三河勢がが寄せてくるとなると、今川の三河統治は順調、ということになる。

今川に反抗する三河の在地勢力が居なくなった、という事だからだ。

…困る。


~今年は清洲ではなく、主に今川と戦うはずなんだ~


 若旦那にはああ言ったものの、実際に攻めて来られては困る。

若旦那は今川が攻めて来ぬうちに清洲を攻めようって信長に進言するだろうな…。

信長とてそう思うだろう。

短期の内に清洲を落とし、取って返して今川に備える。

…ああ、なんて危なっかしいんだ。

よく尾張統一したな。

何か手は無いか。何か。





 俺とオトナたち、あと般若介と内蔵助は、二の曲輪、通称オトナ曲輪で評定中だ。

なぜ二の曲輪をオトナ曲輪と云うのかというと、オトナたちの長屋があるので兵たちがそう名づけたのだ。

ちなみに一の曲輪は左兵衛曲輪と呼ばれている。…なんだかこそばゆい。

評定の内容は、当然、これからの事だ。現状維持か。その他か。


 現状維持でも当分は保とう。

が、それだけだ。現状維持で鳴海を維持するには他の城との連携が必要になってくる。

鳴海単体では包囲されてしまう。が、こちら側には連携して動くだけの兵力の余裕がない。

では攻めるか。

…論外だ。現状維持と一緒での理由で、鳴海単体の兵力ではすぐに潰される。

相手は三河兵なのだ。

ううむ。分かりきっている事だけに、皆悩む。

一服しようと、席を立つ。

…と、下から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。


 「殿さまあっ。中島砦の乾さまより使いがあっ」

大手門の門番がこっちを見て叫んでいる。俺は、こっちだ、と門番に叫ぶ。

叫んで間もなく、使いの者が側までやってきた。

「何があった。乾は何と」

使いの者が俺の前でひざまずく。

「扇川の向こうに今川勢。数はまだ分かりませぬ」

…なんだって。

「…そうか。使いご苦労。今すぐ戻り、加勢を向かわせる、と乾に伝えよ」

「ははっ」

使いは返事するが早いか、再び走り去った。

オトナたち、皆が俺を注視する。


…よし、行くか。

改めて煙管に火を着ける。

皆を見渡した。

「今日は俺も出る。…留守居は平井信正と服部小平太。長谷川橋介と植村八郎は、鉄砲三十、弓二十、長柄持鑓五十を連れて先に中島に向かえ。蜂屋般若介と佐々内蔵助は俺と共にあれ。連れるのは馬乗二十騎。皆支度しろ。新年初掛かれじゃ。…えい、とうっ」

俺は笑った。皆もえい、とう、と拳を突き上げている。







 中島砦では乾作兵衛が防戦の指揮を取っていた。

敵はまだ寄せてこない。

矢と鉄砲玉だけが飛んでくる。こちらもぽつぽつ撃ち返す。

作兵衛は柵の矢楯の隙間から扇川の対岸を覗き見た。

まだ目に見える動きはない。

が、対岸の葦の茂みの向こうで何か動いているような気がする。

「…何も見えんのう。まだ味方は来んか」

作兵衛は独語した。


 …使いが戻ってきたぞおっ。

搦手から声がする。

鳴海の城に出した使いが戻ってきたのだ。使いに出した者の名は、岩室三郎兵衛。

「乾さまっ、ただ今戻りましてござるっ。殿は、加勢を向かわせる、と」

三郎兵衛は白い歯を見せてそう言う。屈託のない若者だ。

「そうか。なら勝ちじゃの。ハハ」

作兵衛がホッと一息つくと、兵たちがざわめいているのが聞こえた。

皆対岸を見ている。


…何じゃありゃ。


竹の束を幾重にも連ねた大楯を押し立てて、今川方が扇川を渡ろうとしている。

大楯は二つ。並んで先頭をゆっくり進む。


作兵衛は一瞬動揺したが、すぐに射撃号令をかける。

…なんであれ、寄せ切られる前に撃ち倒さねば。

「鉄砲っ、火蓋切れっ。…目当てっ、右の竹束。…狙えっ。…放てっ」

中島砦の全火力、三十挺が一斉に火を吹いた。

発砲煙がすごい。白い煙で前が見えなくなる。

大楯はでかい、外れることはないだろう、と作兵衛は思った。

…煙が晴れた。


「…も、もう一度じゃっ。目当て、右の竹束っ、放てっ」

竹の大楯は崩れてはいなかった。




 硬い金属の叩き合う音が聞こえてくる。

ワーっという鬨の声。作兵衛と、先ほど城に来た、使いの若者の姿が見える。

「おおい、加勢じゃっ。助けにきたぞ」

と、八郎が大声を張り上げた。使いの若者が駆け寄ってくる。

「加勢有難く。乾さまはあちらにござりまする」

若者はそう言うと、虎口土塁の方に走っていき、鉄砲と弓に指示を出し始めた。

八郎もそれに着いていく。


「おお、橋介に八郎か。よう来たの」

乾作兵衛は両手で顔をさすりながら、長谷川橋介を笑って出迎えた。

橋介はおう、といいながら大手の外を見ている。


 「ちと苦しそうだの。…何じゃ、あの竹の束は」

「竹束の楯よ。敵がこちらに仕寄るのに使うておる。一つは破ったが、難儀したぞ。鉄砲が中々効かん」

作兵衛は顔をしかめる。

「どうする」

「どうするもこうするも無い。残る大楯は一つ。あれも潰すだけじゃ」


 作兵衛と橋介が話していると、八郎が駆けてきた。かなり焦っている様子だ。

「どうした八郎」

「い、乾どの、壊れた竹束と、無傷の竹束に向かって、敵が寄せて来る。こちらに取り付く気じゃ」

作兵衛、橋介共に顔が強張る。

「…作兵衛どの」

「何じゃ橋介」

「…それがしはこのまま搦手より出る。八郎も大手より出させるゆえ、敵が八郎めがけて寄せてきたなら撃ち掛けてくだされ。八郎が耐えとる隙に、横槍掛ける…八郎っ」

「お、おう」

「なるべく派手に暴れるのじゃ。あまり前にでると味方に撃たれるゆえ、門からはあまり離れるな」

「判った」

「それと作兵衛どの、なるべく物頭を撃ち倒してくだされよ。前の戦と同じじゃ」

橋介は長柄持鑓、五十人と共に、自分たちが入って来た搦手から再び出ていく。


 「わかっとるわい、早よ行け」

作兵衛は橋介を手で追い払うようにしながら、八郎に話しかける。

「ヌシの動きが肝じゃ。名のある者が居ったら、やり合うても構わぬぞ」

「お。よろしいので」

八郎はニヤリとした。が、そんな八郎を見て作兵衛は言う。


 「…が、相手は三河勢じゃ。首が取れるかは判らんぞ」









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