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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
34/116

無礼講

年が明けた。

寝正月、といきたい所だが、そうもいかない。初日の出を、俺とせき、オトナ一同で拝み、今年の願掛けをする。

「天照大神、八幡大菩薩、新年恙無う過ごせまするよう、お願いし奉りまする」

二礼、二拍、一礼。


鳴海村各郷の頭たちが、続々とやってくる。それぞれ各郷は見て回るものの、頭が皆一同に揃う、というのは中々あることではない。

俺とオトナ一同、各郷の頭たちが揃った所で膳が運ばれる。


俺は一同を見渡し声を張り上げた。

「皆、年も明けて目出度い。城の者、村の者、今年も鳴海を宜しく頼む」

オトナたちは普段の俺を見ているので、そうでもないが、頭たちは恐縮しきりだった。

聞くと、年賀を受ける事はあっても、こういった会食の類いは今まで無かったのだという。

「…これは、わし等は、城主さまの家臣になる、という事で」

と、頭の一人が訊いてきた。

「そうではない。そうではないが、鳴海を守るためには、城を固くするだけではだめだ。頭の皆にも城普請を手伝って貰うているが、城だけでは無うて鳴海全体で一味同心せねば、守りきれぬと思うておる。同心しても、家臣ではないから郷中には口は出さぬ。

今まで通りだ。安堵せよ」


頭たちの間に、ホッとした空気がながれる。

「あのう、大和さまにお仕えしたい時はどうすればよろしゅうござるか」

と別の頭が口を開く。

「おお、そりゃ諸手で迎えるわい。が、それは郷中でよう話し合って決めよ」

 俺としてはそれが一番望ましい。集落がそのまま俺の支配下に入れば、誰にも気を使わず賦役を課すことが出来るからだ。頭を家臣化して在地勢力と切り離して自由に使うことが出来る。が、今は各郷の自主性に任せるべきだ、と俺は考えている。時間はかかっても自主的に集落側から申し入れてくれれば、摩擦も少ない。


 「…同心せぬ場合は」

反抗的、というか、お前ら城方には騙されぬ、といった表情をしている頭が口を開く。

信じられないのも無理は無い。

戦続きなのだ。織田方と今川方の境目にあるこの辺りの地域は、乱暴狼藉、略奪、徴発の嵐が吹き荒れていたのだから。そこに君子面した新しい領主が来ても信じろという方が難しいだろう。だから。


 「…困るのう」

としか俺は言いようが無い。

というか、同心しなかった場合の事を、ここで俺が言う必要がない。

その事は、彼らの方が想像がつくだろうからだ。想像がつくからこそ、訊いてくる。

城方としては、基本的に年貢さえ出してくれればいい。

「は、はあ。それはお困りでしょうな」

ただ困る、と言われ、訊いてきた頭はキョトンとしている。

「ま、それも郷中で話し合って決めよ。…他の者も、今すぐ返事を出せとは言わぬ。月が明ける頃までに返事致せ。……さ、皆飲め、遠慮は要らぬぞ」

半刻ほどして俺は広間を後にした。これから那古野に向かうのだ。









 ここは那古野城の大広間。織田弾正忠家の家臣が揃っている。ここに集まっているのは、

親族衆として、織田信広、信時、叔父の信光。

オトナ衆として、林佐渡守、平手監物、佐久間半介。

側近として、万見仙千代、菅屋九右衛門。

黒母衣衆として、河尻与兵衛、毛利新介、津田盛月。

赤母衣衆として、金森五郎八、池田勝三郎、飯尾茂助、塙九郎三右衛門、前田又左衛門。

星崎衆として、岡田直教。

馬廻りとして蜂屋般若介、佐々内蔵助。


 まだここに着ていないのは、織田勘十郎、大和左兵衛。

信長は、勘十郎は来ないだろうと見ていた。毒殺騒ぎのあと、自分は関与していない、との書状が来たのみで、それ以来音信がない。

が名代として柴田権六は寄越すであろう、とも思っていた。

大和左兵衛からは前もって遅れる、との使いが来ていた。が勘十郎からは遅れるとも、名代を寄越すとも言ってきていない。

ここに居る家臣たちもその辺りの事情は知っている。勘十郎が来ない事に皆そわそわしていた。


 「…よい。皆よう来た。今日は無礼講。飲め」

信長が言う。

最初は話す者もいなかったが、酒が回りだすと皆ぽつぽつと話し始め、少しづつ賑やかになっていく。

「先年は色々大変でござったな」

「今年は楽しゅう行きたいものじゃて」

皆思い思いに話している。

と、信長の側に近習が駆け寄っていく。何事か耳元で囁くと、近習は下がっていった。

信長が家臣に聞こえるように大声を出す。

「皆、聞けい。清洲より守護様の嫡子、斯波義銀どのがお着きじゃ。迎えの支度をせよ」


 「皆々、突然来て済まぬ。…ハハハ、それがしは守護代の回し者ではないぞ。そう睨むな、ハハ」

と言いながら義銀は、信長のいた上座に座る。信長はその隣に着座した。

「新年恙無く明けまして、御目出度く」

林佐渡守の声と共に、皆平伏した。

「おう、目出度い目出度い。今年は弾正忠家にとっても目出度い年になるであろうて」

斯波義銀は皆を見渡しそう言った。

「…何ゆえにござりましょうか」

隣にいる信長が、義銀に訊く。

「…父上がの、弾正忠家を守護代に、と申されてのう。今川と戦うて居るのは弾正忠家じゃ、守護代に相応しいと」


「大和守家はどうなりますので」

「…追放じゃ」

場が一斉にざわつき出した。信長は目を瞑っている。

「なぜ追放かは、そなた等の方がよく判るであろうゆえ、言わぬ。ハハハ」

「義銀さま」

「お、何じゃ。直答差し許す」

義銀はニコニコしている。

「平手監物にござりまする。…大和守、信友どのはこの話を」

「まだ知らぬ」

「では」

平手監物同様、皆も食い入るように斯波義銀を見つめている。信長はまだ目を閉じたままだ。

「そなた達が追い落とすのじゃ。父上も承知しておる」

暑くもないのにパタパタと、義銀は扇子で扇ぎながらさらに続ける。

「時期は追って報せる。年賀も兼ねて、早う知らせとうてな、押しかけて参ったのじゃ」

義銀は上機嫌だった。








 ずいぶん遅れてしまった。信長、怒ってるかな。

…若旦那の方が怒ってるかもなあ。


 …やたら騒がしいぞ。だいぶ出来上がってんなあ…。

素面でこの場に入るのはちと辛いかも。


 「遅れましてござりまするっ。大和左兵衛にござりまするっ」

………。

………無視か。…酔っ払いどもめ。


「新年明けまして…」

「よい、左兵衛。よく来た」

信長が呼んでいる。…怒ってないみたいだ。

「鳴海はどうじゃ」

信長みずから酌をしてくれている。

…有り得ねえ、感激だ。

「今川がちと煩うござりまするが、今のところは恙無く」

酌の礼をしながら、そう報告する。

「そうか。そういえば、城普請をしておるそうじゃの」

「はい。中島砦は中洲の上ゆえもう大きくは出来ませぬが、鳴海の城は溜まり曲輪を大きゅうして、今川に備えておりまする」


 「なるほどの。…与力は要るか」

「はい…いえ、今のところは要りませぬ」

「嘘を申せ。今一瞬すごく物欲しそうな顔をしとったわ」

信長はガキ大将のような顔でニヤリと笑う。

「は、はあ…できれば。されどよろしいのですか」

「よい。今川は何としても食い止めてもらわねばならぬからのう」

信長は真顔になった。皆が酔っている中、この人は飲んでいないみたいだ。

「ふむ…見知った仲じゃ、蜂屋般若介と佐々内蔵助を付ける。馬上五騎、持鑓二十人、弓十張。持って行け。それと、何かあれば星崎を頼れ。俺から岡田直教には言うておく」

「ははっ。まこと馳走有難く」


…何よりのお年玉だ。有難く使わせてもらおうか。






 

 無礼講が終わったあと、ワシら二人は、屋敷で呑み直す事にした。

「やっと、ゆるりと話せるのう」

「本当だな。…去年は、忙しかった。あ、若旦那はもう若旦那じゃなくて、平手の殿さまか」

左兵衛がホッと息を吐く。

…青びょうたんだったこやつが、鳴海を任されて居るとは。…世は分からぬもんじゃのう。

このまま行けば、大殿は清須を攻める。今川に那古野を突かれることは避けねばならぬ。左兵衛は清洲攻めをどう見ておるのだろうか。


 「左兵衛、ヌシは清洲攻めをどう見る」

「…どこでどう戦うとか、細かい事までは分からんけど…。勝てるよ、多分」

「…多分、か。何か懸念があるのか」

「のぶ…大殿に止められてるからあまり話したくないんだけど、清洲に攻めるのはもう少し先、来年だと思うんだ」

「ほう」

「これまでもずっと戦ってはいるけど、今年は清洲ではなく、主に今川と戦うはずなんだ。俺が知っている事と、かなりずれてきてる」

「では、これからはヌシの知っておる事は役に立たんと言う事か」

「いや、全体で見れば、知っている事とそう変わってはいない。今川は相変わらず大きいし、こちらからはとてもまだ攻めてはいけないだろう。そして清洲とも戦っている。八方塞がりな事には変わりがない」

「では」

「勝つとしても、勝ち方が変わってくる、と言う事さ。大きく勝ったり、小さくしか勝てなかったり。その時になってみないと分からない事が多すぎるんだ」


 「…勝ったとしても、負けに等しい事もある、ということか」

「そういう事」




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