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戦国異聞  作者: 椎根津彦
飛翔の章
23/116

企み

「おーい」

「なんじゃあ」

見張とおぼしき足軽が顔を出す。

「ここを通らせて貰うてもよろしゅうござりますかあ」

大高道を曲輪に取り込んだか。

そういやこの曲輪は前は無かったのう。空堀を穿ち柵を巡らしただけだが、やたらと広い。


「通ってもよいが、何処へ往く」

「田を耕す馬が逃げてのう。お侍さま、見なんだか」

「見ぬのう、まことの話か」

「まことじゃわいっ。馬が居らんと新しい田んぼが耕せん。借りた馬なんじゃ、探させてくだされ」

「難儀よのう。少し待っとれ。おい、この者を見張っとってくれ」

違う足軽が出てきた。間抜け面じゃの。


「お侍さま達は今川侍か」

「そうよ。鳴海が今川方になったのを知らんのか。ぬしはどこの者じゃ」


ちっ、間抜け面の癖にでかい顔をするなっ。


「笠寺から来たわい」

「笠寺といえば織田方ではないか」間抜け面が鑓を向けてくる。

「今川であろうと織田であろうと、年貢を納める先が変わるだけじゃ。わしらには関係ないわい。早う馬を探させてくれ」

「迷惑かけて、済まんのう」

間抜け面は本当に済まなそうな顔をしている。


「星崎にはどれくらい兵がおるか、知っとるか」

「二百五十ほどではなかったかの」

「ほうか。ワシらは四百よ。織田方も二百五十じゃ何も出来んの。早う駿河に帰りたいもんじゃ。稲刈りせんと」

…おい、泣くな。


お、さっきの足軽が戻ってきた。なんで馬を連れとるんだ。

「こっから先には行かせられん。代わりにこの馬を持ってってくれ」

「有り難いが…よろしいので」

揉み手で頭下げとくか。…なんか、済まぬの。


「主を失うた馬じゃ。余計に置いておけんから、皆で喰うとこじゃった。頭に言うて貰うてきたゆえ、連れてって使うてやってくれい」

「あ、有り難うごぜえます。これで田を耕せまする」

「また、逃げられんようにの」

足軽は手を振って送ってくれている。済まぬの。






橋介は大丈夫かな。昼寝でもしようと思ったけど、敵の真ん前で寝転ぶ度胸はない。

…お。戻ってきた。


「遅うなりました。馬をくれました」

橋介は苦笑する。

「何で」

「逃げた馬を探しに来たふりをしたのでござる」

「なるほど」

「鳴海勢は四百。大高道を取り込んで、兵共を屯させる曲輪が新しゅう作られてござる」

「溜まり曲輪か」

「左様にござりまする」

「よくやった。では帰るか。折角呉れたんだから、その馬大事にしてやれよ」

橋介の顔がパッと明るく輝く。






「物見に行って、敵に馬まで貰うて。…橋介、よかったの」

小平太が羨ましそうな顔をしている。

「ヌハハ、そう物欲しそうな顔するな小平太。ヌシにも貸してやるわい」

小平太たちは星崎衆と車座になって、橋介の物見話を聴いている。


「物見だけでなく、馬まで取ってこられるとは。流石にござる」

「いやいや岡田どの。たまたまでござるよ」

「それで左兵衛どの、算段がつきましたか」

「…まあ、練ってみまする。安堵なされよ」


頼みまするぞ、と俺の肩を叩いて、岡田どのは車座に入っていく。

母屋に行き昼飯を貰う。相手は四百、こっちは二百五十。ああ、何か手はないか。

しょぼくれて居ると、平井信正が膳を持ってこちらにやって来る。

俺の顔を見て苦笑していた。様子を察したらしい。苦笑で返す。


ちょっと訊いてみようか。


「こちらが兵を出せば、向こうも出すと思うかい」

「出すでござろうな。三河に後詰めの催促も行くでしょう」

だよねえ。

「それはまずい。繋ぎを絶たないと」

「鳴海の向こう側に、扇川が流れております。真ん中に洲があって、大高道を断つには格好の場所にござる」

中洲か。でもすぐ鳴海の連中にバレるよなあ。


「連中を誘き出すにはどうすればいいかな」

「稲刈りの時期ゆえ、刈田働きが一番でござろうな。…その自然薯、食わぬならワシに下され」

勝手に取って、飯にかけて食う。

…もう。最後に取っといたのに。


「じゃあ、鳴海の後ろを断って、うまく誘き寄せてその隙を突けば、城を乗っ取れるかな」

「無理でござる」

「え。何で」

「鳴海城の目の前は海でござらんか。海から大高城に使いが走れば、兵の二百や三百、すぐに飛んで来ますぞ」

海を忘れてた。…参った。うーん。


そのまま母屋で寝ころんでいると、岡田どのがやって来た。

「左兵衛どの、桔梗屋春安と申す者が参ってござる。知っておるか」

「春安どのなら知り合いでござる。通して下され」

気分転換には丁度いい。何かあったかな。






「お久しゅうございます。恙無うされておりまするか」

「おかげさまでね。そういえば、松葉の戦はどうなったんだい」

「松葉、深田の城を取り戻し、柴田さまが坂井甚介を討ち取りましてございます。そのまま清洲に進み、田畑を焼き払ったそうにございます」

やるなあ信長。

…若旦那も大変だろうな。

「で、今日はどうしたんだい」

「以前仰せになられた、鉄砲の件にございます。都合百挺、お持ちした次第でございます」

「百挺。そんなにいいのかい」

「その都度その都度で言われましても数が有るとは限りませんので、先にまとまった数をお持ちしました」

「本当に助かるよ。これ、どこの鉄砲なんだ」

「近江国友にございます。伊勢の安濃津より船で運び込ませました」


船。伊勢安濃津。そうか。


「春安さん、海賊衆に知り合いはいるかい」







「彦五郎も思い知ったであろうよ」

「ですが父上。田畑を焼き払ったのはいささか」

「良い良い。あれくらいせねば、彼奴には分からぬわ」

斯波義統は上機嫌である。守護代織田信友の増上慢な態度には、怒りと共に憎しみすらある。

「義銀、いっそ上総介を下四郡の守護代にすればどうかと思うが。如何かの」

「父上、あの上総介、三郎信長は若うござるが、虎にござるぞ。彦五郎などよりよほど危のうござりませぬか」

息子の義銀は冷静だった。


野の虎に餌をやるなど、こちらの腕まで喰われるわ。父上、腕だけでは済まぬかもしれんのだぞ。







「一間半の柵木を三十本、一丈の垂木を三十本、赤の幟を二十旒、巻藁を五十。…一体何に使うので」

「まだ言えませぬ」

岡田どのは不審な顔をした。

「我等が信じられぬと」

「万が一を期すのでござる。まだ云えませぬ」

俺の表情に驚いた岡田どのは、

「分かり申した。我等は与力にござる、下知に従いまするゆえ何なりと。されど、潮が来たなら屹度、頼みまするぞ」と言って頭を下げた。

「馳走有り難く。では早速。明日より二日に一度、鳴海で刈田働きをやってはくれませぬか」


「刈田を」

「はい。馬乗り十人ほどでようござる。頭には長谷川橋介を付けまする」

「しかし、それでは刈田になりませぬぞ。それに、鳴海勢が出てきたらひとたまりも」

「戦いません。出てきたら引かせまするゆえ」

「されど…分かり申した。で、いつまで」

「敵が出てこぬようになるまで、でござる。」

「はっ」

「それと、先ほど頼んだ物は、夜半、気取られぬよう遠回りで扇川、鳴海の上流に毎日少しずつ運ばせて下され。乾作兵衛と植村八郎を付けまする」

「…なるほど。楽しそうにござるな」

岡田どのにも少し見えてきたらしい。笑っていた。





ここは星崎城近くの漁村。春安と待ち合わせだ。

お。船が見えた。一、二、三…十艘か。充分だ。

その内の一艘から、男女の一行が降りてくる。春安もその中にいた。

あれ。具足を着けてる。


「お待たせしたようで」

「いや、俺もさっき来たばかりだよ。で、そのお二人は」

「志摩の国衆、九鬼定隆どのの嫡男、藤三郎どのと、その姉君、お蓉どのにごさいまする」


え。嫡男つったって、まだ子供じゃねえか!…お蓉姉さんの方は、…うむ、うむ。


「お初にお目にかかる。大和左兵衛尉一寿にござる」

俺が会釈すると、子供が前に出る。やたらと態度がでかそうだ。

「九鬼の、藤三郎嘉隆じゃ。これでも船頭、姉どのは大船頭じゃ」

「蓉にございます。春安どのと大和どのの企み、いえ、商いに一枚噛ませて頂けますそうで」

自分の胸に手を当ててそう言うと、蓉姉さんは軽く片目を瞑ってみせる。

…女海賊。…うむ。うむ。


「商いねえ。春安さんからどう聞いてるんだい」

「ひと戦百貫で雇って頂けると。戦の無いときは春安どのの船商いを手伝う、と聞いております」

「ひと戦百貫!?…それは」

高くない?

「この藤三郎にも船戦の手習いをさせねばなりませぬし、大船頭とは云え、女のわたくしは志摩に居辛うてなりませぬ。それゆえこちらに」

「なるほどねえ」

「藤三郎は嫡男ゆえ、この戦が終わりましたら志摩に戻りまするが、わたくしはこちらに残りまする」

「よろしく頼むよ」


これで準備は整った。






鰯雲が空高い。朱鷺が飛んでいく。

この時代は、美しいなあ。




さあ、やるか。


長谷川橋介と馬乗り十騎が駆けて往く。

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