鳴海城の戦(中)
「味方が倒れても足を止めるな。一騎駆けはするな。首は取るな。中洲曲輪は気にするな。ただひたすら前へ進め。今川の行末はこの戦にかかっとると思え…かかれっ」
「小平太どの、と、とんでもない数でござるな、四千と云うのは」
「そうさな。されど四千で腰を抜かしとったら、今川の本隊なぞ見たらあの世行きじゃぞ藤吉郎」
「そ、そうでござりまするな…放てっ」
人の波が扇川を埋め尽くそうとしている。矢盾を持って矢弾を防ぐ者、それに守られながら逆茂木を、乱杭を揺さぶって引き抜こうとする者。既に中洲曲輪は三方から囲まれている。しかし城方も手をこまねいて見ている訳ではなかった。中洲曲輪の正面以外は、四の曲輪-川岸曲輪の射界に収められているのだ。
「射てば当たるぞ。鉄砲は物頭を狙え、弓手共は後ろに続く者を狙えっ」
近世の軍隊は隊としての衝撃力、下級指揮官の質の優劣が全てを決めると言っても過言ではなかった。衝撃力を連続して発揮させない為には、隊伍の指揮官を倒すしかない。指揮官のいない隊伍は衝撃力を失う。
鳴海勢は他の織田勢よりこの点が徹底していた。一人の物頭を狙うのに三、四挺が銃口を向ける。倒れても、姿が見える場合は、動かなくなるまで射った。結果的には一人の物頭が十人程に狙われる事も珍しくなかった。今まで指揮官と仰いでいた者が、集中射を浴びて倒れる。隊伍を組む者にとっては恐怖でしかない。恐怖は伝播する。
「ほれ、あの乱杭の辺りが浮き足立っておるぞ。続けて放てっ」
川岸曲輪を指揮する佐々内蔵助と乾作兵衛は休む暇もなく声を張り上げている。彼等を補佐する岩室八郎兵衛、菅谷九右衛門も同様だった。
鳴海勢の目論見は成功した。夕方になり、今川勢の退き太鼓が打ち鳴らされる。
「…信正、死者と怪我人の数をを調べよ。それから夕餉だ」
「はっ」
やっと一日目が終わった。いや、まだか。夜襲があるかな…。
だけど余程の事がないと夜襲はない。綿密に計画された夜襲じゃないと成功しないし、暗いから同士討ちの危険もある。だけど夜襲はなかったとしても、それよりもっと厄介な事がある。夜襲のふりをされる事だ。
あくまでも夜襲は無いであろう、であって、絶対無いとは限らない。だから必ず不寝番がいるのだが、怪しい兆候を見つけたら必ず皆を起こすだろう。そして迎撃準備、となると夜襲じゃないと気づいてももう眠れない。毎晩やられたらとてもじゃないけど気力も体力も続かない。
地の利は此方だけど、夜討ちひとつ取ってみても攻撃の開始時期を自由に選べるというアドバンテージは攻め手が持っている。著しい不利だ。だから城方には後詰が要るんだが、今回の場合は相手の本隊が攻城軍の後詰として出てきた場合、勝ち目は無い。だから、今回の作戦を任された時は鳴海にどれだけ戦力を置くか、とても悩んだ。
鳴海が落とされる事は作戦としては規定路線だ。だけどすぐ落とされては織田軍全体の作戦に支障が出る。相手が後詰を出さない、または後詰を要請しないだろう、という想定ギリギリの線で千五百という戦力にした。この兵力なら、岡崎勢が先手なら十日、朝比奈勢なら六日、岡崎勢はと朝比奈勢の連合軍なら四日は保たせられるだろうという計算だ。
”されど左兵衛、今川勢が後詰を出したなら終いではないか”
”はい。元より此度は博打なのでござりまする。正直云うて、元々勝ち目は有りませぬ”
…俺の作戦を聞いた時の信広の顔は、とんでもなかったなあ…。
”岡崎勢が先手なら、彼奴等は捨て駒でござりまする。後詰は出ますまい”
”朝比奈勢なら”
”鳴海の兵力次第でござりまする”
”岡崎勢と朝比奈勢なら”
”後詰は出ぬでしょう、されど此方の策戦も危うくなりまする”
”…ふうむ、やはり博打じゃのう。清洲にお主の策戦を報せよ”
刈谷に岡崎勢が向かったのは僥倖だった。知多半島なら、今までの下仕上げがあるから流言飛語はどうとでもなる。元々今川方なのだから今回は正直言ってどうでもいい地域だ。
信広を安心させる為に岡崎勢の場合は後詰はない、と言い切ったけど、彼等が先手の場合は必ず朝比奈勢も一緒に来ると思っていた。
朝比奈太郎は松平元信の後見だし、今川義元の婿を単独で城攻めに向かわせて擂り潰したとなったら、勝利の為とは云え今川義元もいい顔はしないだろう。そうなったら朝比奈太郎も太原雪斎もこの先の立場は危うき物となる。それに、戦に勝ったとしても、この先今川に付き従う他国の者は居なくなるだろう。
「殿、夕餉の支度が整いましてござりまする」
「信正、済まんな」
「いえ…それより何を考えておられましたので」
「この戦の後の事だよ」
「後の事と申されますと」
今回、織田は武田と密盟を結んだ。美濃を封じる為、今川からの圧力を減らす為だ。奇策で妙策ではある。
だけど、破れかぶれ、場当たり的、という印象が抜けきれない。今川と美濃斎藤家に挟まれて、その両方と戦をしている以上は、美濃を牽制してくれそうなのは武田家しかないのは分かるんだけども…武田家にも勿論旨味はある。山がちな北信地方を長尾・上杉と争うより、肥沃な美濃に足場を作った方が京への距離も近くなるし経済的にも潤う。でも、それだけの理由で同盟国の戦争相手である織田との密盟に踏み切れるものなのか?納得がいかないんだ。元の歴史にはもう未練はないが、どうも引っ掛かる…
「いや、今は戦に勝つ事だけを考えよう…お、なめこ汁か」
「如何程死んだか」
「全て合わせて二百五十六。怪我人は三百程にござる。怪我の内、半分程は明日も戦えましょう」
「三千六百か。明日も同じような戦ぶりじゃとすると、明日の夕刻には三千程になって居る、という事か」
「父上、それには及びますまい。今日の戦ぶりからすると、明日には中洲曲輪は落とせまする」
「左様か。そのまま向こう岸にたどりつけるとよいが」
「織田勢は弓矢鉄砲に重きを置いて居る様子。城の内に入れば鎧袖一触でござる。…父上、この先は我等も鉄砲を揃えねばなりませぬなあ」
「そうさな。数が揃うと恐ろしい威力じゃて」
犬山城の城外に織田勢八千が屯している。本陣には対岸の鵜沼城からの使者が訪れていた。
「大殿、鵜沼の大沢次郎左衛門どのより使いが参っておりまする」
「通せ」
「大沢次郎左衛門が使番、大沢伝三郎にござりまする。我が主より文を預かって参りました」
使者が懐からうやうやしく手紙を取り出した。
「口上はあるか」
「はっ。されど口上は織田の大殿が文を読まれた後に申せ、と我が主から命ぜられて居りまする」
「相判った」
手紙が平手監物の手から信長に渡される。
「……。読んだぞ」
「口上っ。…織田の大殿はどの様な算盤で武田と盟約を結ばれたのか。ご返事次第によっては鵜沼城はお味方する事相成らぬ。大殿の心は奈辺にあるか訊いて参れ…確かに口上お伝え申しましてござりまする」
「口上確かに承った。武田と結んだはあくまでも范渮義龍の討滅の為。決して武田に美濃を蹂躙させぬと尾張国主の名に懸けて誓おう」
「二言は無きや」
「おうとも。金打っ」
「金打……口上とは云え、礼を失した物言い、重ねてお詫び申し上げまする」
「使者の役目大儀であった。仙千代、伝三郎に義兄どのへの礼の品を」
呼ばれた万見仙は側に用意してあった見事な造りの大小と、それとは別にコモに包まれた鎗の穂先を伝三郎に渡した。
「有り難く頂戴致しまする」
「大小の拵えは義兄どのに、穂先はオヌシにじゃ。これからも義兄どのをよろしく頼むぞ」
「ははっ。それがし如きにまで御目をかけて下さり有り難き幸せ、御恩は一生忘れませぬ。では、失礼致しまする」
大沢伝三郎が下がると、入れ代わりにオトナ達が入って来た。
「オヌシ達にも聞こえて居ったろう。鵜沼は味方、全軍、渡河じゃ」
「掛かれ掛かれっ。あと少しで矢倉は落ちるぞ」
朝比奈紀伊守は家伝の三人張りの重籘弓に矢をつがえた。紀伊守の他にも同じ様に強弓に矢をつがえる者が五人。矢の先には小さな竹筒が括りつけてある。
ひょうと矢が放たれる。六本の矢は中洲曲輪の屋根に見事に命中、割れた竹筒からは菜種油が流れ出していた。
「今思うと、初めからこうすれば良かったのじゃ」
再び矢が放たれる。放たれた矢は、火矢であった。
「小平太どの、屋根に火が」
「分かって居る。皆聴けっ。あと五たび程がせいぜいじゃ。よう目当てせよっ…放てっ」
「では、退き支度をさせまする。殿はこの藤吉郎が務めます故、小平太どのは先に川岸曲輪に戻られませ」
「はは。藤吉郎、ヌシは殿戦などやったことがあるまい」
「何事にも事の初めはありまする。死のうとは思うて居りませぬ故、ご安心を」
「よう云うわ…では任せたぞ」
…中洲曲輪が落ちるか。もっと早く落とされてもおかしくなかった、一日稼げたんだから、御の字だな。
さて、朝比奈勢はここからどう攻めるか。中洲曲輪は前哨陣地みたいなもんだ。そこを抜けて川岸曲輪にたどり着くと東大手門だ。今川勢から見て正面に位置する川岸曲輪は、自然の水堀である扇川の流れに沿って作られている。今川勢は東大手門に向かうしかない。
当然、作兵衛達も黙っては見ていないから、東大手門に向かう敵にバカスカ射ちかける。今川勢は撃たれる時間を長く取られる訳にはいかないから、急いで東大手門を破ろうとするだろう。ここまでは多分計算通りだ。東大手を破られた後は…。
「小平太が川岸曲輪に戻った様子。殿戦は藤吉郎」
信正が叫ぶ。藤吉郎が殿?あいつ大丈夫か、殿戦なんてやった事は無いだろうに…。
殿の指揮を執る藤吉郎の姿がよく見える。川岸曲輪への撤退に備えて、中洲曲輪と東大手門を繋ぐ道と土橋には幾つもの土俵を転がしてある。殿戦時の臨時の胸壁にするためだ。小平太が土俵の使い方を藤吉郎に教えているか…それとも藤吉郎が自分で気付くか……よし!それでいい藤吉郎!もういい、撃ったら逃げろ!