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戦国異聞  作者: 椎根津彦
抱卵の章
107/116

変化

 並居る諸将の中で、口を開いたのは水野藤四郎だった。

「大和どの、それがしは知多を切り取り勝手、と大殿からお墨付きを貰うて居るのだが」

「その件はそれがしも聞き及んで居りまする、されど知多の諸豪が敵と決まった訳ではありますまい。知多は内密とはいえ、織田方でござる」

「では何故大殿は切り取り勝手と申されたのか」

俺と水野藤四郎のやり取りを聞いて、織田信広、勘十郎の目が鋭くなる。二人の視線に水野藤四郎は気づいていない様だ…。その理由を俺が言わなきゃいかんのか?余計なテンションは作りたくないんだけどな…。


 「よい。左兵衛、それがしが話す」

割って入ったのは勘十郎こと織田信行だ。本当に言っちゃうのか?基本的に真っ直ぐな人だからなこの人は…。

「…そう申さぬとご貴殿が充分に働かぬ、と大殿は考えて居られるのじゃ」

水野藤四郎は真っ赤な顔をしている。痛い所を突かれたのか、心外な、とでも思っているのか…。たとえ前者だとしても…。

「これは心外な。それがしの忠心を織田家では疑うて居るのでござるか」

…どちらにしてもそう答えるよねえ。

「いや、疑うては居らぬが、ご貴殿は岡崎の叔父御に当たる故なあ」

「勘十郎も止めよ。済まぬ水野どの。そなたの忠心は儂がよう知って居る、安堵なされよ」

「…はっ」

…巧いなあ、兄弟で役割分担か?年若の信行に釘を刺させて、信広がそれを抑える。これで水野藤四郎が織田を裏切る事も、策戦に口を出す事もないだろう。変な気を起こされたら、織田家は滅亡しかねない。

「それでは…策戦を説明致しますれば、しばしご清聴を」


 皆、俺の策を聞いて唖然としていた。最初から知っていたのは信広と俺の家中だけだ。

「こ、これではまるで博打ではないか」

「今川相手の戦でござる、博打になっても仕方ござらん」

俺がそう言うと、水野藤四郎は二の句が継げずに黙ってしまった。

「大殿が、知多は切り取り勝手と申されたのは、こういう事でござる。お分かりなされたか、水野どの」

「承知仕った」

「皆、宜しゅうござりまするか。では信広さま、下知を」

「うむ…皆宜しゅう頼む。出陣じゃ」





 安祥城では、岡崎党が今川勢の到着を待っていた。

「遅いのう、物見遊山でもしとるのか駿府勢は。着到の日をとっくに過ぎておるぞ」

「此度の大将は雪斎禅師じゃ、石橋を叩いてもよう渡らん御仁じゃからのう。各所の後背を見定めてゆるりと来るつもりじゃろうて」

などと、今川勢の動きに納得のいかない大久保新八郎、石川助十郎を尻目に、若いながらオトナの端に連なる酒井小五郎が口を開いた。

「御大将、申上げたき儀がごさりまする」

御大将、と呼ばれた松平元信が文から顔を上げて酒井小五郎に向き直った。

「なんじゃ小五郎」

「御大将は何方の下知で戦を為さるおつもりで」

「決まって居る、駿府屋形様じゃ。まあ、此度は屋形様の采配を預かる雪斎どのの下知で、という事になるのう」

「その雪斎どのは、御大将にどの様な指図をなされて居られるので」

「…御味方有利となる様心配りをせよと、この便りには書いてあるの」

「心配り、でござりまするか」

「うむ。先陣申しつける、敵に一当てしてみよ…との雪斎禅師からの謎かけだと思う」

「今川勢はまだ安祥にすら着いて居りませぬが…」

「着いてからでは禅師の下知で動かねばならぬ。それでは遅い」

「御大将の采配が、雪斎禅師の算盤と違う…という事になれば大事ではないかと…」

「よい」

「は…?」

「よいのじゃ。予は初陣、しかも大戦ときておる。予はまだ大戦のやり方など知らぬ故、一当てと言われたからには予の好きな様にやってみる。…まあ、初陣とは申せ岡崎党の命運のかかった戦じゃ、予も無理はせぬ。これが吉と出るか凶と出るか、後の手当ては雪斎禅師が考えてくれよう、心配するな」

「はっ。してどのように」

「刈谷を攻める」

「刈谷…されど刈谷は」

言葉を続けようとした酒井小五郎を大久保新八郎がたしなめる。

「御大将の心は決まって居るのじゃ小五郎。吉と出るか凶と出るか…小気味よいではないか、なあ助十郎」

「はっ。では支度を」





 「信広さまと大和どのは何処におる、大事じゃ」

「水野どの、血相変えてどうなさいましたので」

「そんなとぼけた顔をしとる場合か般若介、安祥を発した岡崎勢二千が刈谷に向うて居る、岡崎の全軍じゃ」

「ほう」

「愚図愚図しとる時ではない、それがしは刈谷の後詰に向かわねばならぬ、よろしいか」

「確かにそれは一大事、取り次ぎましょう」


 縁側をドタドタと歩いて来るのは…多分般若介だな。板張り廊下なんだから静かに歩きなさいよ全く…あれ?これは…。

「オヌシ、まことに戦上手の左兵衛か。自慢ではないが、儂は碁が下手なのだぞ。その儂にもこの有り様とは…」

そう、俺は碁が下手なのだ。何しろやったことがないからな…そこは置いても、自分の事を下手と言う信広は全然下手じゃない、むしろ強い。彼より強いのは信長と若旦那、死んだ先代の信秀だけらしいからな…。

「碁と戦は関わり無いと存じまするが」

「そうかのう、親父殿にも『碁が打てぬようでは戦には勝てぬ』とよく言われたもんじゃがのう」

…いいところに来てくれた、般若介。用はなんだ?

刈谷だと?

「刈谷とな。松平の小倅は叔父の城を攻めるか…今川勢は安祥に着いて居ったかの、左兵衛」

「まだ着いて居らぬ、と思われまするが」

「ふむ…藤四郎はいかほど馬乗りを揃えて居ったかの」

「四百程だと思われまする」

「ふむ。藤四郎を呼べ」

再び般若介が出て行って、水野藤四郎を連れて戻って来た。

「水野藤四郎、参上致しましてござりまする」

「おお藤四郎。刈谷の一大事じゃが、刈谷ではなく常滑に向かうのだ。左兵衛の水軍が運んでくれよう」

「ほほう」

「その上で『岡崎党は織田の助勢じゃ』と常滑じゅうに触れ回るのじゃ。刈谷にも使いを出せ。岡崎党と戦うてはならぬ、とな。今から文を書く故、しばし待て」

「承知仕った。されど岡崎が此方の助勢などと、常滑の連中が信じるとは思えませぬが」

「嘘であろうが真であろうが、信じたい物に人はすがる。手は打つ。なあ左兵衛。ほれ、連署せい」


 連署、連署…ああそうだ。確かに連署しないと効果はないな…これでよし、と。

「左兵衛、ヌシはいずれこうなる事を見通しておったのじゃな」

「岡崎勢が刈谷へ、とは思いませなんだが…いずれはこのような戦は起こるであろうとは常々思うて居りました。されど今日明日では無うて、まだ数年先の事かと思うて居ったのでござりまするが…」

「ふむ。それであの博打の様な策という訳か」

「はい」

「ふむ。面白いのう」






 刈谷城を目前の岡崎勢の前に、四人の馬乗が立ちふさがった。岡崎勢の先触れが駆け寄ると、その四人は馬を降りて平伏した。

 

 「御大将、刈谷城の水野十郎左衛門どのがお越しになられてござる。軍使、だそうで。得物の類いは持っておりませぬ」

「ほう、通せ。皆には小休止じゃと伝えい」

素早く陣幕が張られ床几が置かれると、松平元信はどっかと腰を下ろした。

「元信でござりまする。一度お会いしたきりでお久しゅうござりまするな、叔父上」

「そうへり下られますると、此方もやりづろうござりまする故、謙遜はお止め下さいませ元信どの。いやはや見違え申した、立派な岡崎の御大将じゃ」

「お言葉有難うござりまする…しかして、此度はどの様な用件にござりまするか」

「ここからは軍使として口上を述べまする…刈谷は、開城致しまする」

「なんと…それは十郎左衛門どの、そなたのご一存か」

「いえ、兄者の指図にござりまする。今川勢と戦うて勝目は無し、されど、どうせ降るなら今川ではなく親類を頼った方が後の筋道も立とう、との兄者の仰せにござりました」

「話は判る…では何故藤四郎叔父が此処に来ぬのかのう」

「兄者は織田に随身して居りまする、それ故織田に義理がある、だからそなたに頼むのだと申されました。家の事を宜しゅう頼む、と」

「成る程のう…」

「はっ、それと織田三郎五郎どのからの文を預かって居りまする、元信どのに読んで頂きたいと」

「三郎五郎…どなたかの」

「織田の棟梁、三郎信長さまの兄者、信広どのにござりまする」

「相分かった…おい、誰か居らぬか。使者どのと随行の方達に湯付けを、ついでに我等も中食の支度じゃ…叔父上、しばし中食でも食ろうてお待ちなされよ」

「はっ、馳走有難く存じまする」


 刈谷城からの軍使の接待と同時に岡崎勢も昼食の支度にとりかかった。水野十郎左衛門がその場を去ると、元信は織田信広からの手紙を読み始めた。

「…新八郎、小五郎、来いっ。彦右衛門もこれへ」

幕内に大久保新八郎、酒井小五郎、鳥居彦右衛門が入って来ると、元信は読んでいた手紙を三人に見せた。

「…御大将、この文はまことに織田方からの物でござりまするか」

「岡崎とは戦をしとうない、と記してありまするが」

「信広と言えば、安祥の戦の折、此方の質になったあの信広ではござらんか。こちらに仇を返そうとはしても岡崎と戦いとうない、などとは思いますまい」

「おお、今でも覚えておる、『松平の小倅とそれがしを交換とは、俺も低く見られた物よ』などと申しておったなあ。御大将、これは罠でござるぞ」

大久保新八郎の言葉に酒井小五郎が深く頷く。元信は二人を見ずに鳥居彦右衛門を見た。

「彦右衛門、織田方にヌシの遠縁でも居ったか。連署の名を見よ」

「…鳥居左兵衛一忠…これは」

ハッとする彦右衛門の顔を新八郎と小五郎が不思議そうに覗き込んだ。

「い、いえ、それがしの父に尋ねてみない事には何とも…」

「さもあろうな。よし彦右衛門、紙と硯を。雪斎和尚に文を書く。新八郎と小五郎も中食じゃ、下がってよい」


 大久保新八郎と酒井小五郎が幕内を下がり、その場に残ったのは鳥居彦右衛門、そして後から呼ばれた石川助十郎。元信は織田信広からの手紙を助十郎にも読ませた。

「御大将、鳥居一忠とは宮ケ崎に現れたあの鳥居どののご一族ではありませぬか」

「助十郎は知らなんだな。…彦右衛門、あれは鳥居の者ではなかったな」

「…はい、鳥居とは偽り、かの者は織田方、鳴海の城主、大和左兵衛どのにござりまする」

「ふうむ。彼奴は織田方であったか…となると、この文もまた謎かけかのう」

「となると…鳥居と名乗ったからには何やら伝えたき事があるのでは…ただ、表立っては申せぬ事がある故、わざわざ連署などという手段を取ったのやも知れませぬ」

「やはりそうかのう。流石よの、助十郎。彦右衛門はどうか」

「そう言われるとその様な気も致しまするが」

「何か引っ掛かるか」

「宮ヶ崎の折もそうでござりましたが、何故御大将や我等の事をこうも気遣うのか解せませぬ」

「ふうむ。……予は織田殿が嫌いではない」

「何と申されました」

「織田殿が嫌いではない、と申した。そち達も尾張では世話になったろう。あの折はまだ織田殿も世嗣ぎの身であったが、その様なお人が、わざわざ我等の為に瓜を採ってくれたり、何かと庇ってくれた。『人質ではない、三河の弟分ぞ』…あの言葉は嬉しかった」

「御大将は織田方につきまするのか」

「そうではない助十郎、されど岡崎党の上に立つ者としては、今のままでは如何ともしがたい、という事も解る」

「それはそうでござりまするが…」

「…まあよい、今は戦の最中じゃ。我等も中食を取ろう」


中断ばかりで、待ってくれている人はいるんでしょうか…。本当に申し訳ありません。

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― 新着の感想 ―
[一言] 待ってました。今回も面白かったです。
[一言] 楽しみに待ってます。
[一言] ちょいちょい展開忘れて確認したりしてますが、待っておりますよ……。
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