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戦国異聞  作者: 椎根津彦
抱卵の章
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大戦の兆し

 天文二十三年(1554)年 一月十五日、清洲


 うーん。久しぶりだな清洲は。

総構が完成してる。信長への年賀の挨拶がすっかり遅くなってしまった。

行こうと思ってたんですよ、行こうと。手紙にもそう書いたじゃないですか。決して後回しじゃないんですよ。

岡崎行って、藤吉郎に今後の指図して、竹千代にも会って。

今川方から見たら俺は、一応鳥居家の家臣で連絡係と見られていたから、朝比奈太郎にも顔会わせとかなきゃいけなかった。主君竹千代が帰って来たのにお礼も無しじゃ、変な疑いを持たれかねない。年賀の挨拶で鳥居老人と一緒に行ったけど、朝比奈め、恩着せがましいったらありゃしない。

でも鳥居老人をはじめ、松平党の嬉しそうな顔を見れてよかった。とにもかくにも主君が戻って来たんだからな。

ついでに本証寺に寄って酒井将監と会って、一向宗は今川方に味方しない確約を取り付けて来た。

じゃあ松平党の味方なのかと云うとそうでもない、という。

まあ、深く突っ込むのはやめにした。敵、と言い切らないだけマシと思っておこう。


 問題は竹千代だ。

三河帰国前に元服を済ませ、今は松平次郎三郎元信という名前になった。おまけに結婚まで済ませている。関口家の瀬名姫だ。後の築山殿というわけだ。

史実より早いが帰国となれば箔もつけなきゃならんということで義元の命で急いで元服、結婚まで済ませたらしい。

そんな風に据え膳上げ膳で帰国したものの、どうも松平党の風に馴染めないらしい。

そりゃそうだ。帰国したらいきなり三河の主なのだ。今まで近習以外まともに松平党に接してはいないし、駿府とも家風は違う。鳥居老人が説明してもいまいち判ってくれないらしい。本物の譜代郎党に諫言させて、上意討ちなんて事になったら困る。

『それでよ。大和どの、ちと若君に会うては下さらぬか』

なんて言うから会わざるを得なくなった。俺なら上手くやるだろう、と云うことらしい。

情が移ってしまうから、これ以上は直接会いたくは無かったんだけど、仕方なかった。…家康好きなんだよなあ、俺。



 「おお、左兵衛一忠ではないか。宮ケ崎で会うた以来だな、息災か」

「はっ、新年明けましておめでとうござりまする。今年も何卒よしなに」

「おうとも。竹千代改め今は次郎三郎元信じゃ。そちにも俺の帰国について色々骨を折らせたな。褒美じゃ、受け取るがよい」

「ははっ、有り難く」

チラと側にいる鳥居老人を見ると、感心しない、という表情をしている。

そうだった。褒美もらいに来たんじゃないんだった。何を言えばいいのか…

「有り難くありまするが、受け取れませぬ」

「なんだと、受け取れぬと申すのか」

「御意にござりまする」

「訳があろう、言うてみよ」

「訳などござりませぬ、受け取れぬ物は受け取れぬまででござりまする」

「なに…」


 数えで十一歳とはいえ、こめかみに青筋立てたその顔は全く武将の面構えだ。

「若殿は、我等がそのような物が欲しゅうて奉公していると思し召しか。駿府での貧乏暮らしが若殿を曇らせたと見ゆる。全く嘆かわしい限りじゃ」

俺がぶんぶん首を振ると、元信はちらと鳥居老人を見やった。

「爺っ。こやつは爺の家人であろうっ、何と言う物言いじゃ」

鳥居老人は目を瞑って何も言わない。

「故無き褒美を貰わねば動かぬ者など、この三河には誰も居らぬわ」

俺が言葉を続けると、何か感ずるものがあったのか、元信は深呼吸して居ずまいを正した。

「そなたらの苦労を思えばこそ、褒美と思うたのじゃが」

「我等が堪えて居ったのも若殿の帰って来る事を信じればこそじゃ。現に帰国なされた。それが何よりの褒美じゃ。大将は黙って労えばよい。それを苦労をかけた何だのとポンポン褒美をあげてみなされ、今に褒美が無うては働かぬ者ばかりになりまするぞ。では御免」

…これくらいでいいかな。小説に出てくる硬骨の三河武士っぽくいったつもりだけども。さっさとここを出よう、これで演技は完成だ。





…とまあ、こんなことがあったり。

刈谷も知多も廻って鳴海に戻ったのが一昨日、鳴海の手当てを改めて命じて昨日。そして今日。

寝正月が懐かしい…。


 「挨拶大儀。堅苦しいのはこれで終わりじゃ。東の旗頭、よう勤めた」

「ははっ、駿東の策が却って仇となりました事、深く御詫び申しあげまする」

「堅苦しいのはやめよと申した。よいのじゃ。ヌシはようやっておる」

ははあ。信長に誉められるのはなんか気持ち悪いな。堅苦しいのはやめろと言われても、堅苦しくならざるを得ない。

「便りは読んだ。それでのう、ヌシには信広兄者の与力を命ずる。異存はあるか」

異存もへったくれもない。異存があるか、と聞かれるだけマシとだろう。旗頭じゃなくなったし気が楽だ。

「謹んで承ってござりまする」

後は頼んだ、と信長は広間を出ていった。残ったのは俺と監物…若旦那。細かい事は若旦那に言い含めているのだろう。それにしてもまだ何かあるのかな。


 「左兵衛、我等は武田と盟を結ぶ事と相成った」

…はあ?

確かに武田と同盟していた時期はあったけども今じゃないはずだよな…どうだっけか。

「本当かよ」

「お市様が嫁がれる。お相手は諏訪四郎どのじゃ」

ここでお市が出てくるとはね。そして相手が諏訪四郎……武田勝頼とは。

「目出度い話だけど…武田は今川と縁組してるだろう、どうやってまとめたんだ」

「商いの話がほとんどじゃ。甲斐は米の取れ高が少ない。それを我等が融通する。武田には武田の都合がある故、まだ内密の婚儀になるがの」

「米か。今川は融通しないのかな」

「それがのう、去年の秋から甲斐に流れる米がずいぶん減ったらしい。今川は戦支度じゃ、と信玄どのの弟ぎみが言うて居った」


 …は?

冗談じゃない。

でかい戦になるだろうとは思った。

駿東でのいざこざはまだ片付いてないから、それが鎮まるまで織田への抑えとして朝比奈弥太郎を三河に進駐させ、松平元信を帰国させる事で松平党の忠誠を勝ち取る。その上で大軍を繰り出しぐらつく知多半島に睨みを効かせて、勢力圏を鳴海のラインまで押し返す。

これが俺の読みだった。でもそうじゃないような気がするぞ。

甲斐に流す米まで買っているとなれば、今川はかなりの長期戦か、相当な大軍を動かすんじゃないのか。鳴海まで、とかの国境線の上げ下げでは終わらないのでは… 


 「若旦那、俺、手紙に大いくさって書いたろう」

「おう。それで今川を抑えるために武田との婚儀を取り付けたのじゃ」

「それくらいじゃ今川は止まらんと思う。並の大いくさじゃないぞこれは」

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