Moon is beautiful
真っ白なリノリウムの床を歩いてゆく。
暫く歩くと、目的の部屋に辿り着く。
ドアの前に立って、少し考え、ドアをノックする。
私の名前は 桐生 望。
今年社会人になったばかりの、23歳。
「いるよー」
ドアの向こうから、気の抜けた返事が返ってくる。
「わかってるわよ、親しき仲にもなんとやら、よ。」
「ははは、望は真面目だねぇ。」
ドアを開けながら、そんな軽口を叩く。
このベットに寝ている、いかにも草食系男子っぽい雰囲気な奴は、
私の幼馴染である、 硲 時生。
「あ、花持ってきてくれたんだ。」
「あんたねぇ、あたしが持ってこなきゃここは花一つ無い寂しーい部屋になっちゃうじゃない。」
「うん、いつもありがとう。」
そうやってにこりと微笑んでくるこいつの笑顔は、やさしくて、柔らかい。
「望、仕事は?」
「今日は休み。暇だからどーせ暇なあんたの所に来た。」
「あはは、望は厳しいね。彼氏とかはいないの?」
「そんな余裕無いって。あんた新人1年目の辛さ知らないでしょ?」
「いつも言ってるもんねー。部長がどうとか、課長がどうとか。」
「そーなのよ、聞いて、またうちの課長がね・・・・」
休日はそうやって他愛のない会話で一日を過ごす。
彼氏?
気づけよ、草食系。
「じゃあ、また暇が出来たらてきとーに来るわ。」
「うん、望。今日はありがとう。」
「なーに礼なんか言ってんのよ。今更そういうのなしなし。」
「あはは、ありがと・・・ってまた言ってる。」
受付の女の人にあいさつをして、ここを出る。
「時、あんた夢とかあるの?」
それは、ふとしたきっかけだった。
「僕の、夢?」
「うん。昔は、”パイロットになるー”とかいってたけどよ。」
茶化すような口調で、話しかける。
「僕は・・・小説を、書きたいな。多くの人の心には残らなくても、誰かの心に響くような。」
「ふーん、あんたが作者…ねぇ…」
「あはは、やっぱり格好付けすぎかな?」
こいつも立派に夢、持ってんじゃん。
「あのー、望?じゃなくて、人の夢聞いた途端に、固まるの、やめてくれない?」
「へぇ~、時が作家、ねぇ・・・」
頬が少し緩む。
「じゃあ、絶対一冊は本、出しなさいよ。私が読者第一号なんだからね。」
そう言って、笑顔で笑いかける。
「うん、きっと書くよ。」
side tokio
静まりかえった部屋で僕は一人呟く。
「本当に、望は眩しいなぁ。僕には勿体無いや。」
少し、苦笑がまじり気味だが、このくらいの愚痴は許してくれるだろう。
「ふぁあ、ねよっかな。」
side out
「時、そういえばいつも一人だけど、だれも来ないの?あんたの人望に限って、そんな事は無いと思うんだけど」
ふと、思いついた事を言ってみた。
言ってしまった。
「誰も来てないよ。来るのは望だけだよ。」
そいつは、ただ、無機質にそう言った。
「なんだよ、それ。冗談でしょ?親御さんとか、来るだろ。」
「来ないよ。ただ、もう今日は帰ってくれないかな。僕は今、望を傷つけない自信が全くと言っていい程無いから。」
びっくりした。
時生がこんなこと言うのが初めてだったから。
でも私は時の触れてはいけない所に触れてしまったのだろう。
だから、
「ごめん、時。じゃあ、また。」
あたしは言い返せずにただ、部屋を出て行った。
side nozomi
まずい事、言ったな・・・
明日、謝っとくか。
でもなんだろ・・・
寂しく、ないのかな?あいつ。
side out
コンコンといつものように、ドアをノックする。
「入るよー」
「あ、望・・・」
あきらかにそいつは、動揺してた。
でも、言わなきゃ。そう思って
「「昨日は、ごめん!!」」
はもった。
「「なんであんたが(望が)あやまるのさ!」」
2回連続で、はもった。
「ぷ、あはははははは」
「そんなに笑わなくても、いいじゃないか。」
あ、むくれてる。
「本当に、なんで謝るのよ。」
「昨日、あんなにひどい事いったし・・・」
「あんたは謝る必要ないわよ。むしろ私が謝らなきゃいけない位じゃない。」
「いや、心配してくれた望に怒った僕の方が、失礼だよ。」
あ、それはそうかも。
「じゃなくて、取り敢えずここは私が謝っとかなきゃ、腹の虫がおさまんないから。」
「それなら、お互い様って事で。」
ああ、本当にこいつは引き方がうまい。
「でもあんた、一人の時は何してるの?」
「うーん、大体読書をしてるかなー。」
「何読んでるの?」
「夏目漱石とか、大正文学が多いかなぁ・・・」
「あの千円札だった人?」
「うん。」
「面白いの?それ」
「うーん、僕は好きだけどなぁ。読んでみる?」
「そうねぇ・・・、じゃあ何かお勧めでも読んでみようかな?」
「『我輩は猫である』とかどう?」
「難しくない?」
「解説本も、一緒に貸すよ。」
「うーん、暇ができたら読んでみようかしら。」
「じゃあ、無期限って事で貸すよ。」
「んーありがと。」
sade nozomi
その日はそんな会話をして、私は帰った。
もし、私があのまま会話を食い下がってたら、どうなったんだろう。
そう考えながら、あいつに借りた本を手に取る。
「夏目漱石、ねぇ・・・。」
パラパラと、ページをめくる。
暇になると読む、と言ったし眠れない夜には持って来いだろう。
私は読書の世界へ落ちていった。
side out
「お月見をしようよ。」
あいつはある日、そんな事を言い出しやがった。
「急ね。」
「急に思いついたもん。」
「あんたにしちゃ、珍しいじゃない。」
「そんなもんなんだよ、僕はね。」
「いいわ、付き合ってやろうじゃない。」
「ありがと。じゃあ、2週間後の夜9時から、近くの高台でどう?」
「いーわよ。つまみは?」
「たまには飲もうかな。」
「ほんと、あんた何かあったの?」
「なにも無いって。」
こいつから私を誘ってくれた事が珍しくって、私は柄にも無く、うきうきしてた。
当日は雨・・・とかはよくあるシチュエーションだが、そんなことは無く快晴だった。
あたしと時を乗せた軽乗用車は丘へと続く道を上る。
丘の上は誰も居なくて、いい風が吹いていた。
「あんた、風邪とかひかないでよね?暫くあそこから出てないんだから」
「酷いなぁ、僕だって運動位はしてるんだよ?」
「ふーん、読書ばっかりしてるもんだと思ってた。」
「あはは、お手厳しいところで。」
そこで私は持ってきたお酒を二人分空ける。
「はい、あんたの分。」
「んー、ありがと。久しぶりだなー。お酒飲むのも。」
「私もあんまり飲まないからねー。会社の飲み会とか行ってもさー。いっつも酔っ払いの世話係なのよ。あんまりだと思わない?」
「きっとそれだけ望が信頼されてるんだよ。」
「どーだかねぇ。」
そんな他愛も無い話をしながら飲み明かしてゆく。
「ねぇ、望?」
「なによ、時。」
「前にさ、どうして僕の所に両親すら来ないのか、って話になった事があったよね。」
「うん、覚えてる。」
「実はね、僕がここに来ることになった時に、もう普通の生活に戻る事は不可能だろうって言われたんだ。」
なぜ?
どうして?
時はこんなにも、健康そうにしてるのに。
「だからね、そのときに両親は僕を捨てたんだよ。ここにずっと居られるようにしてね。」
ドクリ、と心音が跳ね上がる。
「だけど、僕はここから出る事になってね。」
―嫌だ
「もう、望とも会えないと思う。」
―それだけは、嫌だ。
「だから、今日は無理言って外出届けをだして、ここに来たんだ。」
「なんで!?なんで、そんなことっ」
「もしかしたら、普通の生活に戻れるかも、しれないんだ。」
「じゃあ、私があんたを手助けしてやるから、急に、消えないでよ」
もう、自分で何を言ってるのかわからない。
「もっと私を頼って、もっと私を頼りにしなさいよ・・・」
「うん、望のその優しさは、なによりの宝物だと思う。だから、僕は、望と正面から向き合える男になりたいんだ。」
「もう十分、あんたは私と向き合える人間だよ!」
「ううん、まだ心のどこかに望に頼りきってる僕がいるんだ。だから、僕は一人で生きていけるって事を証明したいんだ。」
「二人じゃ、駄目なの?お互い、助け合って生きていったら、駄目なの?」
「ううん、それも立派な生き方だと思う。でも、僕は―
君を、好きだからこそ、正面から向き合える男に、なりたいんだ。」
反論は受け付けない、と言わんばかりの目でこっちを見つめてくる。
ああ、反則だ。そんな目をしてに言われたら、反論できないじゃないか。
―これも、惚れた弱みってやつかな?
「ねぇ、夏目漱石は、読んだ?」
「うん、全部読んだ。」
「解説本も?」
「うん、暇だったしね。」
帰りの車の中で、そんな話をしてた。
「ねぇ望?」
「何?」
「月が、綺麗だねぇ」
***
次に、あいつの部屋に行った時は、ものの抜け殻だった。
心の準備が出来てなかった私は、大声をあげて泣いた。
心が、急に空っぽになった。
それから幾年かの時が過ぎた。
時が居なくなって暫くは、一人で泣いてしまう事も多かった。
ふとした拍子に、時の笑い声が、嬉しそうな表情が蘇ってきて、辛かった。
でも、あいつは言った。
―僕は、望と正面から向き合える男になりたいんだ。
あいつはきっと帰ってくる。
そう思うと、あたしも頑張れる気がした。
だって―あいつが帰ってきた時に、あたしがあいつと向き合えないと、困るじゃん?
あいつには、あたしを泣かせた罪を、償ってもらわなきゃならないんだから。
それは、時がいなくなって4年後の年の暮れだった。
あたしももう20代後半を迎え、上司からはお見合いを勧められていた頃。
ピンポーン
玄関の呼び鈴が鳴る。
どうせまたセールスか胡散臭い宗教の勧誘だろう、と思い玄関の戸を開ける。
「こちら、桐生望さんのお宅でよろしいでしょうか。お届け物が、あるんですが」
―あいつが、居やがった。
「どんだけまたせてんのよ、それ」
「うん、長く待たせてごめん・・・望」
ちくしょう、また泣いちまったじゃねえか。
まぁ、許してやるとしよう。
―だって、最高の、プレゼントだったんだから。
これは随分前に書いた物なんですが、実は作者が今まで書いた中で一番納得のいく仕上がりです
素人なのでお見苦しかったかもしれませんが、最後まで読んで頂きありがとうございました
感想等頂けると、泣いて喜びます
因みに次作でこんなの希望~みたいなのもじゃんじゃん受け付けます(要はネタ募集…ゲフンゲフン)