7話
その黒衣の青年は降り立つやいなや、太刀を抜き放った。紅く輝く夕日を背に立つ彼の姿はこれから起こる惨劇を予期しているかのよう。
鮮血が地に降り注ぎ、生首が宙を舞う。
その名も知らない盗賊は自分に何が起こったのかも分からなかっただろう。
彼の手にある刀が夕日を反射し、すでに血に塗れている様なほど赤く染め、幻想的で恐ろしいほどの美しさを表す。
それは盗賊も同じようだ、男の彼らでさえ見入ってしまうほどの美しさ。狩られる側であるのに、だ。
あまりの恐ろしさは彼らの感情を麻痺させる。それほどにその美は彼らの心を掴み離さない。いや、あまりに強すぎる力で壊してしまったようだ。
結果、彼らに異常なほどの冷静さを与えた。
「テメエら、不用意にこいつに近づくな。まずは兄貴たちを呼んで来い。残りは弓を持て、射殺せ!」
指示のすぐあとに何人かが奥に走っていく。そして残りの数十人が一斉に弓を構える。大体20人位だろうか。
ひゅんっと音を立て、襲いかかる。
だが、その様子に彼は不敵にも口を釣り上げてかすかに笑う。
「行くぞ」
静かに呟き。特攻する。
【即神術】により反応速度の高められ、【軽身術】により常人をはるかに凌ぐスピードで走る彼の前ではいくら矢を放とうが無駄だった。
躱し、叩き落とす。まるで赤子の手を捻るように、いとも簡単にこなし盗賊たちに接近する。
銀色の光が煌めく。その度に噴き出す血と、悲鳴。さながら地獄絵図のようだ。
「ひ、ああぁ。助――」
腰が砕け、這いずりながらも逃げようとする姿に、容赦なく刃は振り下ろされる。
「チッ」
(弱いな。盗賊でもこの程度か)
彼は密かに落胆する。
野に放たれた虎の様に獲物を探す彼。そして見つける猿山の大将を。
「おい、てめえか? うちの奴らに手出したのは。あぁん」
凄みを利かせて睨みつけるが彼にはどこ吹く風。
「おい、何とか言ったらどうだ。それともビビっちまったか」
彼は答えない。だが、彼がため息を吐くと状況が一変する。
「はぁ。見て分かるだろ。やったのは俺だ。文句があるならかかってこい」
彼の殺気を真正面から受け止められたのは盗賊の大将のみ。他のお付きの盗賊たちはみな後ずさる。否、この盗賊が凄いわけではない。むしろ、愚かだ。
「いい殺気じゃねえか。気に入ったお前、俺の手下になれ」
愚かだ。自分がどういう立場に立っているのかも分かっていない。
「うざい」
その言葉を最後に彼の姿が消える。
先程までの【軽身術】を使った強化が手を抜いていたのかと思われるほどの速度。砂煙が舞い、彼の後ろには残像がつくほどだ。
右手の太刀を下から掬うように斬り上げ大将の右隣の盗賊を斬り伏せる。手を返し、左手に投げる。そしてそのまま左隣の盗賊を斬り伏せる。
――跳躍。
大将の後ろにいた盗賊二人を黒刀を抜き同時に斬り殺す。
当然、彼の体は黒く染まり、瞳は紅く輝く。夕日よりも紅く美しい。
最後の一人である大将の首元に刀を添える。
「さっきの威勢はどうした」
ゾクリとするほどの声音。やはり黒刀は声さえも冷酷なものへと変える。
「な!? て、てめえいつの間に」
やはり彼の眼では捉えることは出来なかったようだ。
「そうか。残念だ」
話の流れには合わないが、今の一言で品定めは決まった。
夕日を背に、全身を黒く染め、その手に持つ刀も漆黒。
其の者の歩む道は修羅の道。
なぜ生まれ、どのように死ぬのか。それを知る道。
一刀の下に決着はついた。僅か十数分の事であった。
死者28人。これにより盗賊団【南の斧】は壊滅した。