6話
木谷町から南に2キロ程離れた丈の高い草むらに隠れて、空は隠れて様子をうかがっていた。
今回の盗賊退治を町長からの依頼と考え、空は以前のように考えもなしに突っ込む事もなく、情報の収集に励んでいた。他の者の命もかかっているため、誰ひとり逃すことなく殲滅する策を考える。
ここまであたりを見回った事で集まった情報は2つ。
1つ目は見張っている者はおらず、ナフィードウルフという黒い狼に見張らせていること。首に鎖が付けられていて痩せ細っているように見える。
2つ目はナフィーに見張らせ、盗賊たちは小さな村のような所に住んでいるということ。その村は辺りに杭をめぐらせている。だが、その村の杭には矢や剣が突き刺さり、血が固まり黒くなっている。そして村の様子はここから窺えるのは家は補修されてはいるが損傷が激しい。もしかしたら元々集落があり、そこを奪い取ったものなのかもしれない。
(さてどうするか)
そう考える彼の表情は憂いている様子は一切ない。むしろ喜んでいるように見えた。
(ナフィーがいる以上、迂闊に近付くと騒がれるだろう。それはそれで手早くていいが、逃げる奴も出てくるかもしれない。……ばれないように侵入して殺すか)
彼は以前呼んだ魔法書の中から今回使えそうな魔法を選ぶ。商人を助けた時に呼んだ魔法書は思いのほか有用なもので、火、水、雷、風、土の5元素の魔法が書かれていた。その中で今の魔力で使えそうな魔法をいくつか唱え、準備する。
彼が使える最速の魔法である雷の魔法を唱え、ナフィーを狙う。目的は勿論敵の警報装置の破壊だ。
【雷よ、我が槍となり彼の者を滅ぼせ】
彼の掌の中で電気が蓄積され、形状が投躑用の槍のように全長60センチ、先は鋭くするためなのか細くなっている。彼はこれを使うためにピルムをイメージし、形も限りなくそれに近い。だが、ここで思わぬ事態が発生する。雷の魔法であるために、光を放ち1頭のナフィーに気づかれてしまう。
「チッ」
ナフィーが吠える前に彼は槍を放ち絶命させる。しかしまたも事態が思わぬ方向に傾く。
彼の放った槍はナフィーを貫くだけではおさまらず、後ろの杭までも壊し盛大な音を立てた。
(仕方ない)
そう思い、空を見上げる彼はどこか楽しげだった。
その音に驚いた盗賊たちが慌てて家から飛び出してくる。出てきた者はみな屈強な肉体と弓や槍、剣を持っていた。流石に鎧を着るまでの時間はなかったためか、軽装である。
「おい、何だ今の音は」
「俺が知るか。兄貴を呼べ」
「そうだな。町のやつらが攻めてきたのかもしれねえ。見張りはなにしてやがんだ」
「ナフィーがちゃんと働くわけねえだろうが、だからちゃんと見張りを付けとけって言ったんだよ」
「あ? じゃあてめえがやっとけ」
「んだと!?」
「がたがた言ってんじゃねえ。どうせ町の奴らなら俺たちの敵じゃねえ」
その一声で今までの喧騒がうそのように静まり返った。
「まずいな」
盗賊が動きがあわただしくなり、逃亡する者もいるかもしれないと危惧し、彼は表情一つ変えず次の手を打つ。
【土よ、我が盾となれ】
唱えると本来は術者を守るための土の壁である。だが、今回は守るためではなく、攻めに用いる。盗賊共の逃げ道を塞ぐように出口に立ちはだかる。
「くっ」
彼は苦しそうに膝をつく。今ので魔力を使い果たしてしまったようだ。
だがそれも一瞬の事。すぐに立ち上がり、村に駆け寄り鎖につながれ、逃げ場のないナフィーを斬り殺す。
彼は息を吐いて次の段取りを考える。
(予想以上に土の魔法に力を使ったな。魔法書に書かれていた魔力消費量を考えると俺の魔力が枯渇するはずはないんだが……まあいい。行くか)
目を閉じ、深呼吸をする。
ふと前にも同じことしたのを思いだす。
「ふっ」
軽い笑みがこぼれる。
(そうか。前はよくこうやって深呼吸してたな)
マンションの屋上で。
(あの時はあいつの顔を思い出して死ねなかったな)
彼の脳裏に映されるのは白がよく似合う女性。よく笑い、よく泣いていた。彼はそんな彼女が嫌ってもいたが、好意も持っていた。
(あいつがここにいたら……。あるはずもない事を考えるなんて俺もいよいよ死ぬのか)
(面白い)
死が身近に迫る緊張感。辺りに蔓延る殺気。戦闘の痕跡が色濃く残る血ぬられた杭。そのすべてが彼に喜びと興味を与える。
(さて、今回はどうなるかな)
まるで他人事のように達観視する。
そして刀を握る手に自然と力が入る。もう彼の頭に雑念の入る余地はない。これから起こる戦闘に身を構える。
神経の働きを加速させる【即神術】。体を身軽にする【軽身術】。鬼が宿ったかのような力を発揮させる【鬼動術】。そしてここで初めて使う【神刀術】。これは刀の切れ味を上昇させる。4つの技能を同時に発動させ膝を折り、跳躍する。
そして黒衣の死神が地上に降り立った。
その日、盗賊たちは地獄を見ることになる。