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5話

 お昼時の照りつける日差しの中、汗一つかくことなく淡々とした表情で歩みを進める黒衣の青年。

 そこに悲鳴が響く。助けを呼ぶ声だ。あたりを見渡すと500メートルほど離れた場所で何名かの人が騒いでいるのが確認できる。

 

(面倒だな)


 青年は正直にそう思った。

 しかしこの事で迂回したり、隠れたりするのも癪なので何もせずに近づいてく。そうすると襲っている方の者たちが青年に気づき、次に腰に差す刀に目をやり、何やら話している。


(うざいな)


 彼の才能を羨み、逆恨みする者たちを返り討ちしてきたため、この手のやからは慣れたものである。そしてその時とは違う点は刀を持っている事と、この世界の力である。

 


 



「おい、止まりな兄ちゃん。その刀なかなか良さそうじゃねえか。悪い事言わねえそれ置いて消えな」


 見ると辺りには戦闘の痕ともいうべき血が飛び散っている。そして倒れている男たちの後ろに目に涙を浮かべ、口元が切れた男がいる。大きなかばん、後ろには馬車で荷物を運んでいるように見える。商人か何かであろうか。

 彼にとっては男がどうなろうとどうでもいいが、お昼も過ぎて小腹がすいてきたころである。


(ちょうどいい)


 彼の眼は獲物を見るような眼で商人を見やる。

「おい、兄ちゃん聞いてんのか? あぁん」

「俺たちは【南の斧】の一員だぜ。その腰の物だけ残して消えな」

 その取り巻きも囃し立てるが彼にとっては耳障りなだけ。

 

(こういうのはさっさと消すに限るな)


「邪魔だ」

 彼の放った一言は男たちを怒らせるのには十分だった。






「ガキが死ねっ!」

 横から拳がとんでくる。

 彼の手が刀に伸びる。そして光がきらっときらめいた時には男の腕は肘から前が無くなっていた。


「ん? っがああぁぁぁぁ」

 男がワンテンポ遅れて気づく。そして周りの者たちは何が起こったのか分からずに慌てふためく。


 だが彼は容赦することはなかった。ましてや情けをかける事もない。

 彼が【軽身術】と【即神術】を併用し、輩に近づく、それに気づき、反応出来た者は皆無であった。【軽身術】と【即神術】がどのような術か、文字から判断し即座に使って見せたのは流石である。

 十数人いた盗賊がみな急所を貫かれ地面に倒れる。血がシャワーのように吹き出ている。

 そして残ったのは最初に殴りかかってきた男のみ。後は残らず血の海に沈んでいる。


 一瞬の出来事に何が起こったのかも分からず、腕の痛みすらも忘れただ後ずさりをする男。


「た、助けてくれ」


(なにを今更)


 それにためらいもなく彼は刀を振り下ろす。

 

 ものの数秒で決着がついた。生きているのは彼と商人の男。





 そのまま刀を鞘に納めることなく、商人に近づいていく。目の前の惨劇の一部始終を見ていた商人は盗賊以上におびえていた。……当然であろう。

 血が滴る刀を商人に向け、言った。





「礼はいい、食い物をよこせ」





 お礼も何も言っていないし、これではどちらが盗賊かわからない。

 商人はただ頷くことしかできなかった。



















「ありがとうございました。おかげで助かりました」

 数分後、正気を取り戻した商人が地面で頭がつく勢いで感謝していた。最も、感謝の念だけではないだろう。

「礼はいい」

 彼は不愛想に言う。そして目で訴える。いや、脅すと言った方が正しいかもしれない。

 機敏になった商人が大きな木の下で、ちょうど日陰になっているところで食事の準備をする。


 しばらく後おいしそうな匂いが辺りに漂う。

 そして食事をしながら商人が問う。

「私は行商人の孝則たかのりでございます。失礼ですがあなた様のお名前をお聞かせ願えませんか?」

 よく見れば30代前半と、いったところだろうか。

「断る。好きに呼べ」

 孝則はあっけにとられるが、すぐに気を持ち直して、愛想のいい笑みを浮かべる。 

 ちなみに彼はこのような愛想笑いが大嫌いだ。早く食べ終えて立ち去ろうと思った。


 その後は何かを話すわけでもなく食事をし、それも終わりかけたところで孝則はカバンから拳大の厚さの古びた本を取り出した。


「これは?」


「こちらは今回のお礼で魔法書です。これが私が持っている中で一番高価な物です」 

 そう言って手渡す。中身を見てみると、呪文や消費する魔力がどの程度のものなのか、詳しく書かれていた。


 そして【即神術】を使い、思考を加速させる。


 彼の才能は何も運動面だけではない。その最たるものが記憶力である。一度見ただけで半永久的に記憶してしまうその能力により、テスト勉強というものした事がなかった。

 だが良い事ばかりではなかった。そのせいで嫌な思い出も忘れられないのだから。

 今回はいい方向に働いたようだ。パラパラと見ただけですべてを覚え、記憶した。



「覚えたからもう必要ない」


「え!? もうですか?」


 疑うような目を向けてくるが事実である。それにこんなものを持ち歩いていたら邪魔にしかならない。

 

「何度言わせる気だ」

 

 怒りや苛立ちがなにも籠められていないその声は男を震え上がらせる。

 黙りこくったのを好機と見て立ち上がり、背を向ける。


「世話になった」

 そう小さく礼を言い、また日の当る所に出て行った。
















 また何キロか移動すると花風村よりも二回りほど大きな町が見えてき。だいぶ日も暮れてきたため、今日はそこで宿を探すのだろう。

 街を囲うように木で3メートルほどの高さのある塀が造られている。そして周りには堀が掘られ橋が架けられている。橋には鎖が架けられ可動式になっていて、橋を完全に上げる事で門の役割も果たしているようだ。


 近づくと槍を構え、鎧に身を包んだ屈強な男が二人見張っていた。青年の姿を見ると目つきがより険しくなり一人が町の中に走って行った。


「待て。ここで止まれ」


 男が槍を横にして前をふさぐ。


 なぜ、こんなにも警戒されるのか? それもそのはずである。先程盗賊を切った時の返り血がべったりと付いているからである。

 それに今更ながら気づき、ここで事を構えるのはよろしくないと考え、刀から手を離す。


「よし、そのままじっとしていろ。お前はどうして血に塗れている?」


 ここで記憶を掘り返す。そして思い出す。先程切り捨てた奴らが【南の斧】と名乗っていた事に。


「【南の斧】という盗賊を切り捨てた」


 その言葉にますます眉間にしわを寄せる門番。対する空はそんな表情もどこ吹く風。無表情を保っている。


「そんな事よりここを通せ」


「何!? お前のような得体のしれない奴を町に入れるわけがないだろう」


「そうか。なら無理矢理でも通らせてもらう」

 そう言った瞬間、彼の目に不気味なほど生気がみなぎり、殺気で満ちる。彼の【修羅】の技能【威圧】が発動していた。

 門番は睨まれただけで手足の震えを止める事が出来ずに槍が手から落ちる。

 その様子を確認すると彼は町に入って行った。門番の男には止める勇気は残っていなかった。

 その後もう一人の門番が仲間を連れてきたときは青年はいなくなっていた。








(確かにこれだと目立つな)

 

 血に塗れたままだと、また難癖をつけられるかもしれない。そう思った彼は商人に見せてもらった魔法書を思い出し。一番下級の水の魔術を路地裏に入ったうえで使う。

 原理はイメージし呪文を唱えること。そして魔力があること。


 彼はどちらの条件もクリアし、いとも簡単に使いこなす。

 一番下級な魔法であるがゆえに呪文も短い。手をかざして唱える。


【水よ】


 その瞬間、彼の掌に水が集まる。その水を使い服の血を洗い流す。

 そして次は火の魔法。


【火よ】


 またも小さな灯が集まりその熱で乾かす。


「便利だな」


 そう呟いた後、街の散策を始める。

 宿に泊まろうにもお金がない。まずは稼がないといけないだろう。

 一通り町を見渡す。もちろん門番達が騒いでいたので適当にきながら。


 武器屋に防具屋、日用雑貨店、八百屋に魚屋に肉屋、宿もあった。ここはそれなりに流通もちゃんとしていて、にぎわっているようだ。彼にとっては鬱陶しさしかないが。しかし、それも元の世界の都会の騒がしさと比べれば可愛いものである。


 そして気になる看板を見つける。そこには賞金首が描かれていた。よく見るとさっき切った男に似ているかもしれない。

 

(これはちょうどいい)


 思わぬところで金の当てを見つけ口元に笑みが浮かぶ。

 そして彼は先程場所に【軽身術】で飛んで行った。














 首を切るのが元の世界では一般人であった彼にとって、躊躇われたので体ごと引きずって戻ってきた。流石の彼でも大の大人を抱えて走るのはきつかったようだ。額には汗がにじんでいる。


 先程と同じ門番が立っていた。


「おい、これが証拠だ」


 どさっと、死体を投げ捨てる。


「ひいっ。な、お前さっき町の中に入ったはずじゃあ」

「そんな事はどうでもいい。こいつは賞金首じゃないのか」

「ん、そうだな。本当にお前がこれをやったのか?」

「ああ、他に誰がいる。早く金をよこせ」

「ムッ。……ではしばし待て」

 もう一人の門番と一緒に死体の確認をする。

「確かに間違いない。こいつは大吾だ。所定の手続きを行う。付いてこい」












 そう言って通されたのは立派な家。その家にはさらに石で囲われていて、庭園まで作られている。

 中から出迎えたのは着物を着た日本人のような老人。珍しく猫耳も付いていない。


「わしはこの町の町長の木谷義之よしゆきじゃ。お前さんが盗賊を退治してくれたのか?」

「ああ」

 彼は言葉少なに答える。

「お前さんの名前を教えてくれるかの?」


「断る」


「ん、なぜじゃ?」

「理由はない」

「なるほど言いたくないというわけじゃな。まあ良い、こいつじゃと50キャメルじゃの」

「そうか。なら早くよこせ」

「まあそう焦るでない。お主の腕を見込んでなのじゃが、このままこ奴らの親玉も退治してはくれんかの。わしらはこの【南の斧】に随分と辛酸をなめさせられてきての。なんとか仕返しをしてやりたいのじゃ」

 周りの門番達も唇を噛みしめ、悔しそうにしている。


「悪いが俺には関係ない。だが、どうしてもというのなら条件がある」

「何が望みじゃ?」

「俺はこれから旅に出る。それに必要なもの全部と今晩の宿を手配しろ」

「分かった。それぐらいなら準備しよう。わしが言うのもなんじゃが、本当に出来るのか?」

「さあな」

「お主失敗したらどうなるか分かっているのか」

「分かってるさ。ただ死ぬだけだ。この町に関係ない俺が死んだところでどうってことないだろう」

「お、お主は怖くないのか」

「別に」

『……』

 つかの間の沈黙が落ちる。

 その沈黙を破るのはやはり彼の声。

「奴らがどこにいるかはわかるのか?」

「う、うむ。この町を出て南に2キロほど離れたところにある岩場の陰に居を構えておる」

「そうか。夜までには戻る。それまでにはすべて用意しておけ」

 それを最後に背を向け、一直線に向かって行った。











 風が吹いたかと思うと青年の姿はいなくなっていた。茫然と残されるは町長である老人と門番達。

「町長、あの青年はただ死にたいだけでは?」

「お前もそう感じたか。確かにあの青年は死にたがっておるじゃろう。じゃがの、あ奴はこんなとこで死ぬやつには見えんのじゃ。おそらく帰ってくる」

 青年の消えた方向を見つめ、ため息をつく。

「そうですね。わたしもそんな感じがしてなりません。そうなると準備しなければなりませんね」

「うむ。祝宴の準備じゃ」

 その雰囲気を壊すように老人は朗らかに笑った。

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