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3話

 青年は受け取った衣服を手に、刀を腰にさし、村の外に出て行くのかと思いきやクルリと向きを変え、ある建物の中に入って行った。その建物は四方を大きな石柱で支えられ中央には噴水があり、荘厳さが感じられる。村の中でもここだけは異質な雰囲気を放っている。


 しかし、そんな事は気にせず新しい服に彼は着替えた。そしてあたりを見回し、ここは神聖な場所なのだと認識する。しばらく見ていると地面に薄く光を放つ紋様を目にする――魔法陣である。ここが異世界なのだと象徴するかのような不思議な輝きに興味をそそられる。


 彼は警戒しつつその上に立つ。その瞬間、眩いまばゆい光に包まれホワイトアウトする。














 そして彼が再び目を開けると、光に目が慣れたはずなのに依然として白一色。ここにいると方向感覚がおかしくなりそうなほどの広い空間。


 彼は【即神術】【軽身術】を使い、あらゆる物事にも対応できるように身構える。


 無音の時間が暫く立った後、どこからともなく声が響く。



「聞こえるか、若者よ」



 声を聞くやいなや、抜刀し後方に大きく跳躍し、姿の見えない何かとの距離をとる。


「そう構えるでない。わしはお主の敵ではない」


「……」

 だが依然として周囲をくまなく見渡し、警戒を続ける。


「大丈夫じゃ。わしはお主に手も足も出せぬのじゃよ、この世界ではの」


「どういう意味だ」

 何の感情もこもっていない無機質な声が返ってくる。


「わしは思念体だけの存在なのじゃよ」

「つまり、そのために俺の目に映る事も、攻撃することも不可能だというわけか」

「ふむふむ、なかなか物分かりがよいの。その通りじゃ」

 彼は刀を鞘に納めた。


「そうか。ではここから出る方法を教えろ」

 話の流れを気ににしない、唐突な要求。その言葉から彼の好奇心は既に満たされたことがうかがえる。

 しかし、その何も願いを望まぬ返答に声の主は驚きを覚える。ここに来る者は少なからず、願いや欲望を持って来ていた。

 だが目の前の青年はどうだろうか。願いらしい願いも言わず、現状を理解しただけで帰ろうとしている。それはここがどのような場所なのか知らないことも原因しているのだが、もちろんそのことを声の主は知る由もない。



「待て待て。お主はここに何か用があってきたのではないか?」

「いや。只足を踏み入れただけだ。他に用はない」


 声の主はますます興味を覚える。今までの人間はいずれも欲望に満ち、何かしら目的を持っていた。主はそこでじっくりと青年を観察をする。

 容姿は飛びぬけて美しく、その纏う雰囲気は刀のように鋭い。だがそれ以外は普通の人間と何ら変わる事はない。只の人間であるというのに、なぜかその姿から目を離すことはできなかった。


 彼は一時の無言を不審に感じていた。再び神経を集中させ、刀を握り、抜刀の姿勢をとる。


「どうした。それともあんたは俺を元の世界に返すことはできないのか」


 そこで主は長らく見入っていた事に気づく。


「すまんすまん。暫し考え事をしておったのじゃ。折角来たのじゃからわしと話しでもせんか?」

「断る。それよりも早く俺を帰せ」


 青年の答えが覆ることはないと察するが、一度興味を持ってしまったのだから何としても話がしたい。そこで強硬手段に出る。


「では、わしと話をせねば返さん」


 青年の眉間に皺が寄るが、刀から手が離される。話せという事なのだろう。


「わしにとって久々の興味深い客人でな。お主を気に行ってしまったのじゃ。許せ」


 素直にそう話すと少々雰囲気が柔らかくなった気がする。ほんの微々たる程ではあるが。だが、それだけでも嬉しく感じ、声も喜々としたものになる。


「それでは、ここがどういう場所か知っておるか?」


「……」


 彼は無言で以って答える。


「では教えてしんぜよう。ここは本来、訪問者の真実の姿を映し出す神聖な場所なのじゃ」

 相変わらず無言ではあるが少しずつ興味を持ち始めている……気がする。


「まあ、ここ最近は願いをかなえろだの、不埒な輩が多いがの」


「愚痴はいいからさっさと話を進めろ」


「うむ」

 青年の圧力に気圧される。仮にも神でいる、声の主が、である。


「お主は何も願いを言わぬから良いのぉ。じゃから特別に願いをかなえてやっても良い。言ってみるといい」

「なら、俺を殺して見せろ」


「な!? そんな事できるわけなかろう。命を粗末にするでない」

「そうか。では願いはない」

「本当に他に願いはないのか?」

「……」


「はぁ。続けるとしようかの。ではお主、今の自分の力を知りたくはないか?」

 彼は顔をあげて興味を示す。


「そんな事があんたに出来るのか?」

「出来るぞ。元々わしはその為にここに居るのじゃからの」

「そうなのか。つまらなくはないのか?」

「いや、これがわしらの役目。人間を正しき姿を見せ、導くことがの」

 だが珍しく彼はいらだった様子を見せる。


「役目だからと言って今ある状況に満足するのか。変えて見たいと思った事はないのか」


 青年のその様子に青年の目には映らないが、主は目を見張って驚く。


「よいのじゃ。何をしようとも変えることは出来ん」

「……そうか」

 

 主はこの青年の感情を始めて感じ取った。彼にも思うところがあったのだろう。


「心配してくれて嬉しいぞ。そんな事を言う人間はお主が初めてじゃ。そう言えば名乗っておらんかったの。わしの名は太時化羅命たじからのみことじゃ。以後よろしく頼むぞ」


「そうか」

「お主は名乗ってくれんのか?」

「ああ、俺は自分の名前が嫌いなんだ」

「なぜじゃ?」


「……」

 その途端下を向き、押し黙る。答える気はないのだろう。


「まあ良い。誰にでも答えたくない事の一つや二つ、あるものじゃ。それよりも自分の力を見てみたくはないか」

「そんなに見たければ見ればいいだろう。あんたなら勝手にみることも可能なんじゃないのか」

「それもそうじゃが、わしはお主を気に入っておるのでな。そのような無粋な事は出来んよ。見てもいいかの?」

「わかった」

「うむ。ではそこを動くでないぞ」


 濃い霧がたちこみ、忽ち目の前が見えなくなる。


「よし、もう良いぞ。では今からお主に見せよう」


 神谷空 二十歳 修羅熟練度,五十九 生命力,三百十二 精神力,二百三十二 魔力,二百一


「これは……あんたにもこれが見えるのか?」

「うむ、もちろんじゃ」

「なら俺の名前も分かってしまったというわけか……」

「うむ。いい名前ではないか。なぜこの名を嫌う?」



「黙れ」



 突然の怒りに太時化羅命は困惑し、空に真意を問おうとするが、その眼を見てかたまる。

 空の目に込められていたのは怒気と殺気。瞳孔は見開き、眉間には皺が寄っている。みことは空の怒りにふれて声を発することができず、無言の時間が流れた。



「すまんかった。わしが悪かった。許してはくれんかの」

 もし空が命を見る事が出来ていたなら、土下座をしてまで、許しを乞う姿を見る事ができただろう。それほどまでに彼の放つ殺気は恐ろしかった。そして、ものの数分で彼に嫌われたくない、と思わせるほどの魅力も持ち合わせていた。

 その願いが通じたのだろうか? 命を先程まで襲っていた殺気は嘘のように消えうせた。


 そして、わざとらしくゴホン、と咳払いをして続ける。

「では気を取り直していくかの。空――お主は熟練度50を超えているようじゃが、それならば詳しく見る事も出来るがどうするかの?」


「分かった。ここまでやったんだ、あんたに任せる」


「うむ。任せておけ」


 【速治術強化】【毒耐性】【神刀術強化】【威圧強化】【黒魔導術高速使用化】


「どうじゃ、興味深いのはあったかの?」

「ああ、いくつかな。これから質問をする。答えろ」

「うむ。何でも質問するといい」 

 命は空の命令口調にも慣れたようである。


「ひとつめ、神刀術とはなんだ?」

「うむ。これは武器の切れ味を増させる技能じゃ」


「そうか」

 機械的な質問は続く。


「二つ目、俺は黒魔導というやつが使えるのか?」

「いや。だが、少なくとも素質はあるようじゃ。しかし、その言い方じゃとまだ術の事を知らぬようじゃから、文献でも見て調べさえすればすぐに使えるようになるじゃろう」


「だいたい分かった。あとは自分で調べるとしよう」

「それは何よりじゃ」


「もうこれであんたの話したい事は終わりか。それならすぐに俺を――」

「まあそう焦るでない。先程のわびと楽しませてもらった礼に渡したいものがあるのじゃ。前にある箱を開けて見るといい」


 するとそこには、さっきまでは何もなかった場所に木箱が置かれてあった。


「何だこれは?」

「まあ開けて見るといい」


 警戒しつつ箱を開ける。そこには一振りの鍔のない太刀があった。

 空はそれを抜き刀身を確かめる。柄は紫色の糸で織り込まれ、滑り落ちないようにし、その刀身は黒く染まっている。しかしただ黒いだけではなく透き通った黒さである。きらきらと光を反射し、何かの宝石で造られたように美しい。

 彼はしばらくその刀に見入っていたが、そこで気づく。全身から力が抜けている感覚に。


「これは何だ?」

「ほっほっ。その違和感に気づくとは流石じゃの。まずはそれを鞘に納めた方が良いのう」

 その助言に従い鞘に納める。すると先程までの不思議な感覚は無くなった。


「今のは?」

「その刀のせいじゃのう。その刀は神々の間でも倦厭されておるいわく付きのものなんじゃ」


「……それを俺に渡したのか?」

 徐々に空の殺気が膨れ上がるのを見て、慌てて言う。

「そうじゃが、そうではない。お主なら使いこなせると思ったのじゃ。それにその刀は切れ味、耐久性ともに天下最高のものじゃからの。うまく使えば必ずお主の力になるじゃろうて」

 そうほめちぎると徐々に殺気が――、


「嘘だったら、この刀で斬る」

 無くなってはいなかった。

「嘘ではない。わしが保障する」


「そうか」

 いつものように興味なさげな返答。


「これから、その刀についての注意事項も言うから、お主なら大丈夫じゃろう。それは鞘に納めている間は安全じゃ。じゃが、むやみに使うと命を喰らいつくされるぞ」

「ほう」

 空の口元はつりあがり、その表情にははっきりとした笑みが浮かぶ。


「もちろん、悪い事ばかりではないぞ。それで切りつけた相手にも同様の効果を与え、まだ隠された能力があるようじゃ。いまだかつて様々な者が研究してきたが、全容は分からんかった」

「それだけ分かれば十分だ。後はあんたの言うとおりに使いこなせばいいのだろう」

 そして言葉をため、さらに笑みを浮かべ、しかし感情を押し殺して静かに呟く。



「面白い」



「うむ。お主ならきっと出来るじゃろう。これでわしの話は以上じゃ」

 瞬時に表情から感情が消える。

「ああ、世話になった」

「ではの。お主との会話、楽しかったぞ」


 そしてまた強い光に包まれる。去り際にうっすらと声が届く。入口のそばにある真性石に触れてみるが良い、と。












 そして目を開けると、手に黒刀が握られていた。紛れもない現実であったのだ。

 空は命の言っていた石に触れてみる。だがそこから表示されるものを見て、くだらない、と吐き捨てる。


今度こそ彼は村から旅立った。



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