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4話

 神谷空、それがこの黒で統一された屋敷の主である。その屋敷は黒が基調となっていることから、見る者に物々しさと殺風景だと思わせる。

 数多ある部屋の一つで屋敷の中でも一際装飾品の少ない部屋が彼の自室である。普段は彼一人しかいないこの部屋に昨日とは違う点が一つあった。


「どうするかな」


 彼は足元に頬を擦り付ける生き物、黒い毛皮に覆われた九尾の狐を見ながらため息をついた。








 ◆◆◆


 空は黒刀を八本の尾を持つ白狐に振り下ろした。その剣速はとても目で追えるものではなく、音すらも遅れて聞こえてくるほどだ。

 刀が振り下ろされた瞬間、見えない何かに刃が阻まれた。

 額を守るように壁があるようだ。そして、彼はこの力に対して既視感を感じていた。


(光が使う陰陽術の結界に似ているな。なら、このまま力尽くで押し切る!)


 気合を新たに力を込める。だが、その見えない何かは簡単に消えることはなく、逆に時間をかけたことで白狐びゃっこに反撃の機会を与えた。

 白狐は空の凄まじい力に抗いつつも八本の尾に青白い火を灯す。それは拳大からついには子供くらいの大きさまでに変化した。見た目だけではなく放たれる熱量も変わり、彼と白狐のあたりの雪はすべて解け、水になったそばから蒸発している。

 

「チッ」


 火を灯し始めたときには彼は一旦刀を引き、白狐の反撃に備えつつ障壁を取り払うための一撃を繰り出すため、力を溜めはじめた。


【水よ】


 魔力を水に変え、辺りに放出し続けることで、温度の上昇を抑える。

 

 次に【魔強化】を使い、全身を黒い魔力で覆う。そのおかげで不思議と暑さを感じることはなくなった。そして、身体強化術を使い、腕力、脚力、動体視力、反応速度を高める。これで準備は整った。


「【一閃】!」


 両手で刀を持ち、後ろに引くと黒い線が真一文字に奔り、斬撃に合わせて放たれた有りっ丈の魔力が吹き荒れた。

 その一撃は障壁を破壊すると、白狐に襲い掛かった。だが、白狐もただでは負けなかった。避けられないと分かるや否や受け流す方向にシフトし、最小限のダメージに抑えようとする。その結果受け流すことには成功したが額から一直線に真っ白な毛皮が黒く染まり、準備していた炎が全て消し飛んだ。この事からまともに受けていたらどうなっていたか想像に難くない。


 しかし、一太刀入れただけでは決して白狐は倒れない。だが、それは普通の攻撃であった場合だ。彼の放った斬撃には魔力。つまり、闇属性の魔力が込められていた。そして、闇属性の特徴は強い毒性である。

 傷からみるみるうちに彼の魔力が広がり、ついには全身を覆っていた白い毛皮は額から扇状に黒く染め上げ、上から見ると黒い狐、下から見ると白い狐という白黒の狐になった。

 何度も言うが闇属性には魔力がある、ここまでその毒が体内に広がると普通は死んでしまう。元白狐も例に漏れることなく、弱々しく地面に伏せている。今や毒によって死を待つか、彼によってとどめを刺されるかどうかである。

 ここで予期せぬ出来事が起こった、これは彼にもおそらく白黒狐にも予想していなかっただろう。

 白黒狐が【魔強化】を使う時のような灰色の魔力に覆われると、新たに九本目の尾が生えたのである。灰色の尾が生え終わると、スッと白黒狐は立ち上った。

 彼は攻撃に備え刀を構える。すでに魔力は底をついているため、今は身体強化術でしか強化することが出来ない。


「まだ来るか。いいだろう」


 いつの間にか不測の事態に備え小太郎たちも空の傍に寄ってきている。彼らも万が一もないとは空を信じているが、念のためである。

 しかし、空を見つめる白黒狐の瞳には殺気も敵意すら感じ取ることが出来なかった。逆にかまって欲しそうに九本の尾をゆらゆらと揺らしている。

 流石の空もこの態度には不信を覚える。

 そして、狐は彼の足元までゆっくりと近づくと首を垂れ足元にすり寄った。


「どういう事だ?」


 小太郎たちに問いかける。しかし、皆疑問符を浮かべ、首を傾げ、答えることが出来ない。

 

 その中で準が思い出したように口を開いた。


「隊長殿、この現象は我々狼族やほかの者たちが行う、ナフィなどの魔物を手懐けたときの態度に似ています」


 その言葉に頷き、小太郎も話す。


「確かにかような従順な態度。よしんばするとよしんばするやもしれませぬ」


 翔はそのような場面に立ち会ったことがないため何も言う事はないが、特に反論があるわけではないようだ。



 しばし、顎に手を当て考え、決断を下す。


「ならばこいつを俺の仲間にする。だが、決して警戒は怠るな。それが分かったら準備しろ、帰るぞ」


 空は光や経験の豊富な飛来ならば有効な意見が聞けると考え、すぐに出立できるよう急かしたてた。








 そして、屋敷に戻り光と飛来を交えて、意見を交わすとこの白黒狐は空の配下に下ったことで間違いないことが分かった。偶然ではあるが彼の行った行為は調教師と呼ばれる者たちが魔物を従属させる手段と似ていたようだ。もちろん、彼のように莫大な魔力を皆々持っているわけではないため時間をかけてゆっくりと自らの魔力に馴染ませることで魔物に自分が敵ではないことを認知させ、仲間になるというのが一般的で、従属させるには膨大な魔力と精神力が必要な事から、一撃で従属させたことから彼がどれほど規格外化がうかがえる。

 また、友好的、もしくは対等な立場で仲間にした場合はそれに成功した際の魔物の行動が行為者の周りを一周回るというもので、従属というような行為者が圧倒的優位な立場になった時の行動が、魔物によって異なるがお座りの姿勢を取ったり、足元に近づいてきたり、人型のものであれば膝を突いたり、首を下げたりなど様々である。






 ◆◆◆





 その日から彼の部屋には白黒狐が居つくようになった。そして、彼の頭を悩ませているのがこの狐が付いてくることである、そのせいで一人になる時間が全く取れていなかった。だが、慣れとは恐ろしいもので一週間もする内にはそれが当然の光景になりつつあった。白黒狐がまるでカルガモの親子に様に空のすぐ後ろを付いて歩く光景が。


「行くか、ハイリ」


 狐の性別がメスという事が判明し、それならば名前をという事で付けることとなり、空が命名したものである。

 ハイリに飛び乗り、狩場に出かけたり、散歩に出たりしている。

 鋭利な美貌を持つ彼が綺麗な毛並みを持った黒い狐にまたがる姿は様になっており、これをきっかけに憧れを抱く者が急増し、彼の隊でもイヴェール・フォレの他の師団でも魔物を調教するものが増え、機動力が向上したのは思わぬ副産物であった。

 



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