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3話

 黒衣に身を包み、黒刀、大鎌という異色の二刀流の神谷空。戦闘では力と才能で敵を圧倒するが今は少々厄介なことに巻き込まれていた。

 

「隊長俺にも修行を付けて下さい! 來未ばっかズルいっす」

 

 そう言って頼み込む元気な少年は三國翔。前回空と修行をした來未の双子の兄である。彼は妹の話を聞き、いてもたってもいられなくなり空に頼み込んでいるというわけだ。

 だが、來未を修行に連れて行ったのも気分、要は気まぐれである。そして、今回の件を受けて空も気付いている。これを了承したら次々と似たようなことが起こる、と。

 現実に翔の後ろには紺色の浴衣に腰に刀を差した藍原小太郎、白い軍服を着た三浦準が連なっている。彼らの表情を見る限り、用件は同じなのだろう。


「隊長殿、我らからもお願いいたします。ぜひご指導を承りたく思います!」

 

 直立不動の姿勢で腕を後ろに組みながら言う彼の表情は真剣そのものだ。


「神谷殿、某も修練に加わりたいでござる!」


(こうなることは來未の話を受けたときに予想しておくべきだった……。受けてしまったものは仕方ないな)


 彼は小さくため息をつくとその重たい腰を上げた。


「仕方ない、付いて来い。霊峰に行く。準備しろ」


 來未と修行した場所を選んだ。なぜなら、考えるのが面倒だったのと何度か言ったことがあるため、そこに生息する魔物に対して経験と知識があるからだ。さらに今回は引率する人数も多いので慎重になったというわけだ。










 場所を移してここは霊峰、御霊山。やはり、白銀で彩られた霊峰は幻想的な美しさを放っている。

 和の国出身の小太郎のおかげで、ここで出てくるあらかたの魔物の情報を手に入れている。さらにこの霊峰は一年中雪が融けることがないため、寒さもほとんど変わらないらしい。その為、ついた別称が氷の要塞。その昔和の国が他国と争った際は天然の盾として重宝したそうだ。


 そして、彼らは既に魔物達と交戦中である。


 空は魔物の接近にはいち早く気づいていたが、この程度なら大丈夫だろうと判断して3人には告げることはなく、その結果、雪猿に囲まれている。そして、その陰に隠れて強力な力を持った魔物が近づいて来ていた。この場は3人に任せ、彼はその魔物に備え警戒している。


 では、3人それぞれの戦いを見ていこう。






 まずは三浦準。


 彼の戦い方は基本力押しである。狼族特有の優れた筋力。これを武器に闘う。そして、振るう剣も魔剣であるため、その威力は並みの敵では太刀打ちできない。そして、距離があれば強力な魔法を放つ。それが彼の必勝パターン。


「はぁっ!」

 気合とともに振り下ろされる魔剣は雪猿の毛を切り裂き、骨を断つ。だが、その分彼の腕にかかる負荷もたまったものではないがすぐに【速治術】を使い、治す。

 痛みで堪らず距離を取る雪猿。

 それを予期していたのだろうすでに魔力を体内で練り上げ、呪文の詠唱に入っていた。

【――切り刻め】

 詠唱は既にあらかた終わっており、彼の手から風の刃が放たれる。空気を切り裂いて出る音を残し、雪猿を葬った。その体は綺麗に両断されている。

 最初に彼の戦闘スタイルの説明をしたが、決してただの力押しの脳筋というわけではない。経験や知識から敵の動きの予測をすることが出来、そして、扱っている魔剣の形状からも彼の技量の高さが窺える。

 彼の剣はパタと呼ばれる剣をモチーフにされており、その剣は拳を覆う様な籠手が剣身に付いている。その形状から手首を器用に動かすことは不可能であり、それをしようとすれば手首を痛めてしまう。だが、それを補う利点が装甲による防御力の高さと その威力である。つまり、彼は自分の長所を伸ばすようなスタイルを選択したというわけだ。もちろん、欠点はある。それに気づき注意するのは監督者の役目。


「準、アンタは経験も余裕もある。それなら、後は自分の残りの魔力、精神力の事も考えながら戦え。それが出来なければ地力を上げろ」


 彼の上官である神谷空は的確な指摘をする。それは彼のスタイルを正確に理解し、長所と短所を把握しなければかけれない言葉である。


「はっ。ありがとうございます」


 まだ敵が前に残っているため、空の方を向くことなく礼を言った。


 次は小太郎を見てみよう。







 見ると小太郎は2頭の雪猿に挟まれた場所に位置していた。だが、その表情には焦りはなく余裕すらうかがえる。熟練度の差はあるとはいえそこまで余裕があるとは思えないのだが、その自信の根拠は何なのだろうか?

 

 彼は【見切り】を要所要所で使い、攻撃を受けることなく、躱し続けている。もちろん、受け流す際には刀の刃の部分を使っているため、多少のダメージは与えることは出来ている。しかし、それを続けている内に雪猿に挟まれてしまったのだろう。雪猿からすればシメたと思っただろう。だが、違う彼が誘導したのだ。

 渾身の一撃を放とうと腕を2頭が振り上げた瞬間彼は動いた。

【見切り】

 ゆったりと時間が流れるような感覚が彼を支配するが実際は違う。彼の知覚が恐ろしいまでに強化されたことにより、そう錯覚するだけである。その中でさらに【軽身術】を使う事で、自分だけが正常な時間の中にいるような動きで躱す。

 そして、彼が躱した雪猿達の一撃は互いに直撃した。かなりの力が込められていたのだろう。悲鳴を上げている。だが、そこに走りこむ一つの影。

 いまだ強化し続ける体で刀の間合いに入り刀の振れる瞬間に【神刀術】を発動させた。続いて振り向き様に脇に差すもう一振りの刀、短刀をもう一方に向かって投げる。

 さらなる痛みに悲鳴の大きさが増す。

 自分で作り上げた隙を突き、呻く雪猿に向かって刀を振り下ろした。


 戦闘が終わると、すぐに彼は空の方を向く。準に向かってアドバイスをしていたのを聞いていたため、自分にも何かないかと期待していたのだ。


 その視線に空も気付き、やれやれと首を振る。


「小太郎、アンタは大方問題はない。だが、今は戦闘中だ。決して油断するな」


 その鋭い目線を受けて、即座に辺りを見渡す。まだ雪猿とは距離があるが、だからと言って油断して良い物ではない。


 今度は空の方を向くことなく答えた。


「御意、ありがたき幸せっ!」


 そして、残るは翔。





 彼は少々辛そうである。それは雪猿は熟練度、八十から九十相当であるのに対し、翔はあれから修行を怠らなかったとはいえ、未だ百二十九。熟練度ではそれほどアドバンテージを稼げていないのと、彼の戦闘スタイルにある。

 彼の戦い方は職業の剣客、所有技能の【不意打ち】などの技能から分かる様に、一対一でましてや正面から戦う様なことには向いていない。だが、それでも何とか複数の敵を相手に闘っている。

 

「クソッ」

 辺りには雪が降り積もり、凍えるほど寒いが少年の額からは大粒の汗が流れている。雪猿の攻撃を躱す度に汗が流れ落ちる。だが、それでも彼は何とか巧く立ち回り躱し続けていた。

 最初の方は空からの助けを期待して、チラチラとそちらの方を見ていたが、今はそんな余裕はない。そして、いくら待っても助けてくれないという事は自分で何とかしろという事だろう。


(まずい、なんとかしないと。このままじゃやられるっ!)


 自分の土俵で戦うべく、考える。だが、躱し続けていたおかげで偶然にも雪猿の影に彼の姿が他の雪猿から隠された。


(よし、これなら……、やってみるか)


 足に力を籠め膝を曲げる。


「【軽身術】」


 彼は雪猿を飛び越え、彼の姿を見失っている1頭をめがけて舞い降りた。その雪猿の背後に着地すると慣れない【鬼動術】を使い腕力を強化し、【神刀術】で彼の剣――刺突剣レイピアの切れ味を上げる。そして、一撃で決めるべく気合を入れた。


「【刺突】【不意打ち】、くらえぇぇぇぇ!」


 彼の気合いの籠った一撃は雪猿を貫いた。そして、心臓の部分を貫通していることからも彼の技量の高さが窺える。

 剣を引き抜き、倒れる雪猿を横目に目の前に立塞がる3頭の雪猿を見て、ため息をついた。


「はぁ、まだこんなにか……。まあ、ぼやいてもしゃあないしな。やるか」


 彼が雪猿に向かおうと一歩踏み込んだ瞬間、黒い一筋の閃光が奔った。


 そして、綺麗に真っ二つに斬られその後ろにいたのは鎌を担いだ死神、否、神谷空であった。


「よくやった。なかなか見事だったぞ」


 3頭一気に葬った疲れを微塵も見せずに、彼を誉めた。

 口を大きく開けて驚いていたが、空の姿を見るとその表情は安堵へ、褒められると笑顔へと変わった。


「はい! ありがとうございます!」


 空は鎌についた血を掃うと、後ろを向いた。そして、彼は不吉なつぶやきを聞いた。


「さて、ここからだな」








 空は皆に翔の前にいた雪猿を倒すと、次々と小太郎、準の前にいた雪猿も倒していった。すべて倒し終わると集まるように言う。


「下がってろ」


 言い終わると鋭い視線を白銀の森の中へと向けた。


 最初は鉄のような強烈な臭いが、次は空を飛んで一目散に逃げる鳥型の魔物達の鳴き声。


 現れたのはその真っ白な体毛を血で真っ赤に染め上げた八本の尾を持った大きな狐――白狐。その青い瞳が彼らを射抜き、どちらが狩る側かを自覚させる。しかし、空だけはその瞳を睨みつけ毅然とした態度を取っている。

 

「ふっ」


 不意に空から笑みがこぼれる。


「面白い。あの巨人以上の力を持つか……、だが、俺もあのころとは違う」


 そして、彼の瞳に殺気が籠った。


「いくぞ」


 静かに呟き、刀を抜いた。刀の黒と白狐の白、見事なコントラストだった。






 空の爆発的な加速に反応したのは白狐のみ。

 瞬きすら遅く感じるほどの速さで対峙する中、彼は高揚感を感じていた。


「面白いぞ、お前」


 口元を吊り上げ愉快そうに笑う。

 振り下ろされる黒刀。

 その剣速にいとも簡単に反応塩で弾き返す白狐。

 

「硬いな」


 その言葉の通り刃がふれた瞬間、とんでもない力と予想以上の硬度で手が痺れていた。

 再度斬りかかる今度は刀ではなく鎌でだ。もちろん、能力は発動させていない。もっと戦いを楽しむために。

 斬るのではなく叩き付けるように力いっぱい振り下ろすが、それでも白狐は怯んだ様子もなく弾き返す。

 その力は尋常ではなく小太郎たちの元まで飛ばされる。

「チッ」


 不安そうに見つめる仲間たちに向けて空は言った。


「よく見ておけ」


 その一言だけで彼らの顔つきは変わった。




 そして彼はこのままでは埒が明かないと判断し、鎌を手放した。


 それはなぜか?


 彼の扱う武器の能力が両手に持って使うと十全に発揮されないからである。理由は分かってはいないが、二刀流にして使うと効果が弱い。彼は武器同士の相性ではないかと睨んでいる。


(喋る武器だからな。そういう事もあるだろ)


 と、気楽に構えていた。だが、目の前の敵にはその不完全な状態では通用しないと判断し、そして敵の戦闘スタイルが速度重視と予測する。そのため、所有者の身体能力を爆発的にあげる能力を持つ黒御魂を選んだ。


(やるか、御魂)


『御意』


 心の中で思うと、彼にしか聞こえない声が変えってくる。

 

 刀を手に先ほどとは段違いの速さを見せつけた。


(もっと速く)


 白狐は八つの尾に青白い炎を灯し、こちらに放ってきた。


 強化された身体能力で持って、高速で放たれた炎を斬りおとす。


(もっと、もっとだ)


 再び火を灯す白狐の背後に移動し、斬りつける。だが、寸でのところで反応され尾で受け止められる。


(もっと、もっと、もっと速く!)


 そして、彼の速さは白狐でさえも知覚できない速度に至った。


 鮮血が舞い、白い雪を紅く染めた。


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