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2話

 それは事件も落ち着いてきた頃のある朝に起こった。


 彼は日課にしている事がある。それは修行である。そのため、彼の趣味は修業と呼べるほどに毎日行っていた。だが、それは以外にする事がない、もしくはしたくないというのが本音であるが、その事を誰も知らない。

 話がずれたが、それは狩り場に出かけたり、盗賊などの賞金首相手に死合いを行ったりと様々である。しかし、いくら天才の彼であっても何が起こるか分からないため、準備はいつも整えている。

 それが今日は精神を落ち着けるための瞑想であった。いつもならば邪魔をしては悪い、否、殺されると感じて話しかける者などいないのだが今日は違った。






「あの、隊長……」


 彼がゆっくりと目を開け、声のした方向を向くと、目深に青いフードをかぶる來未がいた。

 珍しい客に内心は驚くが表情にはおくびも出さず答える。


「何だ?」


 彼女は俯いて、言いづらそうにしていたが、急に顔を上げるといった。


「私に修業を付けてくれませんか?」


 その一言を言われた途端に彼の表情は苦々しいものへと変わった。

 それもそのはず、彼が町にでると声をかけられる目的が、喧嘩か修行を付けてくれといったものだからである。

 それを自分の家の中で言われるとは彼も思っていなかった。だが、よく考えてみれば近くに手本となるべき人間がいるのに今まで声をかけなかったのがおかしい位である。

 いつもなら断ったり、無視をする彼ではあるが仮にも部下の頼みである。きっと無下にする事はないだろう。


「……」

 

 と思っていたらこの沈黙である。彼女も彼相手だと表情を隠すことが出来ないのか不安そうである。

 数十秒後彼は目線をはずすと、武器を担いで立ちあがった。そして、黙って去っていった。

 無視をされたのかと思い、彼女はしょんぼりとしている。ネコ耳も下に垂れている。


 だが、不意に声がかかった。


 彼は前を向いたまま言った。


「付いて来ないのか?」


「行きます」


 彼女は間を開けず答えた。


 この出来事が後の彼を困らせることになろうとは考えもつかなかった。









 ここはイヴェール・フォレから西南の方角に100㎞ほど行ったところ。100㎞というと、電車で東京から熱海までを想像していただくのが分かりやすいだろう。それを半日で着いてしまう彼らの身体能力は彼のいた世界。現代人とはかけ離れているのが分かる。

 そして、彼らが修行の場に選んだこの場所は地元の人間には霊峰・御霊山ごれいざん。この山は横に長く連なり、標高も高いことから、それだけで人にとっては修行になるのである。また、そんな環境の厳しい場所に住む魔物もそれに適応し、進化しているため、この場所での適正熟練度は麓で八十、山頂に近い場所となると、百五十以上となっている。

 補足ではあるが、この山を越えると和の国がある。ちなみに和の国に行くには海路でいくか、御霊山を迂回して谷を通るしかないのである。しかし、最短ルートは山越えであるため、この山を越えようとする者は必然的に強者のみである。

 もちろん、今回は修行が目的であるため山に向かっていた。肩慣らしのため、麓で最初は行う事になっている。もっとも彼女にとっては肩慣らしでは済まないが。


「さて行くか?}

 軽く素振りをしながら來未に問う。

 彼女はそれに頷いて答えた。

 それを見て、武器を納め、今だ雪の残る山道の中に入っていた。





 

 草木生い茂るけもの道に分け入ること数十分。例の如く彼が自分で流した血の臭いに誘われてきた魔物達が襲ってきた。それは唐突。奇襲は成功したかのように見えた。だが、物事に絶対はない。

 それに今は神谷空彼がいる。それだけで、成功する確率は下がるというものだ。

 彼らが山道に入ってから発動していた身体強化術には【即神術】が含まれていた。強化され鋭敏になった五感のおかげでわずかな物音、臭いで状況を判断し、冷静に対処した。これによって彼は反応して見せた。


「【威圧・極】」


 彼は全身から殺気を発し魔物達を威嚇する。人間よりも本能的な部分で優れ、生き残るために相手の力を察知する能力を発達させてきたのだろう。あてられた殺気に硬直するよりも、逃げることを選択した。だが、せっかくの獲物を彼が逃がすはずはなかった。


「何をぼさっとしている。やれ」

 

 同じく彼の気に当てられて動けないでいた來未に命じた。

 その声にハッとするが、即座に表情を引き締め魔法を唱える。


【雷よ、彼の者の動きを止めよ】

 

 彼女の杖から蛇のような動きをする雷光は逃げる魔物――焼のように白い体毛で覆われたゴリラと言えばいいだろう。だが、彼の世界のゴリラよりも幾分か凶悪な顔つきで一回り大きく、2mほどの大きさを誇っている。

 その白ゴリラを彼女の放った魔法はつるのように絡み付き、動きを封じた。それと同時に雷属性の魔法であるため、体毛を焼きながら魔物にダメージを与え続ける。

 彼女はその様子を見届けると自分の得意とする魔法を唱え始める。


【炎よ、その形を龍へと変え、我に仇名す者を焼き滅ぼせ】


 彼女から放たれた魔力はその形を細長い龍へと変わり、一直線に白ゴリラに迫る。龍はその口を開きゴリラを包み込んだ。炎龍が通り過ぎた後に黒く焦げた魔物のなれの果てが横たわっていた。


 辺りの敵がいなくなったところで彼は彼女に話しかけた。

「やるじゃないか」

「嫌味ですか?」

 その不審そうな目つきにため息をついて答える。

「素直に言葉を受け取っておけ。だが、一つ言う事があるとすれば魔力使い過ぎ、つまり、使う魔法が強すぎるな。もっと効率的にやれ」

「……」

 的確な意見に彼女は言い返すことが出来なかった。

「さて、そこを考えた上で次、行くぞ」

 彼女の反応を気にせず先を急ぐいだ。そこは相変わらずである。






「ふむ、臭いが変わったな。さっきのゴリラとは違うやつが来るかもしれないな」

 來未は空の言葉に疑問を浮かべ首を傾げている。

「なんだ?」

「そのごりらというのは何ですか?」

 彼はこの世界にゴリラという概念がない事に気づき、その違いに笑みを浮かべた。

「ああ、さっきの猿みたいな奴の事だ」

「あれですか。それは雪猿ゆきざると言うんですよ。さっきの奴らはその中の弱い部類で強い個体になると魔法を使ってくる奴もいるみたいですよ」

「ほう、それは面白そうだ」

「普通は面白いどころじゃないんですけどね……。まあ、常識なんて隊長には通用しないですもんね」

 彼女の呆れた様な一言に肩をすくめて、聞き流した。




 それから二人は奥に立ち入り、魔物を見つけては倒していった。

 倒した魔物は雪猿に白い鱗に大きな体、金色に輝く三つの瞳が特徴的な白蛇はくじゃ、黒い大きな巨体に鬼の様な二本の角を持つ鬼熊おにぐま、白く綺麗な毛皮に覆われた個体によって尾の数が異なる白狐びゃっこ

 この他にも様々な魔物がこの霊峰には住んでいるが、今回彼らが出会ったのはこの四種類。どれも獰猛で強靭な肉体を持つ事で知られる魔物たちである。


【炎よ、焼き尽くせ!】

「ダメだ、隙もでかい。それに詠唱も長いな。無しで出来るようになれ」

 このような無茶な注文と、出来るようになるまで延々と戦わせられる事で修業が終わりに近づいたころには彼女は魔法行使の際に呪文の省略、【詠唱省略】を覚えることが出来たようだ。

「おい、どうした?」

 先程からフラフラとしていて、一言も喋らない彼女を不審に思い、声をかけた。

 その瞬間、疲れ果た來未はその場に倒れた。

「ふむ、倒れたな。やりすぎたか」

 未だ魔物に囲まれる彼女を横目に落ち着いた様子で悪びれた様子もなく呟いた。

「仕方ないか」

 そう言うと【威圧・極】を発動し、黒刀を抜いた。彼の殺気が収まる時には白い雪を紅く染まっていた。









 その後夜になって屋敷に着いた空とその背で眠っている來未を見つけた光から彼が説教を受けたのはまた別の話。



 ◆◆◆


 三國來未くみ 十二歳 魔導師 熟練度、百八十九 生命力、七百一 魔力、八百二十三

 【火・雷・風属性魔導強化】【火・雷・風属性魔法詠唱省略】【魔力増加】【魔力探知】【魔導術】



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