10話
飛来は來未を従え、敵の様子を偵察していた。
息を殺して、身をひそめる。隣では來未が【魔力探知】を使って、魔力持ちの人数を探っている。彼はそんな彼女から不意に声をかけられた。
「ねえ」
「どうしたんだ? お前の方から話しかけて来るなんてよ。何かあったか?」
彼女はは首を横に振った。
「騎士様はいつもああなの?」
会ったばかりで何も空のことを知らない彼女がこのような疑問を抱くのは当然であった。
「まあ、そうだな」
彼は先ほどの出来事を思い出して、苦笑して答えた。
「では、ここは今我々がいる位置です。そして、ここが今回の目標である砦の位置」
光は地形図に土属性魔法で作った即席の駒を置き、示す。
現在空たちがいる位置は周りを木に囲まれ、本来なら魔物が徘徊する場所である。そのため、敵側にとっては天然の盾となっているはずだったが、彼らはナフィを連れて来ていたこと、そして、王猫国トップクラスの能力を持つ彼らの前では魔物達は敵ではなかった。そして、駆除し終えるとここを拠点にする事に成功した。
ここを拠点にしたことで彼らに新たな利点が生まれた。元々、敵側はここを天然の壁と理解しているため森側への警備の眼が薄いのである。
「今、この場所は我々にとって非常に有利に働いています。この場所のおかげで敵陣近くで作戦会議が出来るのですから。それでは、具体的なことを詰めていきましょうか。何かあればその都度言ってください」
皆頷く。それを確認すると駒を一つ持って敵陣後ろに置いた。
「飛来さんを中心に三浦さん、藍原さん、三國兄妹は足の速い者と攻撃力の高い者たちを連れて背後に回ってください。もっとも、敵側は正面から向かってきたと思うでしょう。來未さんを中心に広範囲殲滅行動を行ってください。残りの方たちは周りを警護するという形でお願いします。
次に私と七海さんは敵陣に潜り込んで引っ掻き回します。そして、残りの兵は王の警護をお願いします。こんなところでしょうか?」
飛来が手を挙げた。
「つまり、俺たちは陽動ってことになるのか?」
光は頷いて答える。
「ええ、そうです。あなた方が派手に動けば動くほど我々も動きやすくなりますし、このように撹乱するのが一番いい戦法ではないですか?」
「分かった。いつ始める?」
「今夜ですね。すぐに動きましょう。飛来さんは來未さんを連れて、偵察に行ってください」
二人は頷き、立ち上がった。
そこにずっと黙したままの空が声をかけた。
「待て、俺に護衛は必要ない」
慌てて、光は言う。
「我が王。僭越ながら申し上げます。それでは危険すぎます。もし、何かあったら――」
目にもとまらぬ速度で腰の黒刀を抜き、光の首元に突きつける。
「万が一にもその可能性はない。安心しろ。それとも俺が信じられないか?」
空は口元に笑みを浮かべる。彼は知っている主思いの光がこういえば逆らえないことを。
「かしこまりました。仰せのままに」
方針が決まると光は皆に指示をだし始め、空は瞳を閉じ椅子に凭れ掛かった。
そういった経緯があった結果飛来と來未は索敵していた。あの後光はこっそりと護衛をつけようとしたが、空に気づかれてしまい成功することはなかった。
「光もよくやるよ」
笑みを浮かべ、すぐにその表情は真剣なものへと変わる。
いつも喧噪の中心にいる飛来だが黙っていれば美男子である。横にいる來未が見惚れているのも気のせいではないだろう。長い髪が顔を隠しあまりはっきりと見ることは出来ないが、そのまなざしは敵に向けられている。
「どうかしたか?」
不意に声かけられてびくっと反応する來未。
「別に……」
そっぽを向いてごまかす。幸いにも飛来は追撃はしてこない。ほっとまだ平らな胸をなでおろしていると指示が飛んできた。
「おい、あそこら辺の索敵を頼む」
「分かった……」
フードの下で彼女は鋭く輝く。
空は一人瞑想をしていた。今は鬱陶しい護衛の気配もない。それを確認すると黒刀に意識を集中し、外に漏れない様に注意して力を込める。
(来いよ。そろそろアンタを従えてやるよ)
不敵に笑いうが、彼の体は黒く輝きだす。
(来たか)
瞳を開け、鎌を手に立ち上がる。同時に光が使っていた陰陽術の結界を模したものを周囲に張り巡らせた。闇属性の結界を張ったため、より一層辺りが暗くなった。
「力を貸せ、黒葉」
『はいは~い』
場違いにも陽気に答える黒葉と呼ばれた髪の長い女性。大鎌に宿っていた人格である。だが、そんな彼女の様子を気にする余裕がないくらいに黒刀からの圧力と殺気が強くなっていった。
『王よ、準備はいいか?』
空と同じように黒い衣装を纏い、さらには肌も黒く染まっている。
『ん? アンちゃん、どこかで見たような?』
黒葉が何かつぶやくが極限まで高まった集中力のせいで、彼には届かなかった。
「行くぞ!!」
鎌を下段に構え一陣の風の如く走り出した。
鎌と黒刀がぶつかり、空の体はいとも簡単に吹き飛ばされた。
「ハッ!」
空は楽しそうに笑った。男もまた笑みを浮かべている。その瞳は真っ赤に輝き、肌の色は漆黒に染まっている。
【魔強化】
空もまた、体を黒く染めるほどの魔力で身を包み、先ほどとは比べ物にならないほどの瞬発力を見せる。
握る鎌にも今までにないくらいの複雑な術式が浮かび上がる。
(これはいつもの破壊の術式じゃなくて空ちゃんを強化する術式や。思いっ切りいったれ!)
「気が利くな」
鎌を振り上げ、切り裂く。火花を散らしながら黒刀の上を滑らせて次の攻撃にその勢いを乗せる。だが、勢いの乗った攻撃は大振りだったため躱され、逆に隙を突かれる。
一歩退いて躱す。しかし、間に合わず浅く斬られた。
「チッ」
頭に手を当て、刃がふれた瞬間に流れ込んで来た凶悪な意識を排除する。
そこから何度も刃を合わせて、斬り結んだ。
辺りには血で真っ赤な血溜りができ、彼の黒い服も赤く染まっている。
だが、男の体から血は流れることなく、反対に空ばかり血を流し、そのたびに【速治術】で治していた。そのため、身体的にではなく精神的にも疲弊していた。例の如く刃が体に触れるたびに黒刀にこもる怨念が彼の心を蝕み、精神力を削っていった。時間とともに不利な要素が増えていく。流石の彼の表情にも疲労が見て取れる。
「クソッ」
悪態をついても現実は変わらない。再び男に向かっていく。最初は赤く光っていた大鎌も輝きを失っている。
(魔力も限界に近い。そろそろだな)
その様子をあざ笑うかのように男の口元には笑みが浮かび上がり、瞳には冷徹な紅い輝きが宿っている。
空は振りかぶり、全力で叩き付けた。男は躱そうなどとは思わず真正面から受けきって見せた。
「やるな」
『反対に王はまだまだだな』
つばぜり合いをしながら軽口をたたきあう。
不意に空はふっと力を抜く。それにより男の体勢が前のめりになり、そのまま黒刀が空を切り裂かんと近づく。
「これで最後だ。【魔強化】【硬化術】【鬼動術】」
三つの技能を使い、右手で刀をつかむ。それでも刀の斬れ味の前に手は切り裂かれ、血が流れ出す。
「ガアァァッ。クッ、【即神術】」
痛みに悶える空だったが技能により痛覚を一時的に断つ。
『やるな。なん、だと!?』
驚愕に見開かれる紅い瞳。黒い魔力で覆われた彼の左手が男の体を貫通していた。派手に攻撃を喰らう事で相手の気を逸らし、決死のカウンターを放っていたのだ。
ニヤッと笑い手を抜き取る。
「【黒魔道無唱可】で無詠唱で魔法を使った。貫けないはずはないだろう」
『まだ、そんな魔力が残っていた、のか?』
男は悔しそうに地面に倒れ空を見上げた。
「ああ。こいつ、黒葉に預けていた魔力を使った。おかげでアンタの体を貫いて余るほど大量の魔力を返してもらったがな」
空は血を拭い、魔法で自身の傷と服を直す。あっという間に元に戻った。
「これでアンタの力は俺のものだ。名前は……そうだな。『黒御魂』にしようか」
男から感じる、どことなく感じる高貴な雰囲気と黒という文字を入れ名付けた。
男、黒御魂は満足そうに頷くと消え去った。
彼の手には黒刀が握られていた。以前と比べてその力は強大に、そして体に馴染んでいた。
「これで準備完了だ」
空は不敵な笑みを浮かべ闇に消えた。




