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8話

 周囲の者たち、七海や新しく仲間になった者、さらには王都の警備兵ですら、何が起こったのか分からず、息を呑んでいた。

 空が振るった鎌の下には大きな亀裂が出来、禍々しそうな闇が彼を包み、近寄り難い雰囲気を醸し出す。


 そして、暫しの時が流れた後、真っ先に動いたのが七海。その場に跪き、頭を下げる。

 それに倣う様に周りの者たちも次々と跪く。

 それもそのはず、思考が働けば、空の放つ殺気に耐えられるはずがないのだから。鎌を担ぐ姿は死神の様だった。


「お前らが新しく仲間になる奴らか?」

「はっ」

 声を震わせながら、勇気のある何名かが答えた。

「そうか。ならば、一つ言っておく。勝手なことをした場合、どうなるかは分かったな」

 最後の言葉を言う際、併せて【威圧】が発動し、そこにいた半数以上が意識を失い、あまりの威圧感に誰も返事をする事が出来なかった。


 一瞬で実力者2名を吹き飛ばし、現れた黒衣の青年。この出来事は彼の仲間にこれが自分たちのトップなのだと鮮明に焼き付けた。


 彼は辺りを見渡し、静けさが戻った事を確認すると気を失っている飛来の下に歩いていく。

【生与術】


 これは速治術を内部ではなく外部に使えるように彼が独自に開発した術。これにより彼は魔力を使わず他人の治療を行えるようになった。


 仲間を治療する姿は先程の恐怖の反動から、周りの者には慈愛に満ちあふれたように見えた。飛来の治療を数十秒ほどで終えると、同じく気を失っている光の治療をした。


「行くぞ」

 治療を終えると、もう用は済んだとばかりに立ち去った。今だ唖然としている者、光や飛来を含めた気を失っている者を残して。

 慌ててかけ出す七海は流石と言えるだろう。これでいいのかどうかは置いといてだが。




 彼は一人の男に近づいた。地面に両膝を着け、この場にいる誰よりも顔が青い。


 その男は彼に気づいたようで、恐怖を浮かべ後ずさる。怒っているわけではなく普段から無表情の彼は初対面の人ではとても恐ろしく感じるだろう。


「アンタがこの店の店主か?」

「は、はい」

 彼の問いかけに上ずった声で答える店主。


「そうか、今日は悪かったな。せめてもの詫びだ受け取っておけ」

 そう言い、魔物や魔族を倒した時に獲得した素材で得た金を全て放り投げた。そして、店主の反応には見向きもせずに去った。






「七海いるな」

 後ろに付いて来ていた彼女に問いかける。

「はい、後ろに」

「アンタは新しく入った者と光たちに片付けをするように言っておけ。従いそうもなかったら、斬るぞと付け加えても良い」

「はい、分かりました」

 彼女は頭を下げ、了解の意を表した。

「なら、行け」

 短く命令し、小さくため息を吐いた。






(騒がしいな)

 その騒がしさの原因は彼とその仲間にあるのだが、それに気づいていながら、表情は不機嫌そのもの。


 慌ただしく警備兵や町民たちが走り回る。

 後方ではひび割れた道を直すために、魔術師と思われる金色で刺繍の入ったフード付きのマントを着た5,6人の一団が呪文を唱え舗装しなおしている。


 騒ぎを聞き、我先にと野次馬に行く少年たち。喋りながら全速力で走りぬけて行く。

「あっちだって」

 その中の少年が酒場の方を指さし先導している。

「蓮君、待ってよ」

 気の弱そうな男の子も肩で息をしながら付いていく。

「おい、置いていくなよ~」

 その後ろにも何人かの少年たちが続いて、ちょっとした列になっている。

 いずれも猫人の少年たちは元気に走り回っている。


 そして、先頭の少年は喋りながら走っていたため、黒衣の青年にぶつかった。

「いってぇ」

 けっこうなスピードで走っていたにもかかわらず、ぶつかった相手はビクともせず、少年だけが尻餅をついた。


 短髪でツンツン頭の少年は青年を見上げた。


「あっ!?」


 全身を黒で統一し、大鎌を背負う彼は少年に恐怖を与えた。勝とうなどと言う意思すら持たせないほどの圧倒的な力量の差。生物としての格の差を幼心に焼き付ける。そして、何の感情もうかがう事の出来ない怜悧な美貌。それが恐怖感をより一層引き立てた。


 彼は少年を一瞥した。


「待て、よ」


 最後消え入りそうな声で呼びとめた。

 振り向く彼は冷たい目をしていた。

 少年の足は震えだし、思わず呼びとめてしまった事が恨めしい。


「何か用か?」

 その美貌にあった冷徹な声音。背筋に寒気が走る。


「ええと、勝負しろ!」 

 苦し紛れに出た言葉に少年はひどく後悔した。


(ああ、俺死んだな)


 顔色は真っ青になり、脚を震わせながらも啖呵を切ったからには立ち上がり構える。


「うわっ」


 構えた瞬間に突風が吹き荒れたような気がして再び地面に倒れた。

 実際には風が吹いたわけではなく、彼が少年に向け、殺気と力を放っただけである。

 彼はそれだけで倒れてしまった少年をくすっと笑い立ち去った。






 背後で少年に他の少年たちが駆け寄っているのが分かるが向かってくる様子はないので気にせず歩いていく。

(さて、あいつらが来るまで寝てるか)

 彼のお気に入りの場所となった塔の天辺に寝転んだ。



 



 彼が目を開けると既に夜になっていた。


「そこに居るんだろ、七海」


 彼は前を向きながら近くにいる人の気配に向かって話しかけた。


「はい」

 すっと塔の裏側から現れ、彼の前に跪く。


「後始末は終わったのか?」

「はい。大方終了しました。他の者たちは今宿にて休憩を取っている最中でございます」

「そうか。行くか……」

 膝に手を当てて、立ち上がる。その緩慢な動作からあまり乗り気ではないことがうかがえる。






 宿屋では光は空を怒らせてしまったのではないかと落ち込み、飛来は力の反動でいまだベッドから動けずにいた。

「おい、あんま気にすんなって。騎士殿はそんな細かいこと気にする器じゃねえだろ?」


 あまりの落ち込み様に飛来は光に声をかける。努めて笑顔で声をかけたつもりでも、筋肉痛で顔を動かすのもつらい現状ではその痛みが顔に出てしまっていた。


「あなたに保証されても嬉しくはありません。それよりも早く休んでその体を治すべきではありませんか?」


 字にすると優しく聞こえるが、その実は全くの逆で、慇懃無礼そのものであった。


「へいへい」

 その言葉に苦笑しつつも、一応心配してくれてんだなと思う。

 そこに一人の男と、女が入ってきて雰囲気が変わった。


 空と七海である。


「さて、早速だが明日ここを発つ。今日のうちに準備しておけ。以上だ」


 宿に入ると短くそれだけ告げ、上にあがろうとした。流れの一つのように歩みを止めることなく動く空を見て、さすがの光も彼を呼び止めた。


「お待ちください。一度私たちに謝罪する機会をお与えください」

 そう言って床に手を付け、頭を下げる。


「その件ならもういい。それよりも明日に備えろ」

「は!?」

 あまりにも簡単な対処に呆気にとられ、呆けて声が口から出た。

「それは一体?」

 てっきり重い罰が下るものだと思っていた光は問いただす。

「言葉の通りだ。だが、次はない。気をつけろ。それだけでいい」

 あまりにも甘い処置。だが、それをただ甘い奴だと判断するには彼の力はあまりにも巨大すぎた。そして、それは寛大な処置に受け取られた。


「はい。ありがとうございます!!」

 今度こそ額を地面につけ感謝する。その一方で彼は一体何を喜んでいるのか、と困惑した表情を一瞬だけ見せた。


「騎士殿。ありがたき幸せ」

 ベッドの上から飛来も頭を下げた。だが、ゆったりとした動作に空は疑問を持った。

「ああ。アンタ怪我しているのか?」

「いや、ただの筋肉痛だ」

「そうか、明日までには治りそうか?」

「ああ、頑張れば治せるはず、だ」

 語尾の方が自信がないのか小さくなっていた。

「それでは困る。明日はアンタにも働いてもらうからな」

 一瞬で飛来との距離を詰め、治療のために手をかざす。


【生与術】


 飛来の体を暖かな力が覆う。

「これは一体?」


「俺が創った生与術という身体強化術の一種だ。魔力を使うことなく、治療する事が出来る」


『!?』


 そこにいた周囲の者たちが驚愕の表情へと変わる。


「どうした? この程度で一々驚くな」

 面倒だと続けたそうな不満そうな顔で彼は言った。


「やっぱ。騎士殿はすげえな……」

 最後の方は眠くなったのかパタッと寝てしまった。


「いつの間にこのような技を創られたのですか?」


 七海が目を輝かせながら言う。


「最近だ。アンタを治療するときに魔力が残っていなかったからな。仕方ないから創った」


 仕方ないと思ってそう簡単には創る事などできないはずなのだが、それをやってのけてしまう人物が目の前にいるのだから只々言葉を失った。


「さて、俺はもう寝る。お前らもさっさと寝ろ」


 不思議そうな表情で見る者。尊敬のまなざしを向ける者。さまざまな者たちに向けて告げて今度こそ寝床に入って行った。


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